ised議事録

12-122. 設計研第1回: 石橋啓一郎 講演(2)

題目:「情報社会と二つの設計」

D1:石橋啓一郎講演
(開催:2004年12月12日 国際大学GLOCOM/ 議事録公開:2005年2月11日)

3. 設計者の場

 それでは、先に挙げたインターネット技術の二つの勝利から、設計対象としての「道具」と「設計者の場」について得られる知見をまとめてみたいと思います。

 まず道具の設計について、道具には大きく分けて汎用のものと特定の使途に対応するものの2種類があり、それらを組み合わせて利用できるということ。たとえばインターネット技術体系はTCP/IPとその上で働くアプリケーション群の組み合わせで成立しており、どちらが欠けても成立しません。次に「設計者の場」についてです。たとえばネットワークプロトコルのように、社会との関わりが強く、常に再設計を続けなければならない道具をつくる場合、「設計者の場」の善し悪しによって、出来上がる道具の善し悪しが大きく左右されるということを確認しました。この知見をさらに整理していくことにしましょう。

3.1. 道具の設計が向かう二つの方向:一般化と特殊化

 ここでは汎用の道具を指向することを「一般化」、特定の使途に合わせた道具を指向することを「特殊化」と呼んでおきましょう(図7)。

 一般化した道具は広い環境、広い目的で使えるため、より多くの人に使ってもらえる可能性があります。また多くの人に使ってもらうことにより、規模の経済やネットワークの外部性による恩恵を受けます*1。例えば工業製品で言えば自家用車は一般化した道具だと言えます。情報システムで言えば、通信層のTCP/IPや、WWWブラウザなどは一般化を指向する道具だと言ってよいでしょう。

 一方、特殊化した道具は、使える環境や目的が限られており、獲得できる利用者の数に限りがある一方、その限られた環境や目的に対しては高い性能を発揮することが期待できます。例えば工業製品で言えば、レーシングカーなどは特殊化した道具ですね。情報システムで言えばアプリケーション層、つまりFTPやメーラなどがこれにあたります。

 このように道具を設計する際に一般化を指向するか、特殊化を指向するかは、目的に応じて設計者が決める問題です。設計者が企業や職業的設計者である場合には、基本的に一般化したものを作る場合と特殊化したものを作る場合でどちらがより経済的利得を得られるかを判断して方向性を定めることになります。

図7:一般化と特殊化
D1:図7

 また情報社会において利用者に「道具」を使ってもらうことは、単に手段を提供するだけでなく、ある種のメッセージや思想、価値観といったものの伝達でもあります。しばしば道具には設計者の価値観が色濃く反映されており、利用者はその道具を使うことで設計者の価値観を受け入れることになります。例えばWindowsは情報を階層的に配置されたフォルダと結びつけて整理します。これは情報の整理の仕方に関する考え方を抽象化したものであり、Windowsの利用者は暗黙の内にこの考え方を理解することになります。またWinnyは現行とは異なる、著作物流通のあるべき形についてのモデルを体現するために設計されたとも言われますが*2、利用者はそうしたモデルは意図しないままにWinnyを利用することでそのモデルを体感し、体現することになるのです。このように、設計者にとって道具を広げることには金銭的なもの以外のインセンティブが働くことがありえます。

3.2. 道具間競争

 こうした二方向の道具の進化が、実際に社会に残るかどうかを決める過程を「道具間競争」と呼びましょう。

 ある利用者が達成したい目的に使える機能を持つ道具が複数あると、それらの道具間で競合が起きます。それは、たとえば設計者の目的が違っていても利用者にとってはその機能が似ていることによって競争の対象として巻き込まれていくことがありえます。

 一般化を指向する道具は、規模の経済やネットワークの外部性の働きにより、広く普及した道具が当然有利になります。このため、競争は激しく、生き残る道具の数は少ないのです。一方、特殊化した道具はそのターゲットとなる目的の範囲での競争のみで済むため、競争は緩やかとなるでしょう。

 また、「すでに普及していること」は道具間競争の上で重要ですが、インターネット技術と電話網の技術の競争にも見られるように、圧倒的な普及度の差があっても逆転してしまう場合もあるわけです。

3.3. 「設計者の場」の設計

 こうした道具間競争を勝ち残るための肝となるのが、「『設計者の場』を設計する」というある種のメタ設計ではないか。これがさきほど私たちのたどり着いた仮説でした。

 基本的に設計のための場が必要になるのは、設計・再設計にかかる時間が長くなるからです。製品のリリースごとに一つの設計のサイクルが終わる工業製品などの場合は、製品ごとに設計チームを作り、プロジェクトが終わったら解散することもできます。しかし、同じものがずっと再設計されながら使われ続ける場合、複数の設計者が連続性を保ちつつ新しいアイデアを持ち込むための場が必要になる。これがはじめにも触れた情報社会における設計の前提でした。

 たとえばオープンソースの開発をめぐる「伽藍とバザール*3の議論の一部は、「設計者の場」のルールと構造が設計に及ぼす効果に関する議論だと考えてよいでしょう。「伽藍とバザール」ではLinuxの開発方式の分析から得られた様々な知見がまとめられていますが、その一部は多数の人間が参加する開発プロセスを、バザール方式ではどう捌いているかについてあてられています。ソフトウェア開発論の古典的論者であるブルックスは「人月の神話――狼人間を撃つ銀の弾はない」(増補版、アジソンウェスレイパブリッシャーズジャパン、1999年 asin:4795296758)のなかで、ソフトウェアの生産効率を「遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加はさらに遅らせるだけ」「プロジェクトの複雑さとコミュニケーションコストは、開発者数の二乗で増大するのにたいし、終わる作業は直線的にしか増加しない」という有名な法則を提出しています。Linuxの成功要因は、このブルックスの法則を乗り越える「場の設計」に成功したと見なすことができるでしょう。

 また、政府が進めているエンタープライズ・アーキテクチャ(Enterprise Architecture 以下、EAと略記)*4や、省庁の情報システムを監督する役割として各省庁で任命されたCIO補佐官(chief information officer 情報化統括責任者)の導入*5なども、やはり「設計者の場」についての議論を多く含んでいます。政府では基幹システムなどの情報システム開発の調達改革に関する検討を進められていますが、その中でも開発プロセスの改善に関する検討が進められてきました。情報システムの開発は政府と受注事業者の共同作業であり、まず必要な情報システムを設計することが必要となります。しかし、調達側にはまず情報システムの理解自体が弱く、仕様書も書けないといったリテラシーの問題なども含め、情報システム開発を主導できるだけの組織的能力を備えておらず、合理的な開発ができない状態にありました。これを改善するため、業務・システム最適化計画の策定指針や外部人材の導入により、調達側(原課・CIO補佐官他)と受注側が協力して設計・開発を進めていくための場を設定しているのです。

 インターネット(IETF)やLinuxの場合は、誕生後しばらくはその道具を求める者と実際の設計者とがほとんど重なりあっていました。しかし、常にそのような場を作り出すことができるとは限りません。調達側と受注側の溝を埋めるためのこうしたテコ入れが、今後の情報社会の設計が様々な場面に拡大するにつれ、求められていくことになるでしょう*6

 設計に関係のある場としてもうひとつ、「利用者の場」というものがあります。再設計を行うためには、利用者からの適切なフィードバックが必要になります。工業製品の設計の場合には、利用者からのフィードバックは次回に別の製品を設計する際に反映されるだけであり、原則的にはフィードバックループは成立していませんでした。しかし、利用されながら再設計プロセスが進む情報社会における設計では、利用者からのフィードバックは直接的に再設計に反映させることができます(図8)。利用者がその反映状況を見て、道具の価値の判断材料とする場合が出てきています。つまり利用者との関係がよく結ばれていれば、その道具もよいに違いないというわけです。

 また、利用者の場と設計者の場が必ずしも分離していないのも、情報社会における設計の特徴でしょう。初期のUNIXコミュニティやインターネットコミュニティは、設計者と利用者の重なりがとりわけ大きかった事例です。そして利用者の場と設計者の場の関係は、特殊化を指向する道具ほど重要になります。これは特殊化を指向する道具の方が、よりきめ細かく利用者の希望を反映させるためです。また利用者の場についても、道具の利用規約やフィードバックの窓口のありかたなどを通じて、ある程度の設計を行うことができます。「設計者の場」のみならず、こうした「利用者の場」とのインターフェイス、あるいはオーバーラップにも着目する必要があるでしょう。

図8:産業社会と情報社会の設計
D1:図8


4. まとめ

 

本稿で述べてきたことを最後にまとめておきましょう。

  • 情報社会に特徴的な道具は、利用されながら再設計され続ける。このため、再設計のプロセスを支えるための「設計者の場」が必要となる。
  • 道具の設計には一般化と特殊化の二つの方向性がある。一般化し、基盤化した道具と特殊化した道具を組み合わせて利用する場合がある。
  • 道具は競争にさらされ、特に一般化を指向する道具は強い競争に直面する。
  • 「設計者の場」は設計可能であり、「設計者の場」の善し悪しが設計の出来に大きく影響する。
  • 「利用者の場」と「設計者の場」の関係に留意すべきである。「利用者の場」もまたある程度設計可能である。

 いま私たちの社会は、インターネットのいわゆる通信インフラとしての普及がある程度の段階に達し、今後は情報技術を基盤とした社会が成熟していく局面に入ってきたという見方が一般的であるかと思います。そしてそれゆえにこそ、これからの情報社会の設計と定着のベクトルをどこへ定めていくべきか、いま大きな分岐点に立っているというのがこの研究会の大前提になっているのだと思います。今日の議論は、情報社会における設計といえば、ということでインターネットの歴史を検討してきましたが、その歴史から学ぶべきところはまだまだ多いにあるのではないでしょうか。

参考文献





*1:註:isedキーワードネットワーク外部性」参照のこと。

*2:註:Winnyの(現行の著作物流通のオルタナティブを、アーキテクチャの設計・実装というかたちで提示するという意味での)「思想表現」としての側面については、Winny開発者が逮捕された際に投稿された石橋啓一郎のブログでも紹介されている。→帰ってきたくまとり:「Winnyを肯定的に議論する」

*3:註:isedキーワード伽藍とバザール」参照のこと。

*4:註:isedキーワードEA」参考のこと。

*5:註:CIO(情報化統括責任者)とは、組織における経営理念に合わせて情報化(情報システム導入・再構築)戦略を立案、実行する責任者のこと。以下の用語解説を参照。→@IT情報マネジメント用語事典 [CIO (chief information officer) ]。また、このCIOが国のIT戦略・電子政府構築の一環として(IT戦略本部:各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議)、各省庁に設置することが定められた。以下の紹介記事などを参考のこと。→asahi.com : Be on Saturday:「民間出身のCIO補佐官が発注を改革 霞が関のIT家庭教師」

*6:註:特にここで中央省庁発のIT改革を例に出しつつ、講演者の石橋啓一郎が意識しているのは、「地域情報化」、特に「地方自治体のIT調達改革」と呼ばれる領域についてだろう。以下を参照のこと。→GLOCOM智場:石橋啓一郎「変わるIT調達、調達側に求められる責任」

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