ised議事録

01-089. 倫理研第2回: 共同討議 第2部(2)

E2:共同討議 第2部
(開催:2005年1月8日 国際大学GLOCOM / 議事録公開:2005年3月12日)

環境管理型権力の『価値』とは――多様性の確保という理念

東浩紀(以下、東):

 少し前に戻りますが、さきほど北田さんは、特定の価値観が強化されるようにアーキテクチャを作るという白田さんの発想は環境管理型権力と表裏一体ではないのか、と問いかけられました。その点について、白田さんいかがですか。

白田秀彰(以下、白田):

白田秀彰
E2:白田秀彰

 環境管理型権力を加速してしまうだけではないか、というご指摘かと思いますが、おそらく放っておいてしまえば、もっと加速するんだと思うんですね。何もしないままでは、経済合理性などの諸々の近代的合理性が、アーキテクチャによる完全管理を目指して邁進してしまう。放置すれば最悪の状況になるだろう。そこに歯止めをかけたいというのが、レッシグや私の意図していることなんですね。そしてレッシグは民主的なプロセスに依拠した。しかし私の考えではそれも実効性を失う可能性があるので、それなら伝統をさかのぼりましょうという流れなんです。

 そんなことはできるのか。ただ、管理の動きに対して、ここは管理してはいけない、実装してはいけないといったネガの方向からのコントロールはそれなりに働くと思うんですね。たとえば、RFIDバイオメトリクスを駆使したゾーニングを完璧にほどこし、自分が見たくない世界をシャットアウトできるとしても、それは禁ずる。サンスティーンは、ネット上の議論が偏ってサイバーカスケードを起こさないように、必ず反対意見にもリンクを貼ることを強制するべきと提案しているけれど、あれと同じようなことですね。

 また著作権の完全管理に対して、レッシグは著作権の歴史を紐解き、いつの時代においても特定の主体が情報の流通を完全にコントロールすることを許すような法律はなかったことを指摘します。ゆえに、それを実現しようとする実装は許さない、というやり方でのコントロールはできないだろうかと私は主張しているんです。人類が過去においてどのような均衡状態で生きてきたのか、それを法律でもいいし、文学でも哲学でもいいんですが、掘り起こすことでそれは可能なはずなんです。

 エンジニアたちが「こういう技術があるからこういう実装をしよう」というとき、「いや、それは人類がここ数百年やってきたやり方にそぐわないし、実現すればこんなまずい事が起きるんだよ」というブレーキの役目を果たせないだろうか。もちろんこんな介入に対しては、エンジニアたちに抵抗感もあるとは思うんです。ただ、人文側がエンジニア側の技術がわからないから何もしないというのはまずいわけです。またエンジニアの側でも、技術者は規範的な価値については中立たるべしというのがひとつの美徳になっているんですが、少しは価値に踏み込んで考えてほしいなという思いがあるんですね。

東:

 僕もほぼ同感です。

 そろそろ議論をまとめなければならないのですが、少し話させてください(笑)。最初に話したように、僕は最近では『自由を考える』の時点から考えが変わってきていて、環境管理型権力が強化されるのはあるていど仕方ないと思っているんですね。では問題はどこにあるかというと、監視強化のかわりに僕たちが何を得るのか、ということに尽きるのではないかと思うんです。

東浩紀
E2:東浩紀

 たとえば、いま日本では電子パスポートの実証実験が進行中です*1。いずれは、世界中のパスポートがバイオメトリクス*2で管理されるようになるでしょう*3。しかし、ではそのシステムを導入することで日本社会はどう変わるのか。アメリカでは、セキュリティの確保です。EUでは、加盟国拡大によって増大したヒトとモノの流動性を確保するためということになっている。それぞれ批判はあるかもしれないが、理念はある。しかし日本では、さしたる理念もないままに、なんとなく新しい監視技術が導入されようとしている。たとえば、バイオメトリクスによる住民管理を導入するかわりに、外国人が日本社会でも働きやすくなる・住みやすくなるといったメリットが語られるべきなのに、そういったヴィジョンは聞こえてこないわけです。

 またほかの例を出します。ここ数年、監視カメラが町内会レベルでも次々導入されています。僕は監視カメラそのものが悪だとは思わない。けれども、監視カメラを設置するなら、代わりに子どもが夜中でも安全に遊べたり、女性が平気で歩けたりならないとおかしいと思うんですよ。そのための監視技術なんだから。しかし、近年の事態は反対のように見える。監視カメラでもGPSでもなんでもいいですが、監視技術が強化されると、夜中にぶらぶら歩いている「不審人物」がますます目に入るようになる。危険がさらに強く意識され、人々の生活はどんどん不自由になる。実際、マンションの管理組合でカメラをつけて何を取り締まるのかといえば、ゴミ出しのスケジュールだったりする。そんなことのためにいちいち監視技術を使っていては、歯止めが効かない。重大犯罪防止のためではなく、隣人の軽犯罪を相互監視する窮屈な社会になってしまう*4

 このように、現状は、漠然たる不安に煽られて監視技術を導入するのはいいけれど、それによるメリットははっきりしないし、むしろ新しいリスクが次々発見されることで体感治安は悪化するばかり、という感じだと思うんです。それに対して、僕はつぎのように思います。

 社会が許容できるリスクの全体量がたとえば10だった――数は何でもよいですが――として、最近それが30まで増えてきてしまったので、監視技術の導入によって10まで戻す。それはよく分かる。ポストモダン化に伴い社会の多様性が上昇し、したがってリスクも上昇したから環境管理型権力を使う、というこの選択はやむをえない。

 しかし、社会の趨勢は必ずしもそうではない。むしろ、リスクの全体量があまり変わっていないにもかかわらず、10を5にできる、3にできる、1にできる……と際限なく監視を強化し始めている。アメリカのテロリスト対策などに、そのような過剰な妄想を感じます*5。しかし、リスクをゼロにしたいのなら、それこそ、市民生活を徹底的に監視し、古典的な全体主義国家を作るしかない。環境管理型権力を使えば、多様性を保ったままかつてなく「安全・安心」な生活ができる、という幻想に捕らわれて、とめどもなく技術を強化しているのだとしたら、これはセキュリティの論理の暴走とでも言うべき事態ではないでしょうか。

 僕は共同討議の冒頭で、自由と管理の共存がポストモダン社会の特徴なのだ、と述べました。言い換えれば、自由と管理は「共存」しなければならない、ということです。身体のレベルでの管理が進むときには、主体のレベルでの自由はそのぶん拡大しなければならない。住基ネットや電子パスポートが整備されるのであれば、そのぶん、日本社会は、多様な価値観をもつひとびとが、多様なライフスタイルを選んで社会生活を送ることができるようなオープンな社会に生まれかわらなければならない。ここらへんが、いま白田さんがおっしゃった新しい価値観のヒントになるのかな、と思います。

鈴木謙介(以下、鈴木謙):

 いま東さんが「我々は何を得るのか」と語られたことが重要で、ここで東さんは無意識に、私益と公益を峻別し、後者についての話をされていたと思うんですね。つまりここで東さんが多様性や許容度という言葉に託していたのは、たとえば「あいつがキモイから排除して」という私益とは異なる。それよりも優先させることで我々が得るもの、すなわち公益だったわけです。

 ただ、我々がいまこうして議論の俎上にのせている倫理・正義・公益といったものは、「ではそれは可能なのか」という点がきわめて大事なんですね。次回以降の導きとして例を出しておきますと、今日の白田さんのお話のなかで、「ハードウェアまで組換え可能になる」という視点がありましたが、これは生命倫理の問題に直結していると考えています。生命倫理の問題というのは、一般に誤解されているように「技術的に可能だからクローン人間を実装してしまおうというのは、技術者による自然の摂理の冒涜だ」といった話とは異なるんですね。真に問題となりうるのは、「自分の子どもだけは健康に生まれてきてほしい」「自分の子どもだけは健康に育ってほしい」というある種の私益が、生命技術を不可避に呼び寄せてしまうということです。

 こうした私益に基づくアーキテクチャの改変という事態に対して、我々は公益という観点から、人文的な蓄積に基づく反論を投げかける必要があるのではないか、あるいは、果たして反論できるのかどうかがこの先の議論として出てくることと思います。

東:

 多様性の確保という「価値」がどれだけ人々を納得させることができるのか、ということですね。これこそまさに正義の問題ですので、次回の講演者の北田さんにバトンタッチします(笑)。

北田暁大

北田暁大
E2:北田暁大

 そしていま鈴木さんが提起された問題は、私益と公益という問題に留まりません。優生学的発想には批判がたえないわけですが、たとえば、誰しも持つであろう「自分の子だけは健やかに育ってほしい」という願いも、ある意味で立派な優生学なわけです。しかし、この「我が内なる優生学」を我々は完全に否定することができるだろうか。そこで立ち上がってくるのが、優生学への批判的意識を持ちつつも、「優生学=悪」という図式を相対化する「よりよい優生学は可能か」という問いです。さきほど東さんの発言を、私は「よりよい環境管理型権力はありうるのか」という問題提起として受け止めています。そこら辺のことを念頭に置きながら、3月にむけて準備をしたいと思います。

鈴木謙:

 ありがとうございました。それでは質疑応答に移りたいと思います。



*1:註:成田国際空港で“e-Passport連携実証実験”を実施――2005年度中のIC旅券導入に向けて

*2:註:COMZINE by nttコムウェア - 「電子パスポートにも採用 バイオメトリクス認証」

*3:註:米国のビザ免除プログラムに加盟している国に対し、バイオメトリクスを導入するよう求めている。→ITmediaニュース:バイオメトリクスパスポートの機はまだ熟せず

*4:註:こうした問題を日本社会のムラ共同体的メンタリティと監視技術が結合していると東は指摘している。→hirokiazuma.com/blog: 監視技術の道徳主義的利用

*5:註:isedキーワードバリー・グラスナー」参照のこと。

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