ised議事録

05-141. 倫理研第4回: 加野瀬未友 講演(1)

題目:「個人サイトを中心としたネットにおける情報流通モデル」

E4:加野瀬未友 個人サイトを中心としたネットにおける情報流通モデル

加野瀬未友 KANOSE Mitomo

http://artifact-jp.com/
ブロガー

 雑誌『PUREGIRL』(ジャパン・ミックス)『カラフルPUREGIRL』(ビブロス)の編集長を経て、現在、フリー・ライター/編集者として各方面で活躍。また昨今のブログブームが叫ばれる遥か以前(1997年)から、個人によるオタク文化考察サイト「ARTIFACT ―人工事実―」(http://artifact-jp.com/)を運営。ネットワーカーとしても精力的な活動を続ける。
 いわゆるオタク文化の範疇に留まらない豊富な知識と幅広い情報収集・整理と、ネット上で草の根的に話題となっているトピックへの目配り、的確な考察を加えるそのスタイルから、多くの読者と関心を集めている日本のブロガーを代表する一人。

(資料閲覧のためにはADOBE READERが必要です。)

 今日の講演では、日本のネットにおける個人サイトを中心とした情報流通のモデルを提示したいと思います。なぜ「個人サイト」という限定をしているかというと、ここ最近までの日本社会でのネットの認識というのは、特にマスコミレベルでは、いかんせん「ネットといえば2ちゃんねる」に偏っているフシがあって、少々イビツな状態だったからです。最近でこそブログなどの登場で個人サイトに注目が集まっていますので、その認識を少しでもクリアにすることに寄与できればと思います。

 まず話を始める前に、私が個人的にどのようなネットに触れてきたのか、バックボーンについて言及しておきます。まず、ネットに触れたという意味で一番最初だったのは、89年に始めたパソコン通信でした。まだワープロに1200bpsのモデムをつないでいた時代です。この頃、私は草の根BBS*1を中心にまわっていて、そこで知り合った人たちと同人ソフトを出すなどの活動をしていました。そして95年にNifty-Serveに入ります。有名な雑誌の編集者やライターやイラストレーターなどの業界の人たちが、顔文字などを使って書き込みしているのを見て、ちょっとショックを受けていましたね(笑)。有名人の世界と自分の世界がネットの上で繋がったことに驚いた感覚を、いまでも覚えています。

 また95年頃というのは、同時にインターネット普及の最初期ですが、自分は97年に個人サイトを開きました。その頃は自分の好きなイラストレーターのリンク集などを作っていたのですが、同時に『PUREGIRL』という美少女ゲーム雑誌の編集長もしていたので、リンクしていた絵描きさんたちや、面白い文章を書いているサイトの管理人さんたちに仕事を頼んだりしていました。

 この頃の個人サイトの構造というのは、いわゆる「ホームページ」というやつですね。トップページがあって、そこから日記やコラムなどのリンクがあるという感じでした。いまのブログのように、トップに最新情報が連なっている、という感じではなかった。また繁盛に更新されていたのは日記や掲示板などのページでしたから、そこを直接ブックマークする人が多かったと思います。

 そしてこの頃、今日の後半のテーマにもなってくる、「荒らし」や「炎上」といわれるトラブルを体験することになります。98年12月に『PureGirl』の発行元が倒産してしまい、これをきっかけにいろいろな騒動が起き、これをきっかけにネットの不特定多数の人間と付き合うのが嫌になってしまって、一時期サイトの更新を止めてしまいました。このとき恐怖を覚えたのは、誰が書いたのか素性がわからない人間がトラブルを起こしてくることでした。パソコン通信の世界では、トラブルはあっても、相手の特定はできたので、素性がまったくわからないということはなかったからです。

 そして99年4月に、メーリングリストというかたちでネット活動を再開します。サイトは無制限に閲覧できて、掲示板は誰でも書き込めてしまうというインターネットの状況に対して、なにかシステム的に対抗できないかと考え、メーリングリストを選んだわけです。実際メーリングリストにすると、テキストのみの更新はラクだなと思っていましたね。しかし、メーリングリストの弱点はほとんど参加者が増えないことなんです。だんだん投稿するメンバーが固定化する結果、最後には自分しか投稿しなくなり、結局自分のメールマガジンになってしまった。

 そこで2002年9月に、個人サイトを再開することになります。理由は、やはり新たな読者を獲得したいということでした。このときには、周りのサイトなどを参考にして、「最新の更新をトップページに置き、ある程度流れると過去ログへ」というスタイルにしました。つまりいまのブログ風のスタイルだったわけですが、まだブログツールは使っていません。2002年の11月にはテキストサイトvsブログ騒動という事件*2。この騒動で主に話題になっていたブログツールはMovable Typeでしたが、過去ログの自動管理が簡単に行えということで導入しました。

 そして2004年3月にはSNSmixiが始まり、すぐに自分も入って使い始めて、いまに至るという感じですね。という感じで、途中トラブルなども体験しつつ、いろいろな形態のサービスを利用しながら、情報発信や交換を行ってきました。

1. マスメディアによく見られるインターネットの認識

 といったところで、個人サイトのモデルを提示する前に、そもそもマスメディアはどのようにインターネットを認識しているのか、検証しておきたいと思います。

1-1. ネットの「歴史」:以前は2ちゃんねる、最近はブログ

 まずよく語られるストーリーとして、「いままで日本のネットは2ちゃんねる中心だったが、最近になってブログというかたちで個人が情報発信するようになった」というものがあります。しかし、これは誤りです。日本でも、いまのブログが盛り上がる前から、個人で情報発信をしていたんですね。

 歴史を整理しておきます。2ちゃんねるがネットの中心であるかのように報じられるようになったのは、やはり2000年の長崎バスジャック事件がきっかけです。これ以降、2ちゃんねるをきっかけにした事件が増えてしまったために、日本のネット=2ちゃんねるという図式ができてしまった。日本にも個人サイトの文化はあったのですが、マスメディアの話題にのぼることはなかったんですね*3。ただ、日本にブログという言葉が輸入される以前から、日本にも「テキストサイト」や「個人ニュースサイト」などのブログ的なものはありました*4

 また、この講演では旧来のサイトとの違いを説明することが多いので、ブログの定義を単にブログツールやブログホスティングサービスを使ったもの、と定義しておきます。更新スタイルでは定義をしない、ということです。

 歴史を振り返っておくと、90年代前半はさきほども言及したNiftyなどのパソコン中心がネット文化の中心で、インターネットは学術利用が中心でした。90年代中盤に入ると、個人向けプロパイダーができたことで、個人サイトをつくるのがブームになります。ただ、サイトをつくるにはhtmlなどの一定のスキルが要求されたため、限られた人しか参加していませんでした。

 その後90年代も後半に入ると、ネットに進出してくるマスメディアが増えてきて、特にIT系ニュースなどの情報が充実してきます。それに伴って、ネット上の各種情報を大量にクリップする「個人ニュースサイト」というタイプのサイトが増えるようになった。リンクをすることで情報が流通するというのはネットの基本的な光景なんですが、意外とマスコミのサイトというのは自社のサイトにリンクを限定するものが多く、そのドメインから外に出られないものが多いんです。新聞社のサイトが典型ですね。それに対して、たくさんの情報を収集して人を集め、リンクで大量のアクセスを流し込むという情報の流れをつくったのは、むしろ個人ニュースサイトのほうだったと思います。

 2000年代前半には2ちゃんねるが勢力を伸ばします。それ以前にも「あめぞう」などの無記名の掲示板はありましたが、このころに2ちゃんねるデファクトスタンダードになっていきます。掲示板というのはフォームにテキストを書き込むだけで、特に高いスキルは必要とされませんから、そこが個人サイトと比べて普及する要因になったと思います。

 同時に2001年には個人サイトの側でも、「侍魂」や「バーチャルネットアイドル ちゆ12歳」といったテキストサイト系のサイトが盛り上がりを見せます。侍魂は「先行者」というネタで有名になったんですが、一時期は一日10万ヒットを記録していました。個人のサイトで一日10万という数字は、企業サイトならばいざしらず、いまでも大きい数字ですね。

 そして2000年代中盤には、ブログ騒動によって、アメリカの個人サイト(=ブログ)の動きが、日本のテキストサイト系の人間にも認知されるようになったわけです。当初はブログといっても、旧来から個人サイトに関わっている人間からは軽い嘲笑の対象だったりもしたのですが、そうした世界とは別のところで、まずIT企業系の人々が面白がって利用しはじめ、次第に広がっていきました。2003年以降、Niftyライブドアなどによるホスティングサービスも次々と開始され、掲示板と同じ手軽さで個人サイトが更新できるようになり、いまのブログブームへつながるわけです。

 これは本当に概略になってしまうのですが、詳細はばるぼらさんの『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』(翔泳社、2005年 asin:4798106577)などを参考にしてください。

1-2.ネットの匿名性

 次に、マスメディアでよく言及されているものに、ネットの匿名性があります。「ネットは匿名発言ばかりで実名での発言がなく、無責任で信頼のできない空間だ」といったものですね。しかし、そもそもなんらかの信頼がなければ情報も流通しないわけですから、これも誤解に満ちています*5

 まず、匿名というのは実名の対比ですが、ハンドルネーム(仮名)のある場合と、単に無記名である場合が一緒にされている場合が多い。これは分けて考えなくていけません。というのも、ネットを見ている人はなにを信頼しているのかといえば、それは名前が現実に使われている実名なのかどうかではなく、なんらかの継続性だからなんですね。つまり1ヶ月同じ名前で発言している人と3年の人では、後者のほうが信頼性が高いとみなされます。もし仮にネットで実名を使ったとしても、それが本当に実際の人物かどうかを証明するのは難しいために、実名性よりも継続性のほうが重要になるわけです。つまり、「あのハンドルネームの人が発言しているなら信頼する」といった具合に、継続的に同じ名前で情報を発信することが、信頼性の担保になります。

 こうした信頼の概念は、もともとパソコン通信時代に生まれたものでした。名前をころころ変える人は例外でしたし、下手をするとそういう人は荒らしといわれていた。学術系や企業での利用が中心だったインターネットの初期は、「実名たるべし」という雰囲気が強かったですね。そこに無記名型の匿名掲示板が出てくることで、継続的に名前を名乗らない人たちが登場します。これは当初なぜ出現してきたのかというと、「初めて書き込むときは挨拶をする」「初対面の相手には馴れ馴れしくしない」といったようパソコン通信の流れをくむ作法、いわゆるネチケットに対して、窮屈さや面倒さを感じていた人々がいたからです。こうしたニーズが、匿名掲示板をまずは隆盛させていきます。

 先ほども個人的体験として述べましたが、2000年頃の雰囲気として、こうした匿名を好む層というのは、個人サイトの管理人の側から見ると恐怖の対象でした。個人サイト2ちゃんねるのことを触れたり、リンクをしたりすると、目をつけられて逆にサイトの掲示板を荒らされる。そんな恐怖感があったんですね。また一方2ちゃんねるの側には、2ちゃんねるで生まれたジャーゴンを他のサイトに持ち込むのはよろしくない、というモラルがありました。まだ文化的に、個人サイトと匿名掲示板のあいだには境界線が引かれていたといいますか、匿名掲示板はアングラのものという意識も強かったんです。

 しかし、次第に2ちゃんねるが拡大し普及していくにしたがって、個人サイト2ちゃんねるのことに触れることはタブーにならなくなります。現在では、単なる情報源として2ちゃんねるを使うことに抵抗はなくなったといえるでしょう。2ちゃんねる語などのジャーゴンを使うことにも抵抗感はありません。つまり事態としては、2ちゃんねるは浸透と拡散をしているわけです。

 このように、もともと2ちゃんねるは、ネチケットのような「お行儀のよさ」に対するカウンターでした(ただし、ですます調が基本の板もあるので一概にはいえませんが)。しかし、現在では2ちゃんねる的なものが主流化してしまうことで、逆に「お行儀の悪い」ことこそが当たり前、と思う人も多いかもしれません。実際2ちゃんねるの慣習も外部に広がっていて、たとえばブログのコメント欄で一行だけ皮肉を書き込むというものもそうですし、またmixiのメッセージ機能の注意欄には「初めてメッセージを送る場合は丁寧な文章を心がけましょう」などという当たり前のことが書かれています(笑)。そんなことをわざわざ明言しなくてはいけないくらい、お行儀は悪くなっていて、2ちゃんねるの「初対面でも無礼でかまわない」という作法に由来するものでしょう。ただ、もちろんこれは2ちゃんねるだけの影響ではなくて、ケータイメールの文化なども流入していることも考えられます。このあたりは辻先生にもお聞きしたい部分です*6

 また2ちゃんねる語の普及というのは興味深い現象で、わかりやすいのは「キター」ですよね。もはやあれは2ちゃんねる用語という状況を超えてしまっていて、ギャル雑誌にも拡散している(笑)。別に2ちゃんねるを見ていなくとも、2ちゃんねる用語だけは広がっているわけです。

 ここまでの話を整理しましょう(図:おおまかな流れ)。

・まず、個人の情報発信の中心は、当初パソコン通信という個人ベースだったものから、匿名掲示板という個人を個別確認できない不特定多数の集団ベースに移り、そしていまブログというかたちで再び個人に戻ってきていると捉えられます。

2ちゃんねるというのは、コテハンという特例もあるが、基本的に特定の個人に発言力を持たせない場所でした。だが、ブログは個人ベースのため、個人の発言力というものがまた出てきているとみなせるでしょう。

図:大まかな流れ
図:大まかな流れ

1-3. 「個人サイト」から「ブログ」というスタイルの変化

 次に、さきほどから「個人サイト」という呼称を使っていますが、現在「ブログ」と呼ばれているものとなにが違うのか、説明したいと思います(図:「個人サイト」から「ブログ」というスタイルの変化)。

図:個人サイトからブログというスタイルの変化
図:個人サイトからブログというスタイルの変化

 従来の個人サイトというのは主にふたつの部位、「サイト(日記など静的なhtmlファイルが置いてある場所)」+「掲示板(cgiなどの動的に更新される場所)」に分かれていました。トップページからはそれぞれリンクされているものの、基本的な動作は独立だったわけです。ただ、いまのブログではこの両者が合成し、ブログの記事の下につくコメント欄が掲示板の役目を果たしています。

 また通常の掲示板と、スレッドフロート型掲示板&ブログの違いは、「流れ」が複数かどうかにあります。投稿が連続的に並ぶだけの掲示板では流れがひとつしかありませんが、スレッドフロート型刑事場や、記事の下にコメントがつくブログでは、他の記事ではコメントがついていなくても、ある記事ではすごくコメントがついて盛り上がる、というように流れが複数存在するわけです。この仕組みによって、その掲示板やサイト内での話題が整理されやすくなる。また、おそらく日本でMovable Typeというブログツールが受け入れられたのも、このスレッドフロート式とスタイルが似ていたためではないかと思います。

 さらにもうひとつ、「リンクのしやすさ」というのもポイントになります。従来の個人サイトでは、ある記事にリンクをしても「このサイトの日記のx月x日の記事です」と名指しておく必要があって、実際にその日の記事に直接アクセスすることはできませんでした。たとえば新聞サイトは記事ごとにhtmlを生成していますが、あのようにはなっていなかったということです。というのも、日記のページを更新するのに、わざわざ手動でアンカーを入れたりするのは正直面倒だったんですね。せいぜい月ごとにページを切り分けるのが通例でした。しかし、ブログツールのおかげで、自動的に記事ごとのpermalink(固定リンク)が作られるようになり、情報対象に直接アクセスできるようになりました。

 この「リンクしやすさ」という点は、個人サイト間の情報流通にとって特に重要だったのではないかと思われます。なぜならネットで直接リンクしにくい情報というのは、よほどの魅力がない限りリンクしてくれませんし、その情報は広まりにくいからです。

 また、よくブログツールの特徴としてトラックバックが挙げられますし、こちらのほうが目立ってブログの普及理由として語られます。しかし、実際のところは留保が必要です。なぜかというと、言い換えればトラックバックとは「相手方に強制リンクをはる」という機能ということです。ただし実際のところ、アクセス数の小さいところがアクセス数の大きいサイトに対してトラックバックを送れば、自分のサイトにアクセスが流れてくる効果はあります。しかし、逆にアクセスの大きいところから小さいサイトに対してトラックバックを送っても、特に情報は流れてこないわけです。実際、ブログの世界を見回しても、アクセスの小さいところから大きいところへとトラックバックが集中していく構図がある。しかし、これは「情報流通」という観点からすると、トラックバックはそれほど重要ではないということだと思うんですね。

 もちろん、トラックバックはサイト間のコミュニケーション機能としては面白いのですが、情報流通という観点で重要だったのは、先の「リンクのしやすさ」という要素だったのではないかと考えています。ネットはリンクをしてナンボ、の世界だからですね。

*1:註:はてなダイアリーキーワード草の根BBS」参照のこと。

*2:註:isedキーワードテキストサイト」参照のこと。

*3:講演者註:日本のメディアでもっとも初期にブログが話題になった事例として、【経済】「ブログ」の中のうじ虫 阿部重夫(『選択』編集長)がある。2002年5月に書かれた文章だが、HotWiredなどのようなアメリカ初のブログ記事(「HotWired特集:blogってどうよ?」- blogに関わる主なHotwired Japanの記事)をのぞけば、最初期での言及だろう。日本のマスコミの人間の認識を知るものとして興味深い。

*4:講演者註:なお、この講演では、旧来のサイトとの違いを説明することが多いため、「ブログ」をブログツールやブログホスティングサービスを使ったものに限定しておく。また、semblogの開発者大向氏による、「昼のWeblog、夜のWeblog 」では、ブログを仕事に直結する「昼のWeblog」と、仕事と趣味と生活が渾然となった「夜のWeblog」に分けて、日本は「夜のWeblog」が発展してきたとする解釈を行っている。

*5:註:isedキーワード情報の非対称性」参照のこと。

*6:註:辻大介の若者とケータイに関する研究については、isedキーワード繋がりの社会性」参照のこと。

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