ised議事録

10-305. 倫理研第1回: 共同討議 第1部(3)

E1:共同討議第1部
(開催:2004年10月30日 東京大学本郷キャンパス / 議事録公開:2004年11月30日)

メディアリテラシータブロイド的関心の行方

鈴木謙介
E1:鈴木謙介

鈴木謙介(以下、鈴木謙):

 ニュー速板みたいなものがたしかに2ちゃんねる的だった時代はあって、それがマスコミの2ちゃんねる幻想をつくってきた部分があると思うんですよ。最近とあるシンポジウムに出た時、新聞記者やフリージャーナリストの方から「2ちゃんねるの速報板にはデスクにボツにされた記事を垂れ込んでいる奴がいるんだ」という話をされたんですが、「そのような時代は昔にはあったかもしれないけれど、最近はないんですが」とお答えしたら、意外に思われていたようでした。どういうことかというと、「2ちゃんねるにもジャーナリズムの燃えかすみたいなものがあるんじゃないか」という幻想*1がむしろ、たとえば講演のなかでも触れた、イラク人質問題のときに見られた「マスコミとネットの共犯関係」をつくったのではないか。あの事件のときには、ネット発で出てきたさまざまな検証と称する議論を、マスコミがあとから段々真面目に取り上げはじめる、という順番でした。あれは、3,4年前のマスコミ検証を盛んに行っていたニュー速的なものが、本当にマスコミに影響を与えはじめた事例なのかなと思います。つまり、いまや2ちゃんねるの勢いは終焉を迎えつつあるんだけれど、マスコミからするといま始まりつつあるのではないか。このギャップは、2ちゃんねるを見ている人は「へへーん、そんな餌で俺様がクマー」*2と思っているのに(笑)、なぜかマスコミの人は真面目に取り上げてしまうという構図で、こうした事態の方がある種危ないのかなと思います。

東浩紀(以下、東):

 でも他方、ニュースソースの正しさという点では、マスコミの権威はまったく揺らいでいない、というのが北田さんの意見ですね。

北田暁大

 全く揺らいでいないと思いますね。むしろ他の国を見ていても、逆に新聞など既存マスメディアの情報の存在感が高まる、ということはあります。インターネットが普及すればするほどそういう傾向は強まるのかもしれません*3

金亮都

 そうですね。思想や路線に対する批判はあるかもしれませんけれど、情報の収集や検証能力に対しての信頼は、逆に高まっていますね。

(会場から):

 東さん一言ここで質問させてください。『噂の真相』がつぶれたことは、どのように解釈をすればいいですか?

東:

 鈴木さんどうぞ(笑)。

鈴木謙:

 ええーっと、つぶれた理由や内情とかを知らないのであれですけれど……。

東:

 いや、宮台さんの弟子なら知っているでしょう(笑)。

鈴木謙:

 ええー!ほんとにひどいな(笑)。『噂の真相』のようなものは、ある種の左翼性――ジャーナリズムによって何ほどかの真実を暴くのである!――を帯びていたと信じている人達が一方にいて、また、とりあえず柱の一行情報しか見ていない人達がいたという構図でしたが、どんどん後者の一行情報化の方向を強め、同時に一行情報のネタの範囲がどんどん小さくなっていった――『噂の真相』を読んでいそうな奴だけが面白いと思えるニュース、たとえば宮台真司小林よしのりネタへの収束――時期があったと思います。これを無理矢理ネットに繋げると、ネットもわりとそういう方向性をもっていて、つまりマスコミのソースへの信頼は高まっているとおっしゃっていましたけれど、日本の場合マスコミのソースへの信頼度というのは、圧倒的にタブロイド的なものの延長上になってきていると思うんです。

 たとえば若い奴はいままでスポーツ新聞を読まないと言われていたのに、ZAKZAKとかに挙がっているスポーツ新聞の記事タイトルだけは、ニュー速とかバカニュース系のニュースサイトで毎日大量にリンクされ閲覧されています。そういうタブロイド的な関心を増幅していくものとして、いまネットがあるわけです。また韓国の最近の事例だと、タブロイド紙が「わが社のタブロイドでゴシップ記事を書くのはやめます」と謝罪をしたという記事がありました。この裏事情は、「ネット上でさらに過激なタブロイドがどんどん出てきたので、商業を前提にすると書けないようなことまで書けるネットにはもうかなわない、ということでやめました」ということなんです。それを考えると、既存のメディアが、ある種の「裏を暴くんだ」というものと、トリビアルなゴシップをないまぜにして紙媒体を出版してきた時代というのがあったわけですが、より規制なくおおっぴらにできるネット上に進出していくときに、結果としてスポーツ新聞的な――バカニュース的な――ものがどんどん増えていく、というような現象に繋がっているのかなと思います。

 しかし本当にタブロイド的な関心というのは、僕自身が聞き取りをしている範囲でも、ネットをそのような欲求を満たす娯楽的情報源として使っている若い人は増えていますね。

東:

 つまり、ネットに淘汰されて必然的に『噂の真相』は消えた、と。

鈴木謙:

 そのようなことなのかな、と思いましたけどね。

東:

 若い世代のコミュニケーションの話が出たわけですが、辻さんはいまの話を聞いていかがですか?

辻大介(以下、辻):

 タブロイド的というのは、コミュニケーションの形式として旧来型の2ちゃんねるに似ている所がやはりあったと思うんですね。そこに載っているのはそもそも本当かどうかわからないよ、ということを前提に読む楽しみがあったと思うんです。

 たしかに実名化なり、発言内容の検証やソースの検証が行われ……となれば情報の信頼性は上昇していくでしょう。そうすればネット上で現在懸念されるような問題はなくなっていくと思われている。しかしそれでも、やはりどうしても懸念が残っているのは、情報の信頼性とはまた別のフックから、ある種のカスケード化なりポピュリズムに進んでいくような回路がどこかにあるのではないか、という点です。

 そう思えるのはなぜかと言うと、たとえば2ちゃんねるの「ゴミ拾いオフ」*4みたいのがありましたね。あれはマスコミの偽善性へのアンチテーゼというよりも、「これをやったら面白いだろう」というネタ的なノリだったと思うんですね。さらにたとえば『電車男』の場合でいえば、「本当かどうかわからないけれど、面白ければいいじゃないか、感動させてくれよ、感動があればいいじゃないか」というわけです。

 ――たしかにこういった形で、ネタの中身は変わったかもしれない。つまり、アンチマスコミ型のネタというものから、もう少し、「まったりとした」といいますか、「ベタ」なネタになったというのはあるかもしれない。しかし、それをネタとして利用してくところのポピュリズム、カスケード的に人々が流れていく構造というものは、どこかにまだ残っているのではないかと思うんです。

鈴木謙:

 いわゆる、「泣ける」ということがトップ・プライオリティになるような形式においてですね。

辻:

 そうですね、「笑える」という感覚がトップになるよりも、「泣ける」というものがトップになる。そういった形で、どんどんネタとしての評価基準は変わっていくかもしれないけれど、根本的な行動様式は実はそう急速には変わっていかないのではないでしょうか。

鈴木謙:

 つまり「泣ける」という感情をフックにして、人々が軒並み釣られていってしまうような回路の方が、むしろいま出てきているのではないか、と。



*1:註:isedキーワードニュー速」を参照のこと。

*2:註:「そんな餌で釣られないよ」の意。isedキーワード釣り」参照のこと。

*3:註:ここで言う「既存マスメディアの情報」のなかには、ウェブ版新聞や新聞社の提供するニュース・サイトも含まれる。ネットにおける「新聞」情報の存在感(信頼度)の大きさについては、 たとえば、読売オンラインでの記事 などを参照。またアメリカにおける「インターネットの情報」と「既存メディアの情報」の信頼度の差異については、たとえば、Pew Research Centreレポートが提供するデータが示唆的である。

*4:註:isedキーワード祭り」を参照のこと。

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