ised議事録

03-1210. 倫理研第3回: 共同討議 第2部(2)

E3:共同討議 第2部
(開催:2005年3月12日 国際大学GLOCOM / 議事録公開:2005年5月14日)

ネット自殺への介入問題――曖昧化する「反社会的」の線引き

東浩紀(以下、東):

 ネットは人を殺せないという話ですが、ネット自殺やネット心中はどうでしょう。たとえば、新聞で読んだのだけど、どこかのブログか掲示板で「私これから手を切るから」と予告したところ、その読者が通報して、警察が自宅に入って止めたという話が美談としてある。「ユーザーのみなさん、プロバイダのみなさんの協力のおかげで、1人の命が救われました」というわけですが、これは微妙な問題を含んでますね。自殺予告は犯罪とは言い難いわけで、そこで警察がプロバイダに個人情報を開示させて自宅にまで踏み込むのは正当化されるのか。

鈴木謙介(以下、鈴木謙):

 まずコミュニケーションのレベルで自殺や心中が語られているのであれば、そこに公権力は関与すべきでないと考えます。ところが、オーストラリアでは自殺サイトに罰金刑を課すという法律ができましたよね*1。これは制度的に介入してしまっていますから、ダメだと思います。

東:

 なるほど。白田さんと北田さんはどうですか。

白田秀彰(以下、白田):

 難しいね(笑)。

東:

 法学者の立場からはどうですか。

白田:

 犯罪ではない以上、警察が勝手に動くとまずいでしょう。

加野瀬未友(以下、加野瀬):

 それだと、自殺の是非の話になってしまうんですよね。

白田:

 たしかに、ネットの話ではないよね。

鈴木謙:

 猫殺しとかだったらどうです?

白田:

 刑法的には器物損壊ですよね。でも所有者がいなければ、別にそれ自体では罪は問われない。道義的なレベルではまったく別の話ですけど。

鈴木謙:

 ドメスティックバイオレンス(DV)の問題もそうですが、たとえば家のなかでドンガラガッシャンとやっているとき、隣の人が警察に電話をかけて様子を見てくれということはありうるわけですよね。

白田:

白田秀彰
白田秀彰

 ただ、法律の世界はすべて具体的な事例について考えるわけで、いまここでどっちと言われても、どっちともいえないとしか言えないんですよ。そもそも、警察は自殺を止めなくてはいけないのかな。刑法に書いていないことをやったら憲法違反なんだけど、基本的には*2

加野瀬

 でも、ビルの上に立っていたら警察は来ますよね。

東:

 北田さんはどうですか。

北田暁大(以下、北田):

 もしかすると誤解があるのかもわからないですけれども、「反社会的なものは抑えるべき」というのは、明確な違法行為とかに関してであって、たとえば祭りがけしからん、噴き上がるのがまずいという話ではないんです。明確な法的根拠がないのであれば、放っておくべきでしょう。ですから、いまの自殺の話であれば介入すべきではないと思いますね。

白田:

 いままで自殺といえば、人知れず東尋坊の先から飛び降りるみたいに、こっそりとしたプライベートな行為だったわけですよね。でもそれをネットに持ち込んだところ、「俺自殺するよ、ほかにいたら手を挙げて」という状況になってしまった。これを法律的にどうにかしなくてはいけないというなら、新しく立法して、自殺を勧誘する行為を犯罪化しなくてはいけないでしょう。逆に犯罪化されていない以上は、警察が動くのはやっぱりまずいですよね。刑法上の根拠がなくとも、実際はやっているでしょうね。自殺するが人いたら警察は止めるんだろうし*3

東:

 実際に、ネット心中に関しては介入がコンセンサスになりつつある。

白田:

 どうなんですかね。

小倉秀夫(以下、小倉):

 すいません、会場から発言します。自殺は犯罪ではないのだけれど、たとえばビルの屋上で自殺しようという人がいたら、警察が入り込んで止めるというのは、ありますね。

白田:

 あれはどういう根拠でやっているんですか。

小倉:

 明確な根拠はないんじゃないか*4

加野瀬

 そうか、根拠ないんですね……。

白田:

 法律の原則でいけば、警察は刑法に書いてある行為に関してのみ、国家権力の発動として動かなくてはいけないわけですから、勝手に色々サービスしてはいけないんですね、本当は*5

北田:

 さきほど東さんが問題提起されたのは、「IPを取得することで、警察によるパターナリスティックな介入*6を制度的に担保してしまうのはいかがなものか」ということですか。

東:

 というより、僕の根本的な問題意識としては、私的空間と公的空間の区別がどう変わるのか、というところですね。ネットだけではなくユビキタスとかもそうだけど、情報社会の成熟によって、プライベートとパブリックの境界が急速に変わってきていると思うんですよ。いままでは私的に行われてきたことが、過剰に表に見えてきてしまう。

白田:

 実際、ネット自殺は連鎖的に起きているわけですよね。

東:

 見えるからこそ連鎖反応が起きてしまう。心中に限らず、ネットにおいては私的な行為が公的な効果を及ぼすことも起きやすくなるし、逆に、いままでは見えなかったために放っておかれていた私的な行為が公的な介入を引き起こすことも多くなる。個人のブログに対して、「これってまずくないか?」という介入が起きるわけです。自殺予告は分かりやすい例だけど、ペット虐待なんかもそうでしょうね。

会場から(匿名希望):

 現在、自殺についてどう扱うかについては、警察庁の総合セキュリティ対策会議というところで議論されているはずです。この問題は、そもそも被害届が出ませんから、令状が出ないわけです。令状が出ない以上、通信の秘密がありますからプロバイダは警察にログを開示してはいけないんですが、現実には、「プロパイダの担当者は責任を取れない」という理由から開示している例があり、報道されたものも含めて、昨年だけでもかなりの自殺が実際に止められているようです。

 この問題は、自殺の介入を入り口にして、警察権力の介入が法律の枠を越えて行われるようになってしまうことなんですよ。まさにそれを狙って、自殺という社会的共感を得やすいテーマで議論をしていると見ることができると思います。

東:

東浩紀
東浩紀

 面白くなってきました。

 そもそも現代社会では、セキュリティ強化が進むなかで、犯罪と非犯罪の境界が溶解し始めている。いままでは重要な犯罪ではなかった、たとえば非行行為やちょっとした軽犯罪、挙動不審というものが、すべてリスクと見なされていく。その流れのなかで、「社会的」と「反社会的」の境界をどこに引くのかは、実はとても難しい問題です。

 ここでさきほどの話に戻すと、白田さんと北田さんは、さまざま価値観を共存させるけれども、同時にフリーライダーやテロリストもあるていどは排除しなくてはいけない、というところで意見が一致しそうになっていた。しかし、その排除の線をどうやって引くべきかは、きわめて難しいと思うんです。

北田:

 「どこからどこまでが反社会的であるのか」が不分明であるというのは、おそらくネット固有の話では必ずしもないと思うんです。そもそも法というもの自体がそうした問題をはらんでいる。

東:

 そうなんですが、やはり法の原理的な問題というより、情報社会の問題だと捉えるほうがいいと思う。いまの自殺の話もそうですが、要するに問題は「見えないものが見えるようになる」ということなんです。

 たとえば、これはまったく別のレベルの話ですが、アメリカの国防総省にテロ情報認知計画(TIA*7というものがありましたね。民間のデータベースをすべて統合し、プロファイリングをかけてテロリストになりそうな人間を確率的に算出するという、かなり妄想めいた計画です。トム・クルーズ主演の『マイノリティ・レポート』という映画がありましたが、あのようなイメージですね。従来の犯罪者は罪を犯した後に捕まえればよかったんだけれども、テロは起きてからでは遅い。そこで未然にどんどん捕まえていく、そのためにコンピュータ・パワーを存分に使って、社会全体を可視化していく。このような考え方は、情報社会の成熟とともに妄想だとも言い切れなくなっている。

鈴木謙:

 それは情報社会というよりも、ポストモダン化だと思います。私がここでいうのは、倫理研第1回でも述べたように、ある種のリベラリズムを前提にしていた国民国家的な枠組みが、いままさに退潮しているという意味ですね。たとえば「ドメスティックバイオレンス」(DV)の問題は情報化とは関係ないけれども、「プライベートなものがパブリックに問題化される」という意味では同型です。古くはアルコール中毒あたりからこの問題は現れているわけで、情報社会だけの問題とは考えませんが、ただ情報社会化によってリスクが可視化され、パラノイアックな監視の方向へ向かっているのは事実だと思います。

東:

 そうですね。だとすると、さきほど北田さんがおっしゃたような考え方、つまり反社会的行為はまずいといいつつ、さまざまなコミュニティを共存させるリベラリズムの枠を考えるというのは、いささか理想論的に聞こえる。

北田:

 リスク管理を目指す権力的な操作と、共犯関係を築く可能性が高い、と。

東:

 そうならざるをえない。情報社会可視化の流れのなかで、犯罪と非犯罪を区別する審級そのものがいい加減になってしまう。

 加野瀬さん、似たような事例はほかに思いつきますか。

加野瀬

 そうですね。たとえば、さきほど鈴木さんが挙げたDVの事例ですと、ある個人がDV行為を日記に書いて、それに対して当然批判の声が上がり、祭りに発展することがありました。これは次回の講演で問題にしたいと思っていたのですが、こうした「善意の祭り」「善意ゆえのネットリンチ」は肯定されうるのかということです。

 つまり、個人レベルで社会的な監視や粛正を引き起こせる時代が来てしまっている。それこそ、プライバシーがパブリックになるからこそ起きている問題だと思います。

鈴木謙::

 2ちゃんねる的なものにアイロニーがあったとしても、その脱臼されていた善意がベタに純化され、祭りとして盛り上がり、警察に通報され……、となってしまうわけですね。

加野瀬

 そうですね。コメント欄自体が盛り上がることに実害はないとは思うんですよ。しかし、そこでDVを書いた人はどう対処されるのか。やはり警察に通報すべきなのか。そのあたりが微妙になっているのかなと思います。

高木浩光(以下、高木):

高木浩光
高木浩光

 事例を付け加えますと、たとえば爆破予告のようなものがすごくマイナーな誰も絶対に見ていない掲示板の、一番下の沈んだところにちょろっと書いてあったんですが、これは存在していないのにほぼ等しいはずですよね。あるとき誰かが目立つところからそこにリンクをはったことによって、予告を書いた人が逮捕されるという事例がありました。この場合は、むしろ目立つところに引っ張り出した人が騒ぎを起こしているともいえるわけで、これが威力業務妨害だとするなら、いったい誰に業務を妨害する意図があったのかと、おかしくなってきます。

白田:

 効果を発生した行為がどこにあるのか、その基準がずれているわけですよね。

高木:

 つまりCMCアーキテクチャ上の特性として、マイナーとメジャーの区別が簡単に変わってしまうわけです。

東:

 まさにそうですね。情報社会以前では、予告状を直に送りつけでもしなければ威力業務妨害にはならなかったところが、いまは、比喩的に言えば、自宅の壁に書いてもそうなってしまう(笑)。自分のウェブ日記で「中国大使館を爆破したい」と書けば捕まってしまう。自分の日記だからいいんじゃないの、という論理は通じない。

鈴木謙:

 王様の耳はロバの耳、ですね。

高木:

 それと、多元主義的コミュニタリアニズム的にどんどん小さなものができるというわけですが、ずっと小さいわけではなくて、注目されることによって大きくなりうる。

加野瀬

 逆に、注目されないための方法もあるわけです。たとえばmixiの個人日記で、「中国大使館爆破してぇ」と書いても、読める人はマイミクまでに限定できますから、これは別に問題ないのかもしれない。いまの話は、要するに検索エンジンに引っかかるところは誰からも見られうる場所だという前提があるわけですよ。でも実際には、アクセス制限をかけられる場所が増えてきています。mixiであれば、「この10人には話せる場所」というかたちで区切ることができる。こうした場所が増えていったとき、いまの問題ははたしてどうなるのか。

鈴木謙:

 その問題を突き詰めていくと、携帯メールに行き着くと思うんですね。携帯電話で個人宛に送るメールはプライベートなものですが、いま携帯電話のメーリングリストが中高生にすごく流行っています。それも割と小さなものから、SNS的に「友だちの友だち」なんかが登録されているものまであるそうです。となると、誰が登録されているのかもよくわからない状態で、メーリングリストに投稿されたメッセージを外部に通報するという問題も出てくるでしょう。つまり高木さんのいうように、パブリックに書いているつもりでなくとも、パブリックに引っ張りだされてしまうという問題です。mixiにも同様の問題がいえますが、特に携帯電話はインターフェース的に完全に自分と対面になっていますから、第三者がいるという意識が働きにくい。今後クリティカルな問題になりそうな気がします。




*1:註:豪、自殺サイト運営に罰金…日本のネット心中きっかけ (読売新聞) - goo ニュース

*2:白田註:「刑法第202条に自殺関与および同意殺人に関する規定があります。人を教唆(そそのかし)し若しくは幇助(手助けして)して自殺させることは刑事犯です。」

*3:白田註:「集団自殺のような場合、ネットで一緒に死ぬことを呼びかけた人物や自殺に必要な道具・設備を手配した人については、自殺関与罪が成立するでしょう。しかし、集団自殺において、本人も亡くなっているし、その他の参加者も亡くなっている場合、誰が集団自殺の主催者であるかを判断することは難しく、実際的には被疑者死亡による嫌疑不十分で書類送検もされていないのではないかと推測します。」

*4:小倉註:田宮裕・河上和雄編「大コンメンタール警察官職務執行法」248-9頁(青林書院、1993年)は、「実際にまさに自殺しようとしている者を制止しうるのは当然であるが(一般人が制止のため、その者に対し逮捕、暴行に当たるような有形力を行使しても、違法性は阻却される。警察官の場合、人の生命を守る責務があるのであるから、これを放置することは許されない)」、「警察官がまさに自殺しようとしているものを発見したとき、これを阻止することはまさに警察の責務である」とした上で、その根拠法令を警察法第2条においています。

*5:白田註:「自殺をほのめかしてのビル屋上への立ち入りや、その他の建造物への立ち入りは、建造物侵入罪の現行犯ということで対処されているようです。また実際に自殺が行われた場合、結果としてその不動産や家屋の価値を低下させるわけですから、建造物等損壊罪、器物損壊罪にあたることになるでしょう。ですから自殺に着手する前段階では、こうした罪の未遂状態にあることになります。こうした根拠から警察が自殺を思いとどまらせようと活動するようです。」

*6:註:「パターナリズム paternalism」=「温情主義」、「家父長的介入」

*7:註:以下の記事を参考のこと。→Wired News - 問題山積、米国防総省の国民データベース計画 - : Hotwired

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