ised議事録

04-091. 設計研第3回: 楠正憲 講演(1)

題目:「制度間競争としてのプラットフォーム形成と、情報社会ガバナンス

D3:制度間競争としてのプラットフォーム形成と、情報社会のガバナンス
(開催:2005年4月9日 国際大学GLOCOM / 議事録公開:2005年6月10日)

楠正憲 KUSUNOKI Masanori

http://spaces.msn.com/members/mkusunok/
マイクロソフト 技術企画室 主席研究員(技術戦略担当) / 早稲田大学理工学部 非常勤講師 / 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター フェロー

 神奈川大学経済学部在学中の1998年、(株)インターネット総合研究所に入社。IX運用監視やECサイト・電子決済ASPの構築、コンサルティングといった業務の傍ら、モバイル・コンテンツ・ベンチャーの立ち上げや、Linuxディストリビューションの開発、ワイヤレス技術の研究に携わる。2002年 マイクロソフト(株)に入社し、Windows Server 製品群のプロダクトマネージャを経て、現在は全社に渡る技術戦略を担当する主席研究員。

0. はじめに

 楠です。まずプレゼンテーションに入る前に制限条項なのですが、今日のプレゼンテーションに含まれる情報は講演者個人の見解であって、所属する組織の正式な見解ではなく、所属する組織は当該見解について一切責任を負いかねますことをご了承ください。……と、こうした免責条項をあちこちでいわなければいけないという不自由な身分でありますが(笑)、よろしくお願いします。

 さて、まず自己紹介から始めたいと思います。私とGLOCOMの関係は2001年ごろに講演させていただいたのがきっかけですが、その当時はP2P無線LANの話が盛んな時期でした。もともとネットワークエンジニアとしてキャリアをスタートさせたのですが、なぜisedのような場所にも首を突っ込んでいのるかといいますと、そもそも私が情報社会の問題に興味を持ったきっかけに、予備校生のときに「なぜネットで選挙をやることができないのか」「電子投票による直接選挙は、技術的には可能なのになぜやらないのか」という疑問があったからだと思います。ちょうどそのころ電子マネーの研究も盛んで、ブラインド署名を使って価値の移転と匿名性の保持を両立させる*1といったようなテーマが流行っていました。この仕組みを使えば電子投票も可能だろうと目をつけていたんです。

 もちろん当時から「電子投票による直接民主制は是か非か」といった議論もありました。たとえば最近のサンスティーンによるサイバーカスケード批判にも通低する、オルテガ*2やリップマン*3の大衆社会論などを読んであれこれ考えていました。しかし、周りの社会学的な関心を持った人々は電子投票の話などになかなか興味を示してくれず、「どうせクラッカーが障害になってうまくいかないよ」などとあしらわれていたものでした。そこで本気で勉強してやろうと思って、96年の大学入学後、すぐに電子マネー関連の仕事を探したんですね。ただ、当時そういう仕事は少なかったんです。結局、今日の標準化の議論とも関係してくるのですが、NTTのヒューマンインターフェイス研究所でTwin VQ*4という音声圧縮技術の研究のお手伝いをしたり、コンビニECを最初に手がけたベネフィットオンラインという会社*5――ビクターの子会社で、現在はビクター・ネットワークスという着メロをはじめとした音楽配信の会社になっています――でコンビニのECシステムを構築したり、ライターの仕事をしたりといった感じでした。

 その後インターネット・バブル前夜の98年にインターネット総合研究所へ入社し、IXの運用や電話会社へのコンサルティングなどを行っていました。このころから急激にインターネットのトラフィックが伸び始めていて、当時は夜中の23時を過ぎるとテレホーダイでアクセスする人が増えるといったような時代でしたね。

 当時の関心をもっていたのはIPv6でした。というのも、実際にプロバイダの運営側にまわって、IPアドレスの分配に四苦八苦していた体験があったからです。しかし、具体的に困っているという現実があるにも関わらず、なぜIPv6という標準は普及しないのか、当時から疑問に思っていました。最初は「マイクロソフトがOSでサポートしないのが悪い」と思っていましたから、そこで、「よし、それなら自分でLinuxのパッケージを用意しよう」と活動を始めました。ただユーザーの様子を見ると、ライブラリやカーネルの入れ替えに失敗して二度とOSが立ち上がらなくなるエラーにつまずく人が多かったんです。となると、やはりはじめからIPv6の導入されたディストリビューションを提供する必要があるだろうということで、Kondara*6というディストリビューションに参加することにしました。このころはLinux側の人間として活動していたわけです。

 その後、RedhatなどのIPv6サポート対応もひととおり完了し、Windows側もWindows XPから正式にIPv6をサポートするようになるのですが、それでも流行ってくれないわけです。プロバイダの対応も実証実験で止まってしまうことが多い。どうしてなんだろう、と考えてみたところ、要はキラーアプリというか、「IPv6でないと動かないもの」がないからではないかという結論になりました。そこで、モビリティとアドホック・ネットワークを連動させた仕組み、つまりP2P無線LANを連携させたネットワークシステムであれば、いまのIPv4では難しいだろう……と考えていたころに、GLOCOMに声をかけてもらったんですね*7。このプロジェクト自体は立ち消えになってしまいましたが、これがきっかけで設計研鈴木健さんと出会うことになりました。

 さて、そんなことがあるうちに、世の中ではセキュリティがにわかに叫ばれはじめます。ちょうどCode RedとNimdaというコンピュータ・ウィルスが猛威を振るった時期で、このころマイクロソフトと関わるようになりました。仕事も面白くなってきたのであらためて入社することになり、セキュリティの担当をするかたわら、経産省のセキュリティ関係の研究会に関わります。ちょうどBlasterが蔓延したころで、マイクロソフトの責任が大きく問われた時期です*8。というよりは、ビジネス的責任と社会的責任のギャップが強く意識された時期でした。つまり、ビジネス的に、つまりソフトウェア・ベンダーとして契約上やらねばならない責任の範囲と、マイクロソフトが社会的に期待される責任とのギャップをどうやって埋めていくのかという課題に対して、マイクロソフト自身が企業として学んでいく局面に立ち会うことができたと思います。

 そして現在は技術企画室におりまして、たとえば日本の先端技術を海外に紹介していくような仕事をしつつ、去年は早稲田大学で講師も担当しています。難しい課題を出すと学生が半分くらいに減ってラクだということを新たに学びました(笑)。いや、楽をするために難しい課題を出したというつもりは実際はないのですけれども、結果的に最初の課題を出したところで、履修者がガツンと減ったと。何十人もの学生に教えていると、講義の準備もさることながら、採点が非常に大変なんです。特に理系の授業で、課題をcodeで出したものですから、学生ひとりひとりのプログラムを実際にコンパイルして、動いたものもそれぞれCのプログラムまで目を通すものですから、もともと文科系のわたしにはかなりつらい。

 さて私のバックグラウンド紹介はこのあたりで終えまして、さっそく中身に移りたいと思います。これまでの設計研の議論を確認しますと、第1回で石橋さんから「設計の場(の設計)」というテーマ、そして第2回では八田さんから「アーキテクチャ再定義可能性」というテーマが提出されています。こうした議論の流れを踏まえて、私からは情報社会の設計の内実といえる、「標準化」をめぐる問題を提起したいと思います。

 そこで、本論が提示する視点について簡単に触れておきます。

 ひとつは「制度間競争としてのプラットフォーム形成」という視点です。なんらかのプラットフォームが形成されていく過程において、どのようにアーキテクチャが決定されているのか。あるいはどのように再定義されているのか。これを「制度間の競争」としてみていく必要があるように思います。

 そしてもうひとつは、その競争のなかで技術革新が起きていく一方で、外部性、つまり市場では解決できない問題が出てくるということです。こうした問題に対して、誰がどのような責任を担っていけばよいのか。こうした課題について議論できればと思います。

1. 情報社会における設計とはなにか

図:情報社会の<設計>とはなにか
図:

 さて、そもそも情報社会における設計とはなんでしょうか(図:情報社会の<設計>とはなにか)。私としてはここにどうも居心地の悪さを感じていたといいますか、設計研でもいまだにはっきりと定義されていない問題だと思うんです。

 たとえば石橋さんの第1回の問題提起では、インターネットの設計過程が取り上げられていました。これは標準化の話ですね。ただし情報社会では標準の設計だけでなく、たとえばGoogle2ちゃんねるなどのサービスをどう設計するのかといった問題や、Windowsなどの製品の設計の問題があります。また、より大きく社会全体の設計、つまり政策や法律の設計といった問題もあるわけです。

 また、そもそも誰が情報社会を設計しているのかという問題も残ります。たとえばパーソナルコンピュータを例にとってみますと、まずPCのコンセプトを考えたのはアラン・ケイAlan Kay)が「DynaBook ダイナブック」と言ったのが始まりですね*9。実際に個人向けコンピュータを世に送りだしたのはMITSというところでアルテアというマシンを出しています。*10 そしてこのアルテア用のBASICを発売したのがマイクロソフトの初めの仕事ですね。ただこのアルテアはいまの二足歩行ロボットの状況と同じといいますか、キットを自分でハンダづけして組み立てなくてはいけない代物でした。しかしこれではマニアの人にしか使えませんね。そこで、本格的な意味でのPC(Apple II*11)を最初に売り始めたのは、Appleだといえます。彼らは、本格的なGUIもPCに持ち込みました(LISA*12, Macintosh)。またほぼ同時期、現在のPCと呼ばれるアーキテクチャデファクト標準をつくったのはIBMです。そしてそのIBMや互換機メーカーにOSを供給したのはマイクロソフトですね。また、いまではウェブを見るためにパソコンを買うという人は多いと思うのですが、これはNetscapeが一般向けにWWWをマーケティングした結果、研究者のものというイメージから解放されることとなり、PCは爆発的に売れるようになったわけです。

 インターネットを例にとった場合も同様で、その設計者は多岐に渡っています。インターネットの発明に投資したのはARPAであり、TCP/IPを発明したのはVinton Cerf*13です。そしてHypertext(ハイパーテキスト)を発明したのはTed Nelson*14で、Ethernetを発明したのはRobert Metcalfe*15であり、WWWを発明したのはTim Berners-Lee*16とインターネットの父たちが続くわけですね。そしてWWWを普及させたのはMosaicでありNetscapeです。こうして現在のWWWサイトの多くはApache上で構築され、数多くの人々がGoogleで検索し、Amazonで買い物しているというわけです。

 情報社会というものは、こうした歴史的経緯が複雑に絡み合っており、単独の設計者が集中的に・天才的に設計したようなものではありません。よくマイクロソフトが独占的に何でもかんでも決められるのではないかという見方がありますが、それは一面的な見方です。たとえばブラウザでなにか画面上でコンテンツを見ていたとしても、その後ろ側のサーバー側では、さまざまな種類の言語で書かれたプログラムが走り、データベースが動いています。そしてこのサーバーとクライアントの仲立ちはプロバイダが行っています。これも物理的な通信のレベルをNTTや電力会社が所有し、その上でプロバイダが接続サービスを提供する。また検索エンジンやポータルなどのサービスもプラットフォームとして機能している。

 このようにコンピュータや通信の世界は非常に複雑で(図:複雑な現実)、さまざまなレイヤーとモジュールが組み合わさっており、さまざまなプレイヤーが関与することで出来上がっています。これは巨大都市の場合と同じことですね。

図:複雑な現実
図:

 また、「巨人の肩に乗っている」という表現がよくされますが、それは情報社会の場合でも同様です(図:巨人の肩に乗っている現実)。ひとりの天才がつくったというものではなく、さまざまなエンジニアリングの蓄積が現在の情報社会を可能にしているのです。

図:巨人の肩に乗っている現実
図:

1.1. デジュール・スタンダードからデファクト・スタンダードへ――競争の激化

 さて、このように情報社会は複雑な歴史のうえに成り立っているわけですが、ある種の共通の設計が貫いています。それが標準です。石橋さんの発表はIETFの設計プロセスを扱っていましたが、これも標準化の設計にあたります。標準というのは相互運用性を実現するための枠組みですが、比較的影響力の強い設計というものを考えるときに重要なコンセプトであろうかと思います。

 では、標準というものがどのように誕生したのかについて見ていきます。それはやはりといいますか、軍事技術から始まっています。18世紀のマスケット銃*17の登場以前は、部品はやすりで削られており、ひとつの銃ごとにしか組み合わさらないものでした。しかし、これでは部品交換がスムーズに行えませんから、部品が一個欠けただけで使い物にならなくなってしまいます。これでは困りますね。戦争が盛んになってくると部品の交換は死活問題となってくるわけです。

 そこで18世紀に互換性部品というものが生まれます。これは当初、やすりで全く同じかたちに削るという職人芸に依存したものでした。結局これはコストがかかってしまうわけです。その後、「倣い旋盤」という、ある型に流し込んでいくだけで部品をつくることができる技術が生まれた結果、互換性部品を大量に低コストで生産できるようになりました。

 これだけの話であれば、あくまでひとつの製品中の部品の互換性の話にとどまるのですが、「ねじ」の登場から、特定の製品を超えて互換性を持たせるという発想が生まれます。20世紀の頭には、各国でこうした標準部品の標準化団体や、監督省庁が設置されるようになります。この流れの先に、ISOなどのデジュールの標準化団体があるわけです。

 また、昨今では国際・国家標準であるデジュール・スタンダード De Jure standardだけでなく、企業競争による「事実上の」標準(デファクト・スタンダード De Facto Standard)も数多く存在します。情報社会の主要な標準はほとんど後者ですね。

 さてその結果、どのようなことが起きているのでしょうか。ひとことで言えば、さまざまな標準のあいだで競争が起きているのが現状です。なぜかというと、まずたくさんの標準化団体が存在するという地理的要因ですね。国ごとの標準化団体が存在し、国際的な団体もあり、知的財産権の扱いやガバナンス等に違いがある。これらはいままでは棲み分けができていたのですが、デジタル化には、従来の技術のセグメントを融合させてしまう特性があります。たとえば情報・通信・放送が融合するということですね。これまでの延長で標準化を行っていても、標準化団体間で縄張りが重なってくる部分が大きくなります。

また標準化団体間で規格が相互参照されることで複雑性が上昇する。さらに、適切な規格の組み合わせというメタ標準を策定する必要性が出てきています。たとえばデジタル家電の相互接続性を策定するDigital Living Network Alliance: Japanese Content(デジタル・リビング・ネットワーク・アライアンス)や、村上さんの推進されているEnterprise Architecture(EA)のTechnical Reference Model(技術参照モデル)*18なども、情報システム間の相互運用性を高めていくためのものです。このように、標準化をめぐる状況は複雑化の一途を辿っています。

 ここで問題が出てきます。それは、デジュール的に標準を定めることが難しくなっているということです。その原因は、技術の複雑化に見いだすことができます。たとえばハードウェア性能の向上は、いわゆるムーアの法則やギルダーの法則*19といわれるように著しい。このハードウェアを活かすためにソフトウェアも複雑度を増していくわけです。そしてどれだけモジュール的に相互依存なくソフトウェアを設計したとしても、再利用再設計のプロセスで、モジュール間の相互依存が重くのしかかってくる。

 さらに仕様も頻繁に変更されるようになっていることも複雑化の要因です。かつての工業製品――工場で生産して消費者の元に届けられれば生産者との関係が断ち切られる――とは異なり、たとえばFPGA(Field Programmable Gate Array)*20やReconfigurable LSI(変身型LSI)*21のようにプログラマブルになっていくと同時に、ハードウェアで提供されてきた機能もソフトウェア化していきます。またネットワーク上のサーバーでサービスを提供するということにすれば、もはやソフトウェアを製品として配布していませんから、ヴァージョンアップは容易になっていく。またセキュリティ対策の兼ね合いもありますから、常に仕様を改善していく、脆弱性を修正したり、新しい手口に対応したセキュリティ技術を導入し続ける必要があるわけです。

 また競争の激化も進んでいきます。技術革新の加速はもちろんですが、最初にどれだけのユーザーを獲得できたかが普及競争の鍵を握るという「ネットワーク効果」を踏まえると、標準競争の激化は不可避のものとなります。さらに標準化にかかる取引費用も増大していきます。デジタル化によってさまざまな領域が融合されていけば、関わるステークホルダーも増加しますし、経済波及効果の拡大による利害対立もより多く生まれる場合もあるでしょう。

1.2. 標準の確立過程:経路依存性

図:標準の形成と移行
図:

 標準化にはふたつの過程があります。標準が固まっていく確立の過程と、古い標準から新しい標準へと移行する過程ですね(図:標準の形成と移行)。短期的にみると、先行者利益とかネットワーク効果*22とか、黎明期の技術を、非常に初期鋭敏性の高いかたちで標準へと押し上げていくポジティブ・フィードバックが観察されます。複雑系の話*23でよく取り上げられる現象です。

VHS vs. ベータマックス*24の場合は、技術的にどちらが良いのか、アライアンスの話であるとか、アダルトビデオがキラーコンテンツだったなど諸説乱立しており、結局ネットワーク効果が決め手なのかは定かではないのですが、こういった場合に教科書で必ず引き合いに出されるのがキーボードのQWERTY配列です*25

 もともとQWERTY配列というのは、昔のタイプライターのときに鍵盤が絡まりやすかったため、それを絡まないようにわざと打ちにくくなっている配列なんですね。タイプライターはその後の技術革新で鍵盤が絡みにくくなりましたし、キーボードの場合は電気的なスイッチでソフトウェア的にはどれも等価なので、わざと打ちにくくする必要は全くありません。実際、より分かりやすくてタイプ速度の速いDVORAK配列というのが発明されたのですが、全く普及しませんでした。なぜなら人々がみんなQWERTY配列に慣れてしまったからです。嘆かわしいことに、わが国ではこのQWERTY配列でもってローマ字入力というさらに非効率な入力を行うことが非常に一般的です。わたしは小学校の終わりから高校まで富士通OASISというワープロを使っておりまして、これは親指シフトという非常に優れた入力方式を持っておりました。だいたいローマ字入力よりも倍近い速度で入力できますので、自宅のデスクトップではいまも親指シフトキーボードを使っているんですけれども、ノートPCは仕方なくQWERTYでローマ字入力しています。この非効率な入力による経済損失は、それはもう大変なものではないでしょうか。

 日本語のキー配列は当初JIS配列という、明治時代の外交官であった山下芳太郎氏が、1922年に米国のアンダーウッド社に発注した配列を元に改良が加えられたものです*26。その後、親指シフトやナラコード、トロンキーボードのような独自方式の他、新JIS配列という親指シフトの影響を受けたタイプ数の少ない配列も提案されたのですが、いずれも普及することなく、JIS配列のキーボードでローマ字入力という、ぱっと分かりにくいし効率的ともいえない方式が一般的となってしまっている訳です。こうして、あくまで偶然の初期条件の下で普及してしまったものが、後世まで支配的になり、他の標準や規格などが出現しにくくなることを「経路依存性*27といいます。

 

1.3. 標準の移行過程:破壊的イノベーション

 さて、標準の形成が複雑系だとすると、標準の移行、いわゆる主役交代にはふたつの側面があります。ひとつは既存の標準が環境変化に適応できなくなり陳腐化するという、技術経営の失敗といった経営学的な論点と、もうひとつは新しい標準の勃興に対する複雑系的な加速メカニズムですね。後者は先ほどの話とかぶってしまうので、ここでは前者の話をいくつか紹介します。例えばクレイトン・クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、増補改訂版 2001年 asin:4798100234)のなかで「破壊的イノベーション*28という概念を提唱しています。これは、「企業は利益を増やすために常に市場のハイエンドへ向かって打って出ようとするけれども、全く新しい技術は既存のプレイヤーにとって利益率の高い市場ではなく、どちらかというと魅力のない全く別のエコシステムで育っていき、技術が成熟する過程で利益率の高い市場にも進出してくる」というものです。

 彼はハードディスク市場を例に、14インチ(汎用機)から8インチ(ミニコン)、5インチ(ワークステーション)、3.5インチ(PC)、2.5インチ(ノートPC)と、それぞれ新しい市場を開拓して普及した段階ではハイエンド市場からすると非常に利益率の低いビジネスだけれども、時を追って性能が向上し、いずれハイエンド市場から既存のプレイヤーを駆逐していく、そうやってサイズが変わるたびに、ハードディスクのサプライヤーは変遷していったことを論じます。

 この本が出たのは2001年で「じゃあいずれ1.8インチHDDや1インチHDDが破壊的イノベーションになるのかな、まさか」と思っていたら、1.8インチHDDのiPodがブレイクし、1インチHDDもiPod miniをはじめとした音楽プレイヤーや一眼レフデジカメ、Everioのようなデジタルビデオカメラで広く使われるようになり、今年あたり0.85インチHDDが携帯電話に載るといわれています。時代は繰り返すんですね。

 ただ、0.85インチを超えると今度はフラッシュメモリとの競争というのがあって、フラッシュメモリの世界もHDDの世界に似ています。最初はJEIDA(PCカード)でクレジットカードサイズだったのがCFになり、SDメモリからmini-SD、最近だとmicro SDという指先ほどのものも規格化されていて、HDDに似た主役交代が、もっと早いペースで展開しています。

 ただ、クリステンセンが「イノベーションのジレンマ」を書いたことによって、今後はこれまでであれば利益率優先で破壊的イノベーションに関心を示さなかった既存プレイヤーが、破壊的イノベーションを気にするようになるので、それ自体が競争のルールや解釈を変えてしまうということもあるでしょう。



*1:註:公開鍵暗号の認証方法のひとつで、署名者に署名内容を知られることなく署名を受けることができる技術のこと。詳細は以下の解説のこと。→暗号入門:認証について|C4T

*2:註:オルテガ・イ・ガセット(1883-1955)。大衆社会論の古典的著作、『大衆の反逆』(ちくま学芸文庫、1995年 asin:4480082093)で知られる。

*3:註:ウォルター・リップマン(1889‐1974)。代表書の『世論』(岩波文庫、1987年 asin:400342221X)は、第1次大戦期の社会的混乱の原因を、マスメディアによる「疑似環境」の形成にあると喝破した、世論研究・メディア研究の古典的著作。

*4:註:TwinVQ

*5:註:Venture NOW Daily Venture News

*6:註:Kondara MNU/Linux - Wikipedia

*7:註:以下の講演紹介を参照のこと。→GLOCOM智場 - 「ユビキタスとP2Pが拓く次世代モバイル」

*8:註:Blaster騒動については、楠正憲の以下のコラムなども参照のこと。→コラム it@RIETI(03-09-17) - 「ウイルス騒動から何を学ぶか」

*9:註:以下の紹介などを参照のこと。→稲盛財団「京都賞」 - 第20回(2004年)受賞者 / 先端技術部門 / 情報科学:アラン・ケイ 業績の解説

*10:註:アルテアについては以下の記事を参照のこと。→@IT:Insider's Computer Dictionary [Altair 8800]。ただし、old-computers.comによると、MITS ALTAIR 8800以前にも、1973年ごろからPCは出ているが、Intel 4004が発売された1971年より前ではないだろう。

*11:註:Apple II - Wikipedia

*12:註:Lisa - Wikipedia

*13:註:Vinton Cerf (HWB)

*14:註:ハイパーテキストは、Xanaduザナドゥ)といわれる構想を実現するものとして提唱された。以下などを参照のこと。→ハイパーテクスト理論XaQ JP

*15:註:EthernetとはLANの主要規格のこと。→@IT:Insider's Computer Dictionary [イーサネット]。またその発明者Robert Metcalfeについては、「ネットワークの価値は,そのネットワークの利用者数の自乗に比例する」というメトカーフの法則の提唱者として知られる。以下を参照のこと。→Bob Metcalfe (HWB)

*16:註:以下を参照のこと。→ちえの和WEBページ:コンピュータ偉人伝:バーナース・リー。また自身の著作として、ティム・バーナーズ-リー「Webの創成――World Wide Webはいかにして生まれどこに向かうのか」(毎日コミュニケーションズ、2001年 asin:4839902879

*17:註:ホイットニーによる大量生産化が知られている。ホイットニーは標準化と互換性方式を採用することで、マスケット銃を大量生産し、アメリカ的工業の土台を築いたとされる。現在の研究ではこれは厳密には正しくないとされている。→日置研究室 - 経営学講義ノート 1997年度

*18:註:isedキーワードEA」参照のこと。

*19:註:米国のエコノミスト・文明評論家のジョージ・ギルダーが、2000年に『テレコズム』(ソフトバンクパブリッシング、2001年 asin:4797318392)で提唱した法則で、「通信における帯域幅はコンピューター能力の少なくとも3倍速く進歩する」というもの。→ITフォーラム COMZINE by NTTコムウェア

*20:註:IT用語辞典 e-Words : FPGAとは 【Field Programmable Gate Array】 ─ 意味・解説

*21:註:変身型LSI - マルチメディア/インターネット事典

*22isedキーワードネットワーク外部性」参照のこと。

*23:註:進化経済学など、複雑系の議論を導入した経済学などを指す。

*24:註:70年代後半より、家庭用ビデオテープレコーダーの規格として、SONYの提唱するベータと日本ビクターの提唱したVHSとが普及競争を繰り広げた歴史を指す。一般的には、ベータのほうが画質などの性能が良かったにもかかわらず、普及できなかった点を特徴として、デファクト・スタンダードの規格競争の例として語られることが多い。→Sony Japan|Sony History

*25:註:isedキーワードQWERTY」参照のこと。

*26:註:JIS

*27:註:isedキーワード経路依存性」参照のこと。

*28:註:isedキーワード破壊的イノベーション」参照のこと。

安岡孝一安岡孝一2005/06/11 12:02「もともとQWERTY配列というのは、昔のタイプライターのときに鍵盤が絡まりやすかったため、それを絡まないようにわざと打ちにくくなっている配列なんですね」に関してですが。この説は、August Dvorakが『Cost of Teaching Typewriting Can Be Greatly Reduced』(The Nation's Schools, Vol.11, No.5 (May 1933), pp.39-42)で唱え始めた説ですが、この論文中にはこの説の根拠が全く述べられていません。さらに、Roy T. Griffithが『The Minimotion Typewriter Keyboard』(Journal of the Franklin Institute, Vol.248, No.5 (November 1949), pp.399-436)でこの説の誤りを指摘して以後、Dvorak自身はこの説に言及しなくなっています。ところが、Robert ParkinsonがQWERTY配列を攻撃するために『The Dvorak Simplified Keyboard: Forty Years of Frustration』(Computers and Automation, Vol.21, No.11 (November 1972), pp.18-25)でこの説を復活させ、それをPaul A. Davidが『Clio and the Economics of QWERTY』(The American Economic Review, Vol.75, No.2 (May 1985), pp.332-337)で無批判に取り上げてしまったために、経済学者の多くが騙されたままになってしまっている現状があります。この説のどの辺りに嘘があるかについては、http://slashdot.jp/~yasuoka/journal の「QWERTY配列に対する誤解」をごらんいただくか、拙稿『QWERTY配列再考』(情報管理, Vol.48, No.2 (2005年5月), pp.115-118)をお読み下さい。

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