ised議事録

10-303. 倫理研第1回: 共同討議 第1部(1)

E1:共同討議第1部
(開催:2004年10月30日 東京大学本郷キャンパス / 議事録公開:2004年11月30日)

2ちゃんねるの時代」の終焉をめぐって

東浩紀(以下、東):

東浩紀
E1:東浩紀

 司会の東です。鈴木謙介さんの講演は、1時間という時間のなかで、倫理研の方向性を非常にコンパクトに――といってもその内容と射程は非常に壮大なものでしたが(笑)――まとめてくれたと思います。話は3部構成になっていました。

 まずひとつに情報社会と政治という時、ポピュリズム的なサイバーカスケード創発性が対になっているという整理は、重要なものだと思います。簡単にいえば、それは良くなる可能性も悪くなる可能性の両方を持っていて、いま起こっている事態はその両面なのであるということです。このあたりの問題点については、社会心理学者の辻さん、韓国IT企業の経営者である金さん、そして日本のネット界隈の事例に通暁する加野瀬さんといった委員の方々の事例研究へと接続されていくはずです。

 つぎに情報社会と経済においては、情報流通の管理と共有という軸が提起されました。ここの領域については、著作権の専門家である白田さん、セキュリティとプライバシーの専門家である高木さんへと地続きになっていると思います。

 さらに後半、思想史的な背景に立ち返る形で、一種のメタ情報社会論が展開されました。そもそも、情報社会論とは思想史的にどういう背景があるのか。いま情報社会と言われているが、100年200年というパースペクティヴで見返す時その思想史的な位置づけはどのようなものか、といった議論です。情報社会についての議論が百花繚乱な形で現れているいま、このような議論はきわめて重要です。このised@glocomでも、単に目新しい情報社会論をつくることで事足れりとはいかず、そのような視点によりチェックが必要になると思います。このあたりの問題圏は、理論社会学やメディア論に取り組まれている北田さんへとリレーされることになるのかと思います。

 最後に以上3部構成の議論を一巡した鈴木さんの結論としては、我々は技術に追い立てられるのではなく、技術以前の決定的審級を挟み込まねばならないだろう、というものです。そして情報社会のヴィジョンを構築するには、いままでの思想史的伝統に立ち返る必要があるのではないか、ということで、彼自身の結論がある意味「保守主義」的なものになっているわけですね(笑)。ともあれ、それでは討議に入っていきましょう。

韓国のネット事情

東:

 それではまず、ひとつめのサイバーカスケード創発性の検討から始めます。いまネット上に現れている巨大なコミュニティが、どうすれば前者に陥らず、後者の創発的でより良いコミュニケーションへと持っていくことができるか。これはとても難しく、かつアクチュアルな課題だと思うんですね。たとえば、設計研に入っていただいている近藤氏が運営されている、「はてな」という大規模なネット・コミュニティがあります。ここは、創発的なコミュニケーションがうまくいっていることで評判です。そして、それを支える独特の雰囲気があった。計量的に測れるようなものではないので印象論に過ぎませんが、こうしたコミュニティの雰囲気とはいったい何であるのか、私たちは関心があります。

 いま、こういったインターネット上でのトラブルなどの問題に直面されているのは、金さんなのではないかと思っているのですが、いかがでしょうか?

金亮都(以下、金):

 そうですね‥ ちょっとネイバーハンゲームの場合は「はてな」とは問題の次元が違うような気はしていますが。

東:

 それでは少し抽象度を上げて、サイバーカスケード創発性という比較の軸とともに、日韓の比較という軸で口火を切っていただければと思います。韓国におけるインターネットのポジティブな役割と、日本における2ちゃんねるのネガティブな印象はよく比較されます。

金:

 そうですね、わりと韓国?では、日本の2ちゃんねると比べると、韓国のネットを通じた政治的活動は「進歩的」なものとして捉えられているんですね。いままで長く保守的だった政権が変わるという大きな動きに、ネット・モバイルが大統領選挙という側面で役立ったと大きく報じられていますし*1、事実そう思います。ただインターネット自体を巨大な社会全体のツールと考える時、ネットがポピュリズムに陥るか進歩的な改革を推進するのかは、それまでの社会がつくりだした全体的な構図のなかで決められるのではないかと思います。この点が日韓の違いとして表れているのではないでしょうか。

東:

 つまり、韓国では既成のメディアがあまりにも保守的だったために、インターネットが現れたとき、それをポジティブに使おうというひとりひとりの意志というか、規範がしっかりとしたということですか?

金亮都
E1:金亮都

金:

 ポジティブに使うというよりは、それしか選択肢がなかったというのが正しいと思います。もちろんインターネット以前、パソコン通信のコミュニティというものはあったわけですが、その時期というのは規制・政治的抑圧の強い時期にあたっていたため、ネットワーク的なものに対する進歩的・左的な方向での受容と発展があったと思うんですね。そこが日本と違うところではないかと。

 またこれは個人的な立場上難しいと思うのは、自分が大学院生時代、研究として広い視野で物を見ようと心がけていたのですが、いまは企業の側に立つことで、創発性というものを自社サービスやコミュニティサイトの盛り上がりにどうやって繋げるかということに考えてきたので‥。 少し大きな視点で議論をするまで慣れが必要そうです(笑)

東:

 それはこの場にいる全員そうかもしれませんね(笑)。ゆっくりと議論を熟成させていきましょう。加野瀬さん、日本のネットワーカー側から韓国のネット事情についてお訊きしたいことはありませんか?

加野瀬未友(以下、加野瀬):

 そうですね、やはり以前から気になっていたのですが、韓国には2ちゃんねるのような完全匿名の掲示板というものはないんですよね?

金:

 はい、ないですね。

加野瀬

 なるほど、やはりその辺が顕著に違うんだと思うんです。日本においても、パソコン通信の段階であればさきほどの韓国のお話にもあったように、リベラルな考えの人も多かったと思うんです。それが、2ちゃんねるみたいな匿名?性になることでずいぶんと風景が変わってしまった。*2

鈴木謙介(以下、鈴木謙):

 パソコン通信時代に進歩的なユーザーが多かったというのは、単にそういう人しかパソコン通信をやっていなかったということなんでしょうか?

加野瀬

 しかしリベラルな志向の人々がとくにパソコンのようなメディアを選択する、という状況があったのではないかと。

東:

 それは、実名が進歩性を担保していたということですか?

加野瀬

 そうですね‥。もっと端的に言うと、たとえばいまネットを見渡して、右系のblogというのはちょっと少ないかなという印象があるんですよね、やはり。要は、名前を固定して発信する人で、2ちゃんねるのニュース速報板(以下、ニュー速)などでよく見かけるような主張をする人というのは、意外と少ないという印象があるんです。

東:

 それはおもしろい。なぜなんでしょう?

加野瀬

 うーん、ちょっと不可解ですね、というのも保守論壇というのはあるわけじゃないですか。保守論壇とネットでの個人ベース発言されている人を比較するとき、それこそ切込隊長?クラスの人間がもっと(ネットの保守論壇に)居てもいいんじゃないかとは思うんですけどね……。

鈴木謙:

 ただ右と言うときには2パターンあると思うんですね。いわゆる2ちゃんねる的と言われるような右というのは、明白な差別的意識や発言を伴う右ですけれど、blogの右というのはなんというかわりとインテリ右翼で、たとえば日韓問題のとき「どう理性的に考えても我々に非はない」というようなことを主張する人たちのようなものですね。たとえばデータ積み重ね&検証型とか理性にもとづいて対話型というようなインテリ右翼はblogで見かけるんだけれど、2ちゃんねる的な差別的blogというのはなかなかない。それは右翼という言葉のなかに異なる2つのものが入っているからなんじゃないか。

 2ちゃんねるでもインテリ右翼というものがいなかったわけではないのですが、北田さんがおっしゃったように、2ちゃんねるではゲーム的右翼というかノリで喋るのがよいという雰囲気が醸成され、実名であれば出てこないような差別発言が一挙に噴出してくる。

加野瀬

 2ちゃんねるというのは演技的な空間というか、自虐的に演じる部分もあるわけですよね。

東:

 加野瀬さんとのプレ・ミーティングで話題になったのは、日本のネットの情報発信の仕方だと、まず2ちゃんねるでとある話題が盛り上がり、それを中堅的なblogが取り上げて、それをさらに大手blogが取り上げて……という段階を踏みつつ情報が拡散流布していくという、ネット世論の階層モデル*3のようなものがあるんじゃないかということでした。韓国ではどうでしょうか?

金:

 韓国には2ちゃんねる的完全匿名掲示板がないですし、そもそも匿名に限らず、運営の際にビジネス的な関心にもとづいた掲示板が多いんです。だいたいは大手の会社が運営するコミュニティになります。そこでは、マス媒体から出た情報について、ネット上で議論するという形態が主流です。

 また、しいて2ちゃんねる的な例を挙げれば、デジタルカメラの同好会がつくった掲示板(dcinside.com)*4というものが盛り上がり、その後色々なものが入って相互的なコミュニティになったという事例があるんです。ただ、結局それもヤフーに買収されたりしています。こういった資本が介入する点が、大きな差異をもたらしているのではないでしょうか。

東:

 それはつまり、鈴木さんがサイバーカスケードと呼んだような事態は、韓国のネットでは起きていないということでしょうか? つまり、情報が草の根から大規模なレベルまで連鎖的に盛り上がって伝播していく、情報技術を使ったコミュニケーションだからこそ起きるポピュリズム――いままでの社会が体験してきたポピュリズムよりも、遥かに純化され、そのうごめきには不透明さと無根拠さがつきまとうハイパーポピュリズムとでも呼ぶべきもの――は、あまり韓国では起きていないということなんでしょうか?

金:

 いえ、もちろんそういう現象は起きているんですが、起きる場というのは、2ちゃんねる的な匿名掲示板とは違うということです。

東:

 ではそれは、どういう形で起きているんですか? 掲示板でなければ、誰かがblogで取り上げ、色々な人がトラックバックして……というような形ですか?

金:

 いえ、韓国ではインターネット・ジャーナリズムというものが活発で、実際いまの盧武鉉(ノムヒョン)大統領が出たときにも、ネット世論の中心はインターネットでの新聞、たとえば「オーマイニュース(Oh My News)」*5というところが担うわけですね。

加野瀬

 それは法人が運営しているんですか?

金:

 オーマイニュースは最初法人ではなかったんですが、最終的には法人になりました。個人のblogで取り上げた事件が大規模に盛り上がっていく、というのはあまりないことかもしれません。

辻大介
E1:辻大介

辻大介(以下、辻):

 お聞きしていて思ったのですが、韓国で起こってるハイパーポピュリズムというのは、マスコミ研究でいう「沈黙の螺旋*6に近いのでしょうか? マスコミ的な世論誘導とまではいかないまでも……。

金:

 そうですね、そこまではいきませんが、基本的にはまずマスコミで報じられたものが先にあって、ネットでの反応が反論なりという形で起こります。また、韓国ではノムヒョン政権との絡みあいで進歩的なマスコミをつくろうという動きもあります。つまり日本での2ちゃんねる・blogといった個人的な単位での情報発信よりも上位のレイヤーが、情報発信の基点になっているという感じです。

加野瀬

 ちょっと俗な例なんですが、韓国ではある女優の盗撮ビデオが流通したという例*7がありますが、この事件ではどのように情報が流通したんでしょうか?

金:

 あれは98,99年だったと思いますが、韓国でブロードバンドが普及しはじめたときです。最初は口コミで普及したと思うのですが、つまりどこどこの検索エンジンに引っかかるという風に広がっていったと思います。

東:

 口コミというのは、メールとか掲示板の書き込みということですか?

金:

 本当の意味での口コミの部分もあるかと思います。ちょっと発端ははっきりとはわかりませんが。

東:

 なるほど。また、いまのお話では、マスコミへの反論として韓国のネットが機能しているということでした。ところで、日本に現れているマスコミへのネット側の反論というのは――今日はオブザーバーとして記者のみなさんがいらっしゃっているので言いにくいのですが――、いわゆる岩波・朝日的な感性に対する2ちゃんねる的なツッコミがフォーマットとしてあるわけです(笑)。これは北田さんが『世界』掲載の論文*8で指摘されていたことですが、そのフォーマットがどういうものかと言うと、むしろマスコミこそが進歩的で、左翼的であり、しかしそれゆえに偽善的である、と。それに対して2ちゃんねらーは鋭く反応するんだけど、多くはあまりに素朴で幼稚な感情にもとづいたツッコミで終わっている。このあたりの評価は割れるところで、北田さんによれば、2ちゃんねらーの態度は決して幼稚なものではなく、むしろアイロニーであるわけなんですが。ともあれ、このあたりの状況は韓国では違うのでしょうか?

金:

 いま韓国で主流になっているのは「朝鮮日報?」などに対する反論的な反応なんです。インターネット系のジャーナリズムに対しても、「ジャーナリズムに徹していない」であるとか「政治的意図によってつくられている」といった批判が起こっているんですが、これは保守的なところからの反駁です。いわゆる日本での、ネタ的に朝日・岩波的なものを批判する、というのとはちょっと違いますね。

辻:

 そもそも韓国の場合、2ちゃんねるほど大規模なものがないということなのですが、規模は小さくとも匿名掲示板というのは存在するのですか?

金:

 韓国では匿名はありえないわけではないですが、稀です。基本的に大手会社のコミュニティやサークルを使ってコミュニケーションを取りますが、そこへ加入するためには住民登録番号*9の入力が必須だからです。サイト上では実名・ペンネームどちらを使うにしても、運営者側から見れば身元は割れるわけです。

鈴木謙:

 ただ、韓国住民登録番号は、自動生成することができてしまうんですね。案外適当な番号でも、ある程度通じてしまう。かくいう私も、番号を偽って、韓国のインターネットサービスのアカウントを1個持っていますけれど(笑)。

金:

 ご指摘の通りたしかにつくれるのですが、たとえばネイバーではメンバーの場合サービスで3つまでしかアカウントを持ってはいけないという方針があります。また不適切な発言・騒ぎを起こせばアカウントは削除されますし、再登録できなくなるというサンクションもありますので、いくらでも住民登録番号を生成しながらアカウントをつくれるということはないですね。つまり、こうしたなかで匿名性を保とうとすることは、何かとトラブルの元となるためリスキーなわけです。日本における匿名性の利便さとは状況が異なると思います。

*1:註:isedキーワードオーマイニュース』参照のこと。

*2:註:パソコン通信は、認証が必要な会員登録制で、かつインターネットの表現でいえばプロバイダ(接続事業者)と、コンテンツや掲示板などのコミュニティ・サービスがあわさっていたためサイバースペース上での追跡性が高かった。

*3:註:isedキーワードネット世論の階層モデル」参照のこと。

*4:註:isedキーワードdcinside.com」を参照のこと。

*5:註:isedキーワードオーマイニュース

*6:註:isedキーワード沈黙の螺旋」参照のこと。

*7:註:2000年に女優ベクジヨンの動画が流出した以外にも、オヤンビデオ事件というものがあり、韓国での社会的衝撃は大きかったという。

*8:註:isedキーワード嗤う日本のナショナリズム』参照のこと。

*9:註:isedキーワード住民登録番号」参照のこと。

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