ised議事録

04-092. 設計研第3回: 楠正憲 講演(2)

題目:「制度間競争としてのプラットフォーム形成と、情報社会ガバナンス

D3:制度間競争としてのプラットフォーム形成と、情報社会のガバナンス
(開催:2005年4月9日 国際大学GLOCOM / 議事録公開:2005年6月10日)

1. 情報社会における設計とはなにか

1.4. 情報社会におけるイノベーターの変遷

図:情報社会におけるイノベータの変遷
図:

 さらに、そのイノベーションの担い手が誰であるか、ということも時代によって変遷してきました(図:情報社会におけるイノベータの変遷)。以前であれば間違いなく国家プロジェクトが技術革新を主導していました。原子力を生んだマンハッタン計画も世界最初のコンピュータであるENIACも、第二次世界大戦時に兵器として開発されたものです。

 その後、民間の大企業による研究も非常に顕著な業績を上げています。トランジスタからUNIXまで様々なものを発明したAT&Tのベル研や、GUIEthernet、PDLやレーザープリンタを発明したXerox PARCも、いわゆる大企業の研究所です。

 これらはいずれも綺羅星のような研究者を集めて、潤沢な研究費で最先端の研究を行うというモデルです。これらは歴史的に素晴らしい業績を上げてはいるのですが、ではAT&Tのベル研が発明から利益を上げたかというと、トランジスタで設けたのはポータブル・ラジオで一世を風靡したSONYですし、UNIXで儲けたのはミニコンが売れたDigital Equipmentであり、UNIXの登場後に創業したSun MicrosystemsSilicon Graphics、Apollo Computer*1などです。Xerox PARCは実際のところレーザープリンタの売上や特許料だけで黒字だったという話もあるのですが、発明したものの広範さや先進性を考えると、今日のパソコン市場で君臨していてもおかしくなかったのです。

 実際、AppleやMicrosoftはAltoの影響を受けてGUI OSを発明し、PARC出身の研究者を雇用しています。また、PARCでこういった技術を発明したメンバーのなかには、スピンオフしてネットワーク機器(3Com*2やページ記述言語(Adobe)のベンチャーを創業した研究者もいます。このことは、研究所で発明するだけでは新しい分野で主導権を握れないことを示しています。この頃から米国でのイノベーションの主役は、徐々に大企業からベンチャー企業やそこに資金を提供するベンチャーキャピタル、人材を供給する大学や研究所などからなるエコシステムに移行していったのです。大企業の研究所は、引き続き新しいものを生む力を持っていたけれども、大企業は既存の事業の高収益率が仇となって、新技術を身軽に市場に提供することができなくなってしまっていました。実際にGUIをはじめとした新技術を世に送り出したのは、大企業で政治的に立ち回る苦労よりはスピンオフすることを選んだ研究者であり、新技術の市場性にいち早く気づき、製品化したAppleやMicrosoftといった当時のベンチャー企業群です。

 大企業の研究所モデルというのは日本でもかなり参考にされて、1960年代以降、多くの大企業で高度成長の利益を研究開発に充てようという、いわゆる中研ブームが起こります。当時の日本はIBMの背中をみて追いつけ追い越せという時代でしたから、電電公社の潤沢な利益から各メーカーの研究所に研究委託し、政府主導で複数メーカーを取りまとめ、戦略的に特定テーマの研究開発に重点投資を行う、たとえばVLSI研究開発組合のようなモデルが一定の成功を収めます。ただVLSI以降、Sigmaあたりからいろいろの見方がある訳ですが、これは80年代以降、日本のコンピュータ産業が米国に肩を並べ、いわゆるキャッチアップ型のアプローチが難しくなったということがあります。

 また、新技術を市場に出すうえで大企業にはいろいろと難しい点が出てくる、先ほどご紹介した『イノベーションのジレンマ』*3もそういった議論のひとつですし、それ以外にも様々な要因から、米国でも70年代末のIT分野での発明は大企業や研究所で起こっているけれども、市場投入は小回りのきくベンチャーが担う、という新しいモデルが出てきた訳です。

 また、日本になぜIT分野で世界を変えるような革新的な技術がなかなか出てこないのか、ということのひとつに、研究から販売チャネルまで、大企業の垂直統合型のモデルができあがっていて、米国のベンチャー企業のようなバイパスがないため、せっかくいい技術ができても迅速に世に問える環境がない、ということもあるのではないでしょうか。

 この問題意識はかなり広く認識されていて、例えば90年代末から経済産業省の進められた起業促進政策、未踏ソフトウェア創造事業などは、こういった背景を踏まえており、成果を挙げられています。

 ただ、ベンチャー育成というのは、わたし自身ベンチャーに在籍していた時期もあるし、いまの会社でも自治体と組んでベンチャー育成プログラムなどを立ち上げたこともあるのですけれども、日本の場合は転職を重ねると年金などの面で不利であるほか、優秀な技術者が大企業で退蔵されていたり、いいものをつくっても販路の開拓が難しかったりと、大企業と持ちつ持たれつというか、実際のところ取り込まれないと商流に入れないこともあったりして、起業の敷居を下げたり、一時的にカネを突っ込んだりということよりも、いい仕事をすれば継続的な受注がある、それも人月で搾取されるのではなくて、かっちり付加価値を認められたかたちで仕事を取れる、という仕組みを産業構造としてつくっていかないといけない。米国のベンチャー・モデルをそのまま日本に持ってこれるのかというと、産業構造なども含めてなかなか難しいなというのが実感です。

 いわゆるシリコンバレーモデルというのは、恐らく米国の産業構造や職業倫理に根ざした部分が大きいので、他になにか面白い参考例がないか考えたのですが、欧州のベンチャーというのも面白いんですね。例えばSkypeルクセンブルグに本部があるのですが、たまたま登記上の本社をルクセンブルグに置いているだけで、社員は世界中に散らばっていて、例えば開発はエストニアに置いています。これは、どこかの企業が大きくなって世界市場に打って出た、従来型のベンチャーによる国際展開、多国籍企業への道とは少し違って、最初から世界中に散らばっている、多国籍企業をインターナショナルとすると、トランスナショナル的な企業です*4。そういった企業が従業員数万人の電話会社と価格競争して勝てる世界というのが始まっています。

 こういったトランスナショナルな世界はベンチャーだけでなく、例えばLinuxのようなオープンソース・プロジェクトにもいえることでしょう。このモデルは、シリコンバレーのような産業クラスターを必要としない点で、日本でもかなり現実的です。但し、これは恐らく個別の日本人がトランスナショナルなプロジェクトに関わっていくということであって、これを日の丸トランスナショナル・プロジェクトなどと言い始めると、著しく語義矛盾となってしまいます。

 いずれにせよ、技術革新の主体が大企業からシリコンバレー型の産業クラスターを母体とするベンチャー企業へ、最近ではトランスナショナル型のベンチャーも出てきている、という傾向があります。これは別に大企業でイノベーションが起こっていないということではなくて、大企業の起こしたイノベーションは、すでに大きな企業が市場での地位を守ったり、版図を広げるために投資をする訳だから、それで成功するのは外野からみると当たり前というか新味がないといいますか、いわゆる耳目を集める市場構造を変えるような技術革新、予測の難しい突破的な技術革新――破壊的技術もそのひとつですが――の主体というのは、より俊敏な主体によって引き起こされる。小企業や個人がエンパワーメントされて、市場を引っくり返すことが可能となりつつある、ということはいえるでしょう。たとえばSkypeなどを見ても、従業員数万人の地域に密着した寡占企業が、従業員数十人のトランスナショナル企業によってビジネスモデルを脅かされている*5。これはかなり誇張もあろうという気がしますけれども、少なくとも新聞を読むとそういうことが大真面目に書かれる時代となった訳です。Winnyにしても、企業でさえない匿名の一個人が、コンテンツ事業者やISPの収益構造を脅かしています。

 

1.5. 情報社会における競争――エコシステムの形成

図:情報社会における競争
図:

 さて、これまで情報社会においては競争のレイヤーが重層化しているということを論じてきました。ここで情報社会における競争の特質と呼ぶべきものを、歴史的に整理しておきたいと思います(図:情報社会における競争)。

 いわゆる伝統的な競争において、重要なのは「継続性」でした。事業規模も小さかったこともありますが、かつての商人のように、ビジネスの元手となる資源を仕入れて高値で転売する、といったサイクルによってビジネスが継続していた。そこでは取引の「信頼」が継続性を支えていました。

 工業社会に入ると、移動手段・輸送手段が劇的に進展します。すると対面的な信頼だけではない、大規模なシステム的信頼に基づいてビジネスが発展します。そこでは「規模」が重要となります。設備投資と流通の整備によって、直接対面することのない相手に対しても商品やサービスを届けるわけですが、そこでは対面的信頼の代わりにブランドが立ち上がってくることになります。また、新しい技術を採用し続けることで差異化競争をドライブされる。

 さらに情報社会に入ってくると、「俊敏さ」が求められるようになります。技術革新が早くなると同時に、製品の買い換えのサイクルも早くなって、シェアが切り替わる可能性も早くなります。またモノ以外の情報財であれば、乗り換えのコストも低いですから移り変わりも早い。こうした状況に対して、いかに消費者のニーズに俊敏に応えるか、そして一度利用してくれたお客さんを、いかにして継続的な顧客へとペネトレーション(貫通)するのか、このあたりがビジネス的に重要になるわけです。たとえばユーザーからのフィードバックをいかにして吸収するか、周辺の機器やサービスとの相互運用性を確保し、エコシステムを形成できるか、またお客さんからの「パーミッション(許可)」*6をどれだけ調達できるかといったことがらが重要になる。

 たとえばエコシステムの形成について見ておきましょう。たとえばパソコンショップでお客さんがパソコンを欲しいと思っているとき、店員はOSからアプリケーション、周辺機器の相互運用性についての知識がなければ、最適なソリューションを提示することはできませんね。またブラウザであればhtmlやその他関連技術との連携がポイントになりますし、デジカメであれば対応するフラッシュメモリやプリントサービスですね。そしてMP3プレイヤーiPodが成功しているのはただ本体にブランド価値があるだけではなくて、周辺機器やiTunes Store*7などのコンテンツ提供サービス、さらにPodCastingのような疑似ラジオの配信形態をも巻き込むことで、エコシステムを形成していったところに成功の要因があるといえます。

 また、オライリーが昨年あたりから言い始めたことなのですが、これからはアプリケーションではなく「データ」を軸にしたユーザーのペネトレーション(貫通)が重要になるといえます。たとえばYahoo! Auctionであれば、取引の結果蓄積された評判情報が次の取引のために重要な元手となります。またAmazonで本を買い続ければ、その履歴を解釈するレコメンデーションの精度が上がっていく。またGmailにメールをためていけば検索の効率が上がる。またMSN MessengerSkypeなどのアプリや、GreeMixiなどのSNSに蓄積されているフレンドリストも重要な資産となるわけですね。

 ここまでの議論をまとめておきましょう。まず、情報社会ではデジュール型からデファクト型へと標準設計のモデルが移行している。それはひとことで言ってしまえば市場競争の結果なのですが、昨今ではエコシステムの形成やデータのペネトレーションをめぐる動向が激化し、さらに複雑性を増す傾向にあります。そこで私が強調したいのは、情報社会の「設計」とひとことに言うけれども、クリアカットに「誰がなにを設計する」といえるような状況はないということなんです。

 もしかしたら、情報社会では誰かがアーキテクチャを設計することで人々を縛り付けているんだ、というような陰謀論的な見識もあるかと思います。たとえばマイクロソフトGoogleのような企業に対して、しばしば向けられる視線はそうしたものだと思います。しかし設計の現状は、むしろ非決定論的でドタバタとしたものであり、主体とその行動の結果が明確に結びつけられる状況ではない、ということなんですね。

2. 市場競争にまかせてよいのか

 さて、情報社会では競争が激しくなるのはわかった。しかし、一体それでは市場任せですべてがうまくいくのかという問題が出てきます(図:市場任せで全てがうまくいっているのか)。

図:市場任せで全てがうまくいっているのか
図:市場任せで全てがうまくいっているのか

 まず、情報社会においては市場だけでフィードバックをまわすことができるのかという問題があると思います。よりよい競争や技術革新、そして相互運用性の確保のためには、ある製品やサービスを設計して世に出した後に、ユーザーからの反応を取り込んでいく必要がある。ただし情報社会においては、人々の求めるニーズも不透明化していますから、フィードバックサイクルも回りにくくなってしまいます。

 たとえば音楽配信について考えてみましょう。音楽配信自体、インターネットビジネスのなかでは有望なサービスだと長らく言われてきましたが、どうも軌道に乗ってきませんでした。ただ音楽をmp3に圧縮して配布するだけではコンテンツホルダーがついてきませんし、マニアでなければ利用できないものが多かったからです。そもそも98年に韓国の企業がMpmanというプレイヤーを販売してから*8、デジタル音楽の市場がありそうだという話になり、SDMI*9というコンソーシアムが出来ました。これはレコード会社と機器メーカーのあいだで仕様を策定するところまではうまくいったのですが、具体的なDRMの選定とサービスのローンチとなるとうまく決まらなかった。そんな足並みの揃わない状況のなか、NapsterのようなP2Pファイル共有アプリが登場し、mp3で音楽を聴くという行為は一気に普及してしまったわけです。

 このように、なかなかデジタル音楽配信ビジネスはうまくいかない状況が続いたのですが、昨今アップル社のiPodが大きな成功を収めたのは周知の通りです。これはまったく異なる利用シーンを提案できたところがまず大きいですね。いままでのmp3プレイヤーであれば、パソコンのなかの何十曲かを持ち運ぶというもので、あくまでウォークマンなどの延長として捉えられていた。iPodはそうではなく、丸ごと音楽のアーカイブを持ち運んでしまおうという発想だったわけです。このブレークスルーが功を奏して、周辺機器やサービスなどが寄り集まり、エコシステムを形成するに至りました。

 こうしたブレークスルーをどうすれば起こすことができるのか。これは誰もが考えているところではあると思うのですが、どこがブレークスルーになるのかは予測しがたいものがあります。むしろ「予測する」というのではなく、起こったことへの対応をいかに俊敏に行うか、そしてそれを積み重ねていくことしかないように思います。

 また、市場競争だけでは解決できない課題も数多くあります。たとえばデジタル・ディバイドの問題や、教育問題、安全・安心といったセキュリティの問題などは、まだ市場による解決がなかなか見出されていないものといってよいでしょう。そのなかでもセキュリティについてお話したいと思います。

 まず、ネット犯罪が増加しているという現実があります。その背景には、まず端的にネット利用者の増大、ネット上での取引の増大といった問題があります。そして示威行為から国際犯罪へという問題、そしてリスクが不可視化されているという問題が挙げられますそこで課題としては、技術のブラックボックス化にどう対処するのか、そして犯罪にかかる費用と摘発費用との非対称性という構造をどう解決するのかという問題があります。つまり、ネットでは犯罪を起こすことは簡単でも、それを捕まえるコストは高いわけです。また、ネットは時空間の枠を容易に乗り越えますから、リスクが偏在化することによって、保険が成立しづらくなるという問題も出てくるでしょう。

 ケースとして、コンピュータ・ウィルスの問題を見てみましょう。そもそもコンピュータ・ウィルスの問題はかなり歴史が古く、30年くらい前から存在しています*10。ただ、一般の人々がこの問題を知ったのは、2001年のCode RedやNimdaが最初でしょう。そして2003年にはBlasterが猛威をふるい、一般ユーザーのPCにも大打撃を与えてしまうのですが、その背景にはブロードバンドの普及によって家庭用PCでも常時接続のものが増えたということがあります。

 こうした問題は予測できなかったのかというと、実際には非常に難しかったと思います。騒ぎが起こってからではないと、実際の課題にはなりにくいものです。また、一企業がどこまで責任を取るべきかという議論も不明瞭なままでした。勝手にパッチをインストールするといっても、パッチを当てることでOSが不安定になったというクレームも出てくるわけで、セキュリティの徹底とOSの安定性の問題がトレードオフとなってしまう。結果として対応は後手後手にまわってしまったというわけです。

 最近はフィッシング詐欺と呼ばれる問題も出てきています。米国ではすでに数百億円以上の被害が出ているという話もあります。ただ、これも決して新しい情報システム上の問題というのではなく、エージェントの暴走によってコンピュータ・ネットワークにカタルシス的な崩壊が生じるといった減少は、Altoの時代から観察されていましたし、1987年のChristmas Tree ExecによるBITNET停止*11や翌年のInternet Wormによるインターネットの麻痺*12などの事例が実際にあって、30年近く前から議論されていました。

しかしここ数年の状況の変化として、ネットバンキングの普及ということがまずありますし、こうしたネット犯罪もいまやひとつのエコシステムを形成し、きわめて組織犯罪化が進んでしまっているという問題があるんですね。スパムメールを送りつける主体、口座からお金を引き落とす主体、フィッシング用のサイトをつくるプログラムを作成する主体、といったように分業が起こっている。しかし、こうした問題を事前に正確に予測することは難しかっただろうと思います。

図:論点
図:

 さて、それでは最後に論点を3つにまとめておきたいと思います(図:論点)。

 1)まず、デファクト・スタンダード的に、市場競争を通じて情報社会の担い手の選択をすることは不可避であるという点です。そこでは単に競争が起こっているというよりも、競争のルール自体が日々書き換えられ、そのルール設定をめぐって競争が起きているというようなメタ競争的な状況があります。また、そこでは国家も民間・任意団体との競争にさらされることになります。純粋な経済活動だけが競争の対象になるわけではなく、重層的な競争のフェイズがあるということです。それを単一な平面で見ていくことは難しい。しかし、実際には衝突は起こるわけで、それをなんとかして調停する必要が出てきます。つまり、情報社会においておそらく求められているのは、計画性や予測性だけではないいうことです。とはいえ、市場競争によって「俊敏な対応」が激化していくだけでは、根本的な歯止めにはなりません。

 2)そこで国家の情報社会への適応や、国際的な対応といったスキームが要請されることになります。たとえばセキュリティやRFIDの問題をひとつ取ってみても、よく下世話には「経産省と総務省の対立が」といった枠組みで捉えられがちですが、実際には省庁横断的な課題が増加しており、調整コストは増大する一方です。しかし状況としてはなにが起こるかわからず、不確実性も増大しているわけで、政策プロセスをどのように俊敏にするかが課題となっています。また、説明責任政策過程の透明化とフィードバック・ループの拡充といった課題や、国際協調のために国家間の制度整合性をどのように調整していくかも大きな課題になってきます。

 3)また、市場と政府の役割を明確に線引きする必要もあります。どこまでを市場競争にまかせて、政府の役割をどこに置けばよいのかという問題ですね。また「市場の失敗」を定義し、そして失敗に対する予期と配慮が求められることになります。

 ただそこで重要になるのが「エンフォースメント(設計で想定した振る舞いを強制する)」の問題だと思うんですね。「設計する」というとき、そこには「設計したとおりになる」という予測可能性が前提とされる必要があります。しかし、何度も繰り返してきたように、情報社会においては予測できるものはどんどん目減りしている現状がある。

 おそらく環境管理型権力をめぐる議論にもあてはまると思うのですが、たとえば脆弱性をなくす努力をするというエンフォースメントがあるとき、それはエンジニアリングが決定権を持ちます。一方で、あるエンフォースメントを乗り越えること、つまり脆弱性を新たに発見し、そこを突くウィルスを開発するのも、エンジニアリングの為すところであるわけです。そこで、こうした工学の閉じたループに介入するために、「倫理」が持ち出されます。たしかに情報倫理を巡る社会的合意は、大企業の逸脱に歯止めをかけることができるとは思います。しかしそれだけでは、現実的には海外のベンチャーや個人、テロリストのような存在に対して無力である可能性が高いと思うんですね。

 ただ、情報社会において、はたしてなにが正しいことなのか、つまり正義とはなにか、という問いは常に人々を悩ましています。設計がどうあるべきか、倫理はどうあるべきかという議論は重要ですし、というよりは、意識している人であればそういった議論はすでに行っているわけです。ただ問題はそうした議論そのものが設計を行うわけではないということです。誰かが情報社会を設計しているという単純なものではない以上、何者かに倫理を植え付けることでは設計をコントロールすることはできない。逸脱も必ず起こるでしょう。

 私の考えとしては、エンフォースメントなきところで、倫理なり設計なりの思想を広めていくということ自体、メタ的な競争にさらされていくことになるのだと思います。こうしてすべての議論を競争の次元へと無限退行させていくことは好ましくないのですが、情報社会においては「かくあるべき」という議論が成立しにくくなるという状況があるとするとき、設計研ではどのように議論をたてていけばよいのか、共同討議に投げかけていければと考えております。以上です。

参考文献

 

 

*1:註:1980年に世界初の商用ワークステーションを発売。先行してトップシェアを取っていたが後発の SUN にその座を譲り、1989年にヒューレット・パカード社に買収される。

*2:註:Ethernet開発者のRobert Metcalfeが設立。

*3:註:isedキーワード破壊的イノベーション」参照のこと。

*4:註:スティーブ・チャン/ジェニー・チャン「トランスナショナルカンパニー」(メディアセレクト、2004年 asin:4861470072

*5:註:このskypeも、「破壊的イノベーション」とみなす議論も多い。たとえば以下の記事参照のこと。→佐々木俊尚の「ITジャーナル」:Skypeは戦争を巻き起こすか

*6:註:インターネットにおけるマーケティング用語。以下の解説を参照のこと。→IT用語辞典 e-Words : パーミッションマーケティングとは 【permission marketing】 ─ 意味・解説

*7:註:IT用語辞典 e-Words : iTunes Music Storeとは ─ 意味・解説。日本での開始が待たれている。

*8:註:1998年当時の次の記事を参照のこと。→衝撃の問題作!?携帯型mp3プレーヤー「mpman」販売開始

*9:註:IT用語辞典: SDMI 【Secure Digital Music Initiative】

*10:註:CSK - 今週のKeyword:コンピュータ・ウィルス

*11:註:「世界最初のワーム」と呼ばれている。また「ワーム」という言葉は、Xeroxパロアルト研究所のJohn Shoch・Jon Huppが1982年に発表した「自己増殖型プログラム」についての論文で登場した。SF小説、『The Shockwave Rider』(1972年)に登場する話がその由来で、「テープワーム」というプログラムがデータを解放することで、監視社会が衰退されるという筋から取られている。

*12:註:以下の資料を参照のこと。→Internet Worm 1988

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