ised議事録

12-1211.設計研第1回: 質疑応答

質疑応答

崎山伸夫:

 最初に石橋さんがされたお話は興味深かったのですが、ひとつ指摘したいと思います。石橋さんは産業社会における設計と情報社会の設計というものを対比されていたのですが、実際には産業社会においても、生産の現場と利用者が近い関係にありつつ再設計サイクルをまわしていくというものは、たとえばQC活動*1の中などで従来から行われてきていたと思うんです。情報社会の枠組みを議論していく上では、既存の産業モデルと截然と切り離すのではなく、そうしたものも適切にリファーしていく必要があるのではないでしょうか。

 おそらく討議のなかでも、暗黙のうちに村上さんや楠さんはそのあたりを念頭に置かれていたと思うんです。たとえば楠さんがGNUは当初デベロップメントツールからはじまっているということを指摘されたのも、こういったことが一応バックグラウンドにあるというふうに理解しています。

石橋啓一郎

 はい、崎山さんのおっしゃるとおりで、利用者と設計者が密接な関係を保って生産をするという場面は、産業社会の中でも確かにありました。今回の発表の中では、論旨をはっきりさせるためにかなり単純化をしてお話をした形になっています。特に受注生産をするような商品では、産業社会の生産場面でもそういう形が現れます。

 ただ、情報社会の中では、利用者と設計者が近い再設計サイクルが行われる場面は確実に多くなるでしょう。それから、質的に異なることも起こってきています。例えば、設計の場がオープンであるといったことは、産業社会ではほとんど起こりませんでした。そうですね、例えば社会制度を作る場としての議会などはオープンな設計の場と言えるかも知れませんが、それには非常に大きなコストがかかっている。

 そういう意味では僕の発表の中での産業社会における設計と情報社会における設計の違いについての説明は、主として現象面から特徴を説明したもので、本当に情報社会に特有の設計にはなにが必要なのかは、説明しきれていなかったかも知れません。これにはまだ結論が出せているわけではありませんが、僕は二つの設計の違いは設計の場に参加する設計者たちが利用できるコミュニケーション技術あるのではないかと考えています。情報化によって我々は、遠隔・非同期でも低コストでコミュニケーションできる手段を手に入れました。これによって、場への参加のコストも下がりましたし、参加・離脱も非常に簡単になりました。このことが大きな違いを生んでいるのだと、僕は考えています。

 そう考えると、途中で東さんが「IETFのケースについては留保が必要だ」というのもよくわかります。IETFはその成長の過程で新しいコミュニケーション手段を自ら作り出してきたわけで、他の事例とはかなり条件が異なると言えるでしょう。

 ところで、少し脱線してしまうのですが、IETFについて少しコメントさせてください。一応念押ししておきたいのですが、僕はIETFを真似すればよい、IETFが理想的なモデルだ、とは考えていません。単に、歴史上最初の顕著な例として分かりやすいと考え、使ってみたということに過ぎません。実際、今のIETFはかなり色々な問題を抱えていることが知られていて、自らそれを議題の一つにしているくらいです。話はさらにずれていくのですが、発表資料のIETFとOSIの経緯の図を見てもらうとわかる通り、IETFの原型が発足してから今までの間に、IETFの組織はずいぶん変わってきています。IETFの特徴の一つはそういう自らが抱える課題を常に捉えなおし、組織を再定義してきています。そういう観点から見ると、IETFはそれ単体で今日の議論でも盛んに言及されたオートポイエティックな性質を持っていたのかもしれません。

 とにかく、崎山さんのおっしゃるとおりで、利用者と設計者の関係だけから、産業社会と情報社会の設計の違いを説明することは、誤解を生みやすいかもしれませんね。むしろその関係の違いは、情報社会的な設計が行われるようになってきた結果現れてきた現象だと捉えたほうがいいかもしれません。

東浩紀(以下、東):

 適切な補足をしていただいたと思います。ありがとうございます。

坪田知己(慶應義塾大学大学院 以下、坪田):

 質問ではないのですが、いいかな?

東:

 崎山さん、坪田さんともに第1回倫理研に引き続いての質問ですね。レギュラー化の予感がしますが(笑)、もちろんお願いします。  

坪田:

 私は先日「新しい新聞のモデル」という内容の文章を日本新聞協会の『新聞研究』という機関誌に書き、NIKKEI NETの「ネット時評」でも同様のことを書いた*2のですが、その時の問題意識と今日のお話は非常によく似ているところがあったんですね。というのは、新聞という存在は社会という全体を相手にしてきたところから始まるわけです。新聞というのは、個人のジャーナリストたちが社会という全体に対して何を伝えるかという「不特定多数」モデルです。そして、そもそも不特定多数というかたちで、いままで社会は把握されてきたわけですね。人類がはじめて生まれたときには、おそらく見知りあった10人とか20人とかの集落がせいぜいの社会的単位だったと思いますが、そしてそれがどんどん規模が拡大していったときに、人間は把握できないものだからこれを「社会」という不特定多数として捉えてきたんだと思います。

 ところがいま起こっているネットがもたらす変動というのは、「特定中数」と表現すべき問題なんですね。インターネットではIPアドレスの一意性ひとつをとってもわかるように、そしてウェブログSNSが隆盛してきているのを見てとれるように、特定性の高いつながりを結ぶことができる。だから一人一人がお互い明示的にわかっている状態です。つまり私たちは、さきほど鈴木健さんがおっしゃったように、いまもう1回先祖がえりしているんじゃないか。なぜかというと、いままでは物理的近接性とか血縁というものが相互特定的な「コミュニティ」をつくるという前提であったのが、いまはネットでつながっていることで可能になった。つまり、いわゆる物理的なレベルからネットの関係というところにジャンプした状態で、もう1回コミュニティの再構成をしなければならないところに立ち至っているというわけです。

 そしていま東さんが整理してくださったように、それはもちろん社会というもののそもそもの把握の問題でもあるけれども、ビジネスの世界にもあてはまると思うんですね。いま世の中のほとんどすべてのビジネスは、マス生産・マス消費モデルでつくられている。こうした社会構造そのものをどうやったら個のレベル、特定中数のモデルに落としこめるのかというテーマも非常に重要な問題です。これは村上さんが取り組まれている問題と並行したものだと思いますし、ありとあらゆるところでこのたモデルをもう一度再整理しなければならない局面にきているのではないか。これが私のいまの考えです。

東:

 その個に落とすというのは、モジュール化の話とも関わるのでしょうか。

坪田:

 もちろんそれも入ります。


東:

 ありがとうございました。

 ではつぎに、GLOCOMの丸田一さん。

丸田一(以下、丸田):

 とても面白い議論でしたが、場と道具の定義が非常にあいまいだというところに、居心地の悪さを感じたんですね。それでも最後は軸が浮かび上がってきていて、2つの社会性とか全体性という軸が出てきていました。そこで、2つの社会性と全体性で、それぞれ場と道具の定義があるはずなんですね。

とくに場のほうなんですが、インセンティブを設計する、調整するという方向では全体最適を目指すものとしてお聞きしていたのですが、その定義というのも今後の課題として行ってほしいと思います。

東:

 いまのお話だと、インセンティブ全体最適から出てくるものだと……?

丸田:

 そうですね。

東:

 今日の議論では、インセンティブの設計はむしろ部分最適の設計思想で重要になってくるものだということになっていたと思うのですが。

鈴木謙介(以下、鈴木謙):

 いや、インセンティブの設計というのは、部分最適を積み重ねると全体最適になるように設計をする、ということでは?

八田真行

 ただそれが、ドグマなんですよね。

丸田:

 こういうことではないえしょうか。つまりインセンティブというとき意味は2つあって、要は主体がインセンティブを自覚する場合と自覚しない場合があるのではないかということです。自覚しない場合というのはたしかに東さんがおっしゃる通りかもしれませんが、自覚する場合、たとえば村上さんのおっしゃるEAでは自覚しているわけですよ。そちらは全体最適というお話でした。つまり、どうも突き詰めると定義が2通りあり、そこを突き詰めていく必要がありそうだということです。

 ただ普通は場と道具というのは単一の定義ではじめるものですよね。ところがここでの議論はそうではなく、2通りの定義を許しながら展開したほうがいいのではないか、と。

東:

 むしろしっかり定義するな、と。

丸田:

 いや、しっかり定義しないか2通りの定義を許しておくか、どちらかなんです。

東:

 なるほど、わかりました。丸田さんは、同じインセンティブという言葉に、二つの含意があるとおっしゃっている。僕としては、全体最適を考えての「インセンティブ」は規律訓練ディシプリン)と呼び、部分最適しか見ないほうをインセンティヴという言葉で区別したほうが分かりやすいと考えています。

鈴木謙:

 そのあたりの整理は、それこそ倫理研の課題でもありますね。

東:

 それでは、今回の研究会はここで閉めさせていただきます。すでに予定の時間を30分ほど超過しているわけですが、設計研の第1回に相応しい高密度の議論ができたと思います。

 次回の講演は、八田真行さんから、本日の討議を受けつつ、オープンソースの理念と運動の含意について講演をいただく予定です。今日積み残された宿題は、そこでまた議論されることになるでしょう。本日はどうも、長いあいだありがとうございました。




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