ised議事録

12-121. 設計研第1回: 石橋啓一郎 講演(1)

題目:「情報社会と二つの設計」

D1:情報社会と二つの設計
(開催:2004年12月12日 国際大学GLOCOM/ 議事録公開:2005年2月11日)

石橋啓一郎 ISHIBASHI Keiichiro

http://ishbash.blogtribe.org/
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 主任研究員(講師)

 1971年生まれ。1995年慶應義塾大学環境情報学部卒。1997年慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。2001年同研究科博士課程単位取得退学。2001年インターネット戦略研究所客員研究員。2002年6月よりGLOCOMに在職。訳書に「暗号とネットワークセキュリティ」(ピアソンエデュケーションジャパン、2001)他。日本のインターネット創成期に大学でインターネットに出合い、以後インターネットの技術を学びながら、ネットワークと社会の関係について様々な主題で取り組んできた。現在は主として地域情報化の研究に取り組む。

1.情報社会における新たな設計のありかた

1.1. はじめに

 情報社会と設計に関する研究部会の第1回ということで、情報社会における設計とは何かについてお話したいと思います。情報社会の進展に伴い、情報技術の社会に対する影響は大きくなってきていることに異論はないかと思うのですが、たとえばレッシグアーキテクチャ議論のように技術が社会の根幹を方向付けてしまうのではないかという議論が提出されています。ここではそれはまだ過渡期の段階であるということ、つまり「情報社会の基盤はまだ形成過程にあり、今後変化を取り入れたり、代替わりしたりして大きく変わっていく途上にある」という認識にたって、どのように社会的基盤を設計すべきかという土台について議論をしたいと思います。

 それではまず「設計」ということばの定義からはじめましょう。

 設計という言葉は非常に多くの領域で使われているのですが、ググった*1場合には日本では建築や製造の分野で使われる機会が多いようです。次にソフトウェア工学の領域を初めとしたほとんどの工学領域でも設計という言葉を使います。そしてさらに社会的な領域、たとえば「制度設計」「調査設計」など必ずしも工学的なものでない対象にも使われます。つまり、その言葉の範囲はかなり広いんですね。

 そこで語源にさかのぼってみますと、設計に対応する英語の「design」という単語はもとは「印をつける」という意味で、ラテン語のdesignare(計画を記号に表すこと)を語源にしているんだそうです。つまり、作ろうとするものの作り方を「かたちにする」ことを設計と呼ぶ。ここで抽象的に定義をすれば、「設計とは人間が目的に応じて、作り出すものの構造と機能を定めることである」とすることができます。

 そして同時に、設計というものには「創造的な問題解決の技術」*2 というイメージが共通点になっているかと思います。

 次に、なぜ設計について論じるのかについてです。

 情報技術が社会に与える影響は増大しつつあります。最近であれば監視社会の問題や個人情報の問題、サイバーテロなどのセキュリティの問題などが話題ですね。また個人の情報処理能力やコミュニケーション能力がエンパワー(empower)され、たとえば個々人や非営利組織などの活動が今までにない規模で実現されるようになってきたわけです。たとえばLinuxWinnyなどはその例です。そこで社会的な影響までを含めて情報技術の設計を考える必要性がある。こうした問題意識については特に説明するまでもないかと思います。

1.2. 社会基盤としての情報技術=アーキテクチャ

 ここで、情報技術と社会ということを考える際に必ず参照されるようになった、レッシグの「アーキテクチャ論」について触れておきましょう*3。本来アーキテクチャとは建築とその構造のことを指すのですが、最近ではソフトウェアの基本構造のことも意味するようになっており、レッシグもこの後者を指してアーキテクチャと呼ぶわけです。そしてレッシグはこのアーキテクチャが、人間社会における4つの規制方法のひとつだというんですね。有名な「法、市場、規範、アーキテクチャ」の4分類です。

 アーキテクチャの特徴をレッシグはこういいます。アーキテクチャが生む秩序の特徴は、それに従う主体に対して、なにか主観化されたあるいは内面化された共通の前提(約束)を踏まえる必要がない、一種の「自動的な」規制方法であると。たとえばドアがあってカギがかかっていれば、主観的にそのドアを前にしたものがどう思おうと、物理的にそれを乗り越えることができない。ここになにか価値観は必要ない。これは最も単純なアーキテクチャの例です。そしてレッシグは、情報技術というものは、人々の無意識の行動をコントロールするアーキテクチャとしての力を実現し、情報社会化が進めば進むほど「アーキテクチャ型規制」の重要性は増してくるんだというわけです。

1.3. 再設計の継続プロセス:

 このように社会の「アーキテクチャ」、日本語に直せば「基盤」として使われる技術を設計しようとするとき、最初から最善の設計をすることは難しい。なぜならそもそも問題が複雑であり、人間との関わりを含むためあらかじめ予測できない問題を含み、そして利用されるに従って新たなニーズが生み出されるといった要因が絡んでくるからです。したがって、社会の基盤となるような技術はほとんどの場合再設計と技術の更新を必要とすることになります。 

 特に情報社会の「アーキテクチャ」として設計の対象となるのはソフトウェアです。そしてソフトウェアの設計には、産業社会で設計の対象となっていた工業製品や建築物とは異なる特徴があります。それは、ソフトウェアの設計は常に継続する、いいかえれば再設計が必要であるということですね。

 どういうことでしょうか。産業社会においては、このような技術の更新は製品の物理的な交換によって行われてきました。しかし、情報社会ではシステムの多くの部分が情報によって成立しており、そのような再設計・更新を行うのに必ずしも物理的交換を必要としません。また、たとえば自動車を作るプロセスにおいては、設計者の役割は概念設計から始まり製作図面・仕様書の決定までであって、その後自動車が生産され、消費者の手に渡って以降は設計者の手を離れることになります。しかしソフトウェアは常に再設計が続けられ、バージョンアップという形で更新されます。たとえば、代表的なOSの一つであるマイクロソフトウィンドウズというものがあります。これは利用者が「Windows Update」機能を通じて常にネットワーク経由でソフトウェアを更新し続けることを前提に作られていますね。こうしたものをイメージしてもらえればよいかと思います。

 このように、「走りながら作り続ける」のが情報社会における設計であると特徴づけておきたいと思います。

1.4. 2つの設計対象:「道具」と「場」

 「設計」の定義を終えたところで、本論に入る前に「道具」と「場」という区別について説明したいと思います。道具とは、設計者が最終的に作り出そうとしているもののことです。道具は、設計者により目的を持って設計され、目的を達成するための機能と構造を持ち、利用者によって利用されます。

 しかし今回議論の対象にしたいのは、もうひとつの設計対象である「設計者の場」についてです。つまり、自動車の設計ではなくて、自動車の設計のされるプロセス全体を設計するフェイズに着目しようということです。というのも、道具の設計者は一人である場合もありますが、設計する道具が大がかりなものになってくると集団で設計することになります。情報社会における設計はとりわけ長い間継続し、非常に多くの人が入れ替わり立ち替わり関わったり、世代替わりしたりすることもしばしばです。

 工業製品の場合、設計は商品を作るためのプロセスの一つであり、企業の中に閉じていたわけです。そして競争は製品を通じて行われてきた。しかし情報社会の現在では、よりオープンな形の設計が行われるようになってきているのが特徴です。例えば、後述するように、インターネット技術は多くの設計者がアイデアを持ち寄り、提案を戦わせて作られてきた一つの技術体系であり、ルールに従えば誰でも設計に参加できるわけです。このように「設計者の場」自体が設計されたことがインターネットの生まれてきた背景にとって重要な意味を持ったのではないか。

 またここでいう「場」とは、複数の主体が参加して構成されるシステムのことで*4、ルールと構造を持ちます。場は誰かによって用意される場合もあれば、誰かが意図したわけではないけれども自然に出来上がる場合もあります。ここでは、ルールとは明文化されたものであり、誰かがある意図の元に定めたものを扱います。自然発生的になんらかの規範が生まれる場合も多いのですが、それは明文化されたルールとは区別しておきます。たとえば、参加資格・意思決定の手続き・組織図あるいは参加主体の関係と権限・文書化規則・スケジュール・参加維持のためのコスト・知的所有権に関するルール・議論・意見交換の場などがそのルールと構造として挙げられます。

 そして「場」という言葉には、このあとに出す例に見るように、いわゆる既存の企業組織も含みます。しかしここでは、組織に限定せず、より抽象的にこの言葉を用いています。たとえば組織形態の緩やかなネットワーキング活動なども、そこにルールと構造が見出せる限り「場」に含めていくことにします。

 これで議論を進めるための準備が整いました。以下では、インターネット技術発展の歴史を例にとって、情報社会の道具と場の設計について考えてみていくことにしましょう。情報社会における設計を考えるとき、それを根幹から支えるインターネット発展の歴史から学ぶところは多々あるに違いありません。

2. インターネット技術の発展に見る「道具」と「場」

 インターネット技術はこの20年で社会に対し非常に強い影響を及ぼすようになりましたが、それは様々な既存のシステムとの競争に勝ち残ることによって基本的な社会基盤のひとつとなったわけです。その歴史的過程から「道具」としての勝利と「設計者の場」としての勝利という2つの勝利を抽出し、その要因について考えてみることにします。道具としての勝利は電話網に対するものであり、設計者の場としての勝利はOSI(Open Systems Interconnect 開放型システム間相互接続)プロトコル体系*5に対するものです。

2.1. 道具としての勝利:インターネット対電話

図1:インターネットの歴史
D1:図1

 まずインターネットの歴史を簡単におさらいしておきましょう*6(図1)。一番はじめにパケット交換通信についての論文が発表されたのは1961年*7、そして実際にいまのインターネットの原型と呼べるような技術が稼動しはじめたのが1970年代の後半からです。つまり長くても40年、短くて20年あまりの歴史です。まずは、道具としてインターネットが既存の社会インフラである電話を凌駕した側面について確認していきましょう。

 電話網というものは、インターネット技術が生まれた頃には日本国内でも国際的にも、主要な通信ネットワークとしてその存在は確立していました。ところが現在では、電話技術に替わってインターネット技術が通信ネットワークの中核になりつつあります*8。NTTも2002年に基幹網も全面IP化の方針を打ち出していますし、海外でも通信事業者は基幹網のIP化を進めているのが一般的です。例えば、AT&Tは1999年にはすでにIP化の方針を打ち出していますね。これまで莫大な投資してきた交換機などの電話網に特化した設備を廃棄し、インターネット技術を前提とした設備に更新するということを意味しており、インターネット技術が電話網の技術に道具として「勝っている」ということの象徴として理解できると思います*9

 さてインターネット技術が電話網の技術に勝ったのは、大元を辿ればコンピュータが高性能で安価になったためです。電話網はアナログ信号を増幅するだけの機能しか持たない単純な端末を前提に、音声を伝えるという特定のアプリケーションに特化した通信ネットワークでした。ところが、コンピュータが高性能で安価になったことにより、端末は高性能になり、アプリケーションも多様化して汎用のデジタル通信ネットワークが必要となりました。

 そこでインターネット技術がアーキテクチャとして優れていたのは、次の3点としてまとめることができます。

  • レイヤリングモデルの導入
    • 通信に必要な機能を抽象化し、段階に分離し、それを「レイヤリング(階層化)」という概念で統合するモデル。ソフトウェアのモジュール化の概念と似ており、機能の交換可能性を高める。
  • 分散管理を前提とする自律分散システムであること
    • 経路制御、名前解決などインターネット技術の中核的なシステムはすべて自律分散システムになっており、中央集権的管理を必要としない。また、簡単にネットワークを相互接続できる。
  • End-to-Endモデル*10の採用
    • 網(中継ノード)はパケット交換の機能だけを持ち、データの整列、再送、フロー制御、暗号化他の複雑な機能は全て両端のノード間(End-to-End)で処理する。高機能な端末を必要とする一方、中継ノードを非常に単純化し、安価にネットワークを構築できる。

 これを砕いて言えば、次のようになります。TCP/IPはデータを届ける基本的機能だけを提供し、その他の機能はすべて両端のアプリケーションに任されています。つまり、勝手に追加的な機能を作ることができ、個別の使途のための機能は、個別のアプリケーションシステムを作って実現することになります。そして、ほとんどの通信メディアを簡単にネットワークに組み込め、自分のネットワークは自分の好きに設計、管理、運用できますTCP/IPを使えば、ネットワークを自由に作って、自由に繋ぎ、自由に使える。しかも安く、です。

 このように徹底的に自由で汎用的なTCP/IPを核とし、下層にはどんな通信メディアでも使えるようにし、上層ではどんなアプリケーションでも使えるようにしているのがインターネット技術体系なのです(図2・図3)。そしてアプリケーションをネットワークから分離したことで、アプリケーション層だけでいくらでも特化したシステム、閉じたシステムを作ることができるようになりました。つまり新たなアプリケーションを勝手に作ることもできる上に、オーバーレイネットワーク*11を構築することもできます。たとえばいわゆるP2Pファイル交換ネットワークやVPN(Virtual Private Network仮想私設通信網*12などもオーバーレイネットワークの一種ですね。

図2:レイヤリングとEnd-to-End
D1:図2

図3:アプリケーション層と通信層の分離"
D1:図3

 このように、インターネットが道具として優れていたことから、広く普及していた電話網の技術を置き換えるに至ったと理解することができます。その鍵となる性質は、コンピュータ技術や通信メディアの発展による多様性と変化に対応できることでした。

2.2. 設計者の場としての勝利:TCP/IP対OSI

 さてここまではインターネットという設計物が(特に電話に対して)「道具として」優れていた点についてお話してきました。次に、こうしたTCP/IPが生まれてくるにいたった「場」についてもその優位性をもたらすにいたった「場の設計」にフォーカスをあてておきます。

 1980年代後半から90年代前半にかけて、OSIプロトコル体系と呼ばれるインターネット技術と同様の機能を提供するプロトコル体系の標準化・開発が行われ、TCP/IPとは競合関係にありました。TCP/IPとOSIは異なる組織によって標準化が進められていたんですね。TCP/IPはIAB(Internet Architecture Board)およびIETF(Internet Engineering Task Force)という組織で標準化が進められており、OSIプロトコル体系はISO(International Organization for Standardization 国際標準化機構)のJTC1(Joint Technical Committee 合同技術委員会)、OSI分科会で標準化が進められていたのです*13。しかし、もちろん私たちがいま知るように、OSIのプロトコルのほうは敗北していきました。OSIの提案が廃棄にいたる十数年のあいだには、なにがその勝敗を分けたのでしょうか(図4)。それは両組織の手順の違いに顕著な差を見出すことができます。

図4:TCP/IP vs OSIプロトコル
D1:図4

 インターネット技術はもともと研究コミュニティから出てきた技術であり、大学の研究者が中心となって開発していたことはご存知かと思います。UNIXをベースとしており、もともとソースを公開しているなど、オープンな環境で技術開発が進んでいました。当初は非常に小規模なグループで開発を続けていたが、開発の規模が大きくなるにつれ設計に関わる設計者の数も多くなったためにIETF*14という場を設立し、標準の決定プロセスをルール化していったという経緯があります。

 これに対しOSIプロトコル体系はISOという国際標準化団体で作られていったものでした。OSIはIBMのSNA(Systems Network Architecture*15)に対抗して作られたものと言われていますが、ネットワーク技術の部分の標準に関してはインターネット技術の影響を強く受けています。実際、OSI分科会とIETFは人的交流もあり、情報交換も行われていました。その結果、OSIプロトコル体系とTCP/IPは非常に似たコンセプトを持っていたのです。

 ただ、OSIプロトコル体系は通常の国際標準化のプロセスで作られたものであり、そのプロセスは次のような運営上の特徴を持っていました。

  • 国家代表が議論を行う(国益重視:通信事業者やベンダーが参加)
  • コンセンサス (全ての主要な参加主体に強い不満や文句がないこと) を取る
  • 手続きが煩雑

 こうしたプロセスは国際的な合意の形成をはかる組織としてもよく見られるものですが、このスタイルでは技術的に合理的なものが必ずしも通るとは限りませんし、政治的な駆け引きが飛び交うことになりがちです。

一方、IETFの標準化プロセスは全く異なる特徴を持っていました。

  • 誰でも参加し、議論できる*16
  • ラフコンセンサスの重視
  • 実装・実績の重視(とにかく作ったものが偉い)

 このラフコンセンサスという意味は、OSIのコンセンサスとは意味合いが大きく異なるんですね。IETFガバナンスの性格をよく表すものとしてよく引用される言葉に、“We reject kings, presidents, and voting. We believe in rough consensus and running code”*17というものがあります。これは不満や反対のない明示的な合意の形成や意見の一致という意味ではなく、その場にいる者たちによる「なんとなくの合意」ということなんです。

 「なんとなく」というとずいぶんと適当な印象を受けるかもしれませんが、むしろシンプルなものです。つまり、ある技術をスタンダードとして認定するまでのあいだ、「とにかく実際に動くものをつくり、それをテストする」というプロセスを前倒し、積み重ねることでそのラフな合意は成り立っているのです(図5)*18

図5:IETF標準化の流れ
D1:図5

 つまり、実際両者の標準化の手続きを一言で比較すれば、OSIはまず合意ありき・IETFは実装ありきだったというわけです(図6)。

図6:OSI vs IETF ―合意か、実験か
D1:図6

 この手続きの差異がとりわけ重要であった証拠として、逆説的な証拠をあげましょう。というのも、実際にはOSIプロトコル体系はTCP/IPに対していくつかの有利な点を持っていたんですね。たとえばIETFは法的根拠のない団体であるのに対し、ISOは国際的に認められている正当性のある団体であること、OSI関連製品が政府に強くバックアップされていたこと、IABもOSIプロトコル体系への移行を真剣に検討していたことなど、「道具としての」優劣の差異はそれほど明確ではありませんでした。

 にもかかわらず、実際にはTCP/IPが普及し、OSIプロトコル体系の標準化は1995年に放棄されたのです。OSIプロトコル体系は標準化のスピードが遅くIETFに後れを取ったうえに、実装を軽視したため、標準仕様書があるにもかかわらず設計に無理があり製品化できない場合や相互運用性のないシステムがあり、現場の支持を受けなかったのでした。

 つまり、当初のプロトコルの出来具合にはそれほど本質的な差異はなかったにも関わらず、その後のプロトコルの普及プロセスの通時的な過程を考慮にいれたとき、「設計者の場」の差異が効いてくるというわけです。

 まとめましょう。このTCP/IPのOSIプロトコル体系に対する勝利は、「設計者の場」の差によるものだと考えられます。なぜなら、「道具としての」インターネット技術はある程度先行的に普及していたものの、1990年には中間ノードが2000程度であったと言われており、決定的なリードではなかった。さらに、両者は技術的にもかなり似たアーキテクチャを採用しており、OSIプロトコル体系に決定的な問題はなかったと判断できます。よってそれはその道具を生み出した「場」の性質の差異、すなわち標準化プロセスへの参加者の選択、意志決定のプロセス、意志決定の際に何を重視するかといったルールや構造の差が決定的であったと考えられます。


*1:註:「Googleで検索する」の意味。

*2:註:岸本行雄著「設計の方法―創造的設計へのアプローチ」(日科技連出版社、1987年)asin:4817170093

*3:註:isedキーワードレッシグ」参考のこと。

*4:註:isedキーワード場の設計」参考のこと。

*5:註:以下を参照のこと。IT用語辞典 e-Words : OSIとは 【開放型システム間相互接続】 (Open Systems Interconnection)

*6:註:以下、インターネットについての年表として、”Hobbes' Internet Timeline v8.0”、”Internet Society (ISOC) All About The Internet: History of the Internet”などを参照。また日本語できわめて平易に解説されたものとして、 YOMIURI インターネットてらこや:「インターネット歴史年表」

*7:註:Leonard Kleinrock,"Information Flow in Large Communication Nets", MIT, 1961.

*8:註:読売新聞:「全固定電話IP化・・・総務省方針」

*9:註:また最近であればP2PVoIP(音声通信)アプリケーション、skypeが広がりはじめていることを付け加えてよいだろう。

*10:註:isedキーワードEnd-to-End」参照のこと。

*11:註:インターネット上に仮想的に構築されるネットワークのこと。物理的に接続されたネットワークとは独立して、その上にさらにネットワークを重ねていくことができることから「overlay(上から重ねる)」と表現する。

*12:註:以下を参照のこと。IT用語辞典 e-Words : IP-VPNとは

*13:註:ISO JTC1/SC21が正式名称。OSIプロトコル体系は後にCCITT(Comite Consultatif International Telegraphique et Telephonique: 国際電信電話諮問委員会、後のITU-T)にも承認され、規格化される。

*14:註:IETFについて日本語で読める解説として、社団法人日本ネットワークインフォメーションセンターの以下のコンテンツが参考になる。→JPNIC RFC-JP:「What is IETF」

*15:註:IBMによるメインフレーム(大型汎用機)のためのネットワークアーキテクチャ

*16:註:この議論のことを、RFC(Request For Comment 「コメントを求む」)と呼び、インターネットの象徴として語られてきた。詳しくは、JPNIC RFC-JP:「RFCってなに?」 を参照のこと。

*17:註:INET92での、MITのDavid Clarkによる発言。

*18:註:JPNIC RFC-JP:「インターネット標準化過程」

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