ised議事録

12-123.設計研第1回: 共同討議 第1部(1)

D1:共同討議 第1部
(開催:2004年12月12日 国際大学GLOCOM/ 議事録公開:2005年2月11日)

情報家電産業政策をケースに――EA(エンタープライズ・アーキテクチャ)という方法論

東浩紀

東浩紀
D1:東浩紀

 この研究会は2つの部会に分かれ、情報社会論の新しいパラダイムを探ることをミッションとしています。第1回の倫理研では、鈴木謙介さんによって、情報社会を舞台としたさまざまな動きが「サイバー保守主義」「サイバーリバタリアニズム」「サイバーコミュニタリアニズム」という3つの軸で整理されました。それは、ある種のメタ情報社会論と言えるものかもしれません。

 対して今回の石橋さんの講演は、ぐっと議論を具体的にして、インターネットの歴史に寄り添いながら「社会の設計」一般を議論するものだったと思います。僕たちがいま情報社会というときには、つねにインターネットの存在を前提としています。しかし、その誕生の経緯はそれほど自明なものではない。その過程で生じた二つの設計思想の対立を例に挙げながら、情報社会の設計思想の位置を問うていく、という意味で設計研のスタートにふさわしい議論だったと思います。これで、倫理研設計研ともにアジェンダが出そろったわけですが、前者が社会学2ちゃんねるとコミュニケーションをテーマにするとすれば、後者は経済学あるいは工学とオープンソース、そしてアーキテクチャがテーマになってくるのかもしれません。

 さて、今日の石橋さんの講演では、設計者の場と利用者の場の近接性がひとつ重要なテーマとして浮かび上がってきました。この議論は、かつてアルビン・トフラーが「プロシューマー*1という言葉で提示したものです。したがって、今日の講演の趣旨を簡単に要約すれば、今後の情報社会において、プロシューマーの効率よい協働をいかに作り出していけばよいのか、別の言葉を使えば、彼らの「インセンティブ」をどう調達し、その集団をいかに「ガバナンス」していけばいいのか、という問題になると思います。

 いずれにせよ、インターネットの歴史は一種の奇跡であって、こんなものがこれほど急速に社会を変えるとは、つい15年ほど前まではだれも思っていなかった。にもかかわらず、インターネットのようなものが生み出された現実がある以上、私たちはそこから何を学ぶことができるのか、どう横展開することができるのか。その問いが今後の設計研の議論の中心になっていくのかな、と思っています。

 それでは、共同討議の方に入っていきましょう。

 まず、村上さんにお聞きしたいと思います。村上さんは、経済産業省にて電子政府の業務最適化政策や情報産業振興政策を担われている、いわば社会設計のプロフェッショナルです(笑)。そしていま注力されているのが、情報家電産業をプロシューマー型のマーケットにいかにシフトするのか、という課題ですね。

 村上さんは、ハイアラキカルな官僚制のなかで制度設計に取り組んでこられた。他方で、今日の石橋さんの講演は、インターネットの誕生を支えたのは、それとは対極な、いわばボトムアップ型のものであり、そしてそれゆえにこそ輝かしい成功を収めたという議論でした。その対比を意識しつつ、制度設計の最前線に立たれてきた経験を活かして、長めのコメントをいただければ、と思います。

村上敬亮

村上敬亮
D1:村上敬亮

 9年間政策の最前線にいるということは戦犯の最前線かもしれませんが(笑)、それでは、情報家電という話を切り口にして、そこから見える「場の設計」の意味というテーマでお話したいと思います。

いま情報家電ということで政府が(ブログ(IT@RIETI: e-Life Blog))をやっています。そのブログのベースになったレポート*2のテーマというのが、いままでのように家電量販店で一生懸命家電を販売するようなビジネスモデルで、本当に情報家電産業は収益力のある産業になれるのか、という話を扱っています。その中で、あえて2つのアプローチを強調して説明しているんですね。

 一つ目はこういうものです。「海外に出て、家電量販店で競争があろうが何があろうがとにかく量を売りまくって、世界トップシェアになる。世界トップシェアになれればきっとそこには収益力がつくだろう」これはひとことでいえば「量で売り抜く」戦略といえます。これは家電メーカーの幹部や役員さんのところに行ってもどこに行っても「そうだ、そうだ」とすぐに賛成されますが、よくよく考えてみると、どうして日本国内だけでも電気・電子10社もいて、量の戦略で全員がNo.1になれるのか。そんなわけがありませんね(笑)という話です。

 では二つ目のアプローチは何か。「異業種のサービスともっと組み、ハイエンドなユーザにローカライズされたライフソリューション・サービスに『売り上げが上がらないから』と言わずに、もっと入っていくべきである」ということになります。こちらは家電メーカーの若い人と話をすると「そうだそうだ! うちの役員は理解してくれないんだこの話を!」と賛同される話であります。

 実はこの2つの対比と今日の話が関係するところがあるのではないかと考えています。

 量の戦略の話をする人というのは、サプライサイドから物を見ています。これは「垂直統合による量の戦略」という非常にシンプルな発想です。たとえば、「情報家電のマーケットを見よ。たとえばディスプレイを見よ。組み立てるところは韓国メーカーもいるし台湾メーカーもいるし色々世界にいるけれど、パネル本体、パネルの部品、さらにはその製造装置となるとほとんど日本企業の牙城である。ここと下流とが垂直統合的にがっちり手を組み、そして量を売り抜けられれば、日本の家電産業の将来は安泰じゃないか」…とこういうヴィジョンなわけです。

 また産業政策まわりでは、たとえばコンピュータ産業を「モジュール化」をめぐるボールドウィン/クラークあたりの話や、日本の自動車産業の強みを「すり合わせ」に見る藤本隆宏先生あたりの話*3が都合よく誤解されて*4、こうした「垂直統合とすり合わせ」という言葉が流行っています。本来これらは、ユーザ側のニーズにどう動的にリンクするかという議論が伴って始めて意味をもつものだと思っていますが、現実には、この発想の背景には、サプライサイド側の事情が濃厚に反映されています。結果的には、部品を作っているとか工場の中でこういうものを作っているというような「部分最適」の世界が最終的な比較優位を取ることができるんだ、と。

 これに対して量ではなくサービスの戦略の側というのは、どちらの視点から見ているかというと、いうまでもなくディマンドサイド、即ち消費者の側から見て何が起きているのか、そのリクエストに迅速に答えるためには何ができるのか、という視点でものを見ている。

 結論的には、どちらも必要です。量を捌かなければ研究開発費用や設備投資費用は回収できませんし、ユーザニーズに応えなければイノベーションサイクルから取り残されることになります。しかし、産業の現状ではどうしても前者が幅をきかせます。そこで、情報家電ブログで提示したレポートでは、前者のサプライサイドから後者のディマンドサイドへの視点の転換をエンタープライズ・アーキテクチャ(Enterprise Architecture 以下、「EA」と略記)という枠組みの普及によって実践しようということを主張しています。しかし、それは難しい。いまEAの思想を情報家電の世界に持ち込んで情報家電の参照モデルを作ろうじゃないかという話を業界の人と協力しながら取り組んでいるのですが、必ずそこに出てくるバリアーがいくつかあるんです。

 たとえばこういう反論がくる。「サービスでローカライズだってその理屈は分かるし、家電メーカーだっていくらもサービスやってきました。が、ここはもう死屍累々なんだよね」と。なぜでしょうか、やはりメーカーのラインナップのなかで情報家電とその他の家電製品を「売上高」で比較してしまうと、どうしても、まだ二桁も三桁も違う。となると、そこに同じ人員とリソースを投入することに躊躇してしまう。したがって、現場レベルではぜひとも取り組みたくても、大体役員レベルまであがったところで「そんなこといっても今年の売り上げが…」という弱腰な意思決定が下ってしまうんです。

 そのバリアーをこう言い換えることもできます。別途製造業の方から、こんな言葉を聞くんです。「収益力は成長力を食う。」どういうことでしょうか。たとえばローカライズされたマーケットでも、売り上げを追求せずに収益率を追求し、そこで評価が与えられれば、確かに抜け出す道はあるのかもしれない。実際に、製造業のベンチャー企業でも収益性の点で高い利益率をあげて、いいところまでいく事例はたくさん見ている。しかし、そこで、「でもね」と留保がつくわけです。そこに本格的な産業サイドのステークホルダー(利害関係者)やインベスター(投資家)が付いてくるとどうしても量の成長というのが求められる。結果、その量の成長が求められた瞬間に収益性のコアを支えていたビジネス・アーキテクチャが崩され、大企業に買われ、陳腐化されたものになる…。このパターンはもう幾度となく反復されているんだ、と。こう反論されるんですね。

 しかし、こういうデータを見てほしいんですね。韓国のサムソンと、日本の電気電子10社の実際の営業体質・収益力を見たとき、大手電気電子10社合計の売上高は50兆円、サムソンは5兆円です。それに対して、営業利益はどうか。日本の10社合計で1.3兆円に対して、サムソン1社で8千億なんです。営業利益率にしてみると、2、3%という人たちと26%という世界の差がある。当然、資金調達力で圧倒的な差が出ています。そして、ほとんどどのドメインでもボロボロ負け始めている、というのがもう実態というところまで来ているんですよ。DVDなど規格の決まった製品市場で量を採ろうにも、このままでは、中国や韓国の追い上げにあって、常に敗北感を味わい続けるようなことになるのではないだろうか。

 こういう現実を見るとき、本当に収益力が成長力を食い続けるという構図のままでいいのだろうか。それではいけないことは皆さんわかっていらっしゃる。しかし、どうしても日本のいまの家電産業がそこでやっぱり発想一つ抜け出られないところというのは、「全体最適」への転換なんです。量とローカルハイエンドの両方をとりにいこうと思えば、どうしても、全社ベースのビジネス・アーキテクチャ可視化し、最適化することが不可欠になる。それぞれの事業部の中は、それぞれに任せてあるので売り上げの数字だけもってこい、といったようなやり方はもう通用しない。各事業部の予想売り上げ高を積み上げて毎年度の事業計画とするアプローチで、国際競争力のある企業はもはや育たないと言えるでしょう。しかし、さきほどの石橋さんのプレゼンテーションの中にも、「一般化と特殊化」といったような言葉と、そのために事前にアーキテクチャを決めておくことが必要という説明があったんですが、現実には、なかなか事前にアーキテクチャが決められないのが、企業はもとより、国、行政機関、様々な非営利組織を含む日本の経済主体の現状ではないでしょうか。

 量とローカルハイエンドの両立という点をもう少しわかりやすくするため、自動車産業の例を出しましょう。実はこのレポートを作ったときに、大田区の中小企業の社長さんからすぐメッセージが飛び込んできて、「いや村上さんね、情報家電が儲からないのなんてもうすでに常識だよ」と話が始まったんですね。「なぜですか?」と尋ねると、こうおっしゃるんです。「情報家電では、メーカも在庫管理が厳しいのか仮発注を出してくれない。加えてその中身はどんどんハードからソフトになっているけれども、そのソフトの作り方がひどい。そんな状況の中で、情報家電の部品を使って儲けろと言っても無理ですよ。中国が調子が良いですから、ちゃんと仮発注も出してくれて、部品側も儲かるような発注を出してくれる製造業は他にもたくさんありますし、無理して情報家電についていく必要はないですよね」とおっしゃるんです。

 それはどこか。自動車産業を見てみるといい。たとえばトヨタ。クラウンを月間販売台数第6位に押し込むという大量生産・大量販売に成功させている一方で、アルテッツァというスポーツ車を作ってみたり、ボクシーというボックス車を作ってみるというように、そもそも目標販売台数が一桁も二桁も違う車というのを、平気で同じ人員・開発体制・同じ主査の下の同じ体制で作っています。

 またこれに続けて最近僕がよく例に出すものがあります。たとえばホンダが、「トラベルドッグ・ドットコム」というネットコミュニティサイトを開設しています。どういうものかというと、ホンダユーザに限らずどなたでもいらっしゃってくださいという形で、「犬を連れて旅行したい」「あそこの宿がいい」「あそこの観光スポットはワンちゃん喜ぶぞ」「犬が車の中で糞をしたくなったらこれ使え」(笑)といった色々な情報を提供していらっしゃるわけです。そうしたユーザのニーズを受けたかたちで、こないだ「ホビオ トラベルドッグバージョン」というのをお出しになられています。ちょっと台数は不正確なんですが、確か数百台限定販売、オンライン直販で一週間即売り切れになったそうなんですね。この事実は、売り上げベースで見ればどうということはない。しかし収益率としては当然ペイしていますし、そのうえ外車からの乗り換え、トヨタ・日産からの乗り換え、顧客からのブランド価値の認知を得る部分というものを鑑みれば、これはもう十分採算が取れているとみなすことができる。

 こういう柔軟なビジネスがなぜできるかというと、車の場合もともと凝集性が高い産業ですから、基盤となるプラットフォームを共有した上で、まさに石橋さんのおっしゃる一般化をする部分と特殊化をする部分を「事前に」使い分けながら、生産体制をお客さまのリクエストに合わせていかようにでも変えるというアプローチは比較的採りやすい。つまり、右にニーズが出れば右に寄れるし、左にニーズが出れば左に寄れるというかたちで全体最適化できるアーキテクチャを、生産ラインも経営体質も一貫して事前に設計する努力をされているんだ、と。それに対して家電の側は、まだ「このPDPが…」「この有機ELが…」「この液晶が…」と技術主導的に新技術と製品を口にしながら、作ってしまった個々の製品をなんとか売りぬくことを考えてしまっているんですね。もっとも、家電は自動車と較べて自由度が高すぎるので、同じ土俵でその器用さを較べるのは気の毒な側面もありますけれど。




*1:註:isedキーワードプロシューマー」参照のこと。

*2:註:経済産業省商務情報政策局編「情報家電産業の収益力強化に向けた道筋」。IT@RIETI: e-Life Blogに掲載されている。

*3:註:isedキーワードモジュール化」参照のこと。

*4:註:たとえば経産省が2004年に発表した「新産業創出戦略」に対する以下の批判などが参考になる。→日系ネット時評:「経産省『新産業創出戦略』の心許ない方策とそれへの示唆」新保豊

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