ised議事録

05-144. 倫理研第4回: 共同討議 第1部(1)

はじめに――「2ちゃんねるの時代」を問う

東浩紀(以下、東):

東浩紀
 今回は、「2ちゃんねる中心モデル」と「ブログ中心モデル」という分類が提案されました。これは、ある種のユーザーにとってはとても理解しやすいと思いますが、ひとによってはその両者が「情報流通モデル」と名づけられている理由がわかりづらいかもしれません。まずそこを補わせてもらいます。

 

 加野瀬さんが「情報流通」というとき、それは、あるサイトを「見る」「読む」ことには焦点を置いていません。加野瀬さんが関心をもっているのは、むしろ、あるサイトを見たユーザーが、それでとどまることなく、掲示板やブログでそのネタを紹介し、情報を拡散させていく、その過程です。つまり、情報の受け手が即座に情報の発信者にもなり、情報が次々と連鎖していく。その過程を「情報流通」と呼んでいるわけです。

 したがって、この講演では単にページビューが多いことは、情報流通のハブになっていることとは違うと捉えられている。この点をまず押さえておきたいと思います。今日は加野瀬さんの希望で会場内チャットを開いていますが、さきほどから眺めていると、ページビューやソーシャルブックマークなどのツール、個人メモ用のブログの話題などに触れられていない、という指摘がいくつか流れています。しかし、加野瀬さんの今日の講演では、そこはあえて触れていないわけですね。

 もうひとつ、今日の加野瀬さんの講演で重要なのは「2ちゃんねるの時代」の捉え方です。これはいつのまにか倫理研の中心的なテーマになっています(笑)。倫理研第1回では、2ちゃんねるの独特の存在感と、その時代が終焉を迎えつつあることが話題になりました。また委員の北田さんも2ちゃんねる論を著書で展開されている。倫理研として、今後の情報社会を見通すうえで、この「2ちゃんねるの時代」をどう位置づけるのか、はきわめて重要な課題になっていると思います。

 そこで加野瀬さんが提出された仮説は、2ちゃんねるは、個人サイトに満たされた日本のネットワーク空間において、ある種のマスメディア的な機能を果たしていたのではないか、というものです。2ちゃんねる→まとめサイト→そして個人サイトへと情報が流れることで、ヒエラルキー的な情報流通の構造があった。そしてその構造こそが、いま注目すべきニュースはなんであるか、ふるいにかけていたのだけど、ブログの時代ではそれがなくなっている。この2ちゃんねるモデルブログモデルの対立が、今日の議論の軸になっています。

 さらにここで留意しておきたいのは、2ちゃんねるヒエラルキーが壊れてしまったため、ブログの時代においては小さなサイバーカスケードが頻発するのではないか、という認識です。今日加野瀬さんが挙げた「善意のスパイラル」の事例は、ひとつひとつを見れば取るに足らない事件や話題のように見える。どこかの個人サイト炎上して閉じられようがなんだろうが、ネット全体からすればたいした問題ではないのかもしれません。そのため、チャットのログでの反応では、「そんな事例でモデルを作ってもなあ」という否定的な反応がありました。

 しかし、それこそが重要なポイントです。加野瀬さんは、誰も気に留めないような小さい炎上が多発している事態こそ問題としている。ここで、僕たちは視点を変えなければならないと思うんです。これを前回の倫理研の議論に繋げると、公的領域と私的領域という差異に対応させることができます。いままでは、公的領域での大きなサイバーカスケードが問題にされてきた。しかし、真に重要で、コントロール不可能なのは、実は小さな隣人集団によって引き起こされる、私的領域でのサイバーカスケードなのではないか。

 さらにもうひとつ。今回からは、弁護士の小倉秀夫氏に新委員として参加していただいています。法学者の白田先生もあわせて、いつのまにかたいへん法律に強い研究会になっている(笑)。そこで今日問題になると思うのが、ネットリンチです。加野瀬さんが紹介したスーパーフリーの例に見られるように、カギカッコつきの「善意」がネットで増幅され、司法で無罪と判断された人間に対して、「善意」に基づいてリンチが行われるような事態が今後拡大していくかもしれない。これは、いうなれば「法の完全実行」が勝手に行われていくような世界です。この問題も、今日の議論の軸になるかもしれません。

 それでは共同討議を始めたいと思います。まず委員の皆さんから、加野瀬さんに対して単純な質問、確認事項などはありますか。

石橋啓一郎

 「炎上」という言葉の定義を、念のためお聞きしてよいですか。重要なキーワードだと思いますので。

加野瀬未友(以下、加野瀬):

 掲示板やブログのコメント欄など、要は「訪問者が書き込める場所」に多くの書き込みが集中し、対処ができなくなる状況のことです。ただし、それは単に数が集中するだけではありません。たとえば応援の書き込みだけが続けば、それは炎上とは違います。

 ただ、書き込みの内容にまで踏み込んで定義をするのは微妙なんです。たとえば否定的・批判的な書き込みが1,2個続いただけで炎上だと騒ぐことがありますが、それは普通に議論をしているだけですよね(笑)。いまはちょっと否定的な書き込みがあって盛り上がると、それだけでイコール炎上になってしまっている。炎上という言葉の定義はきわめて緩くなっているのが現状だと思います。

 さしあたってここでは、賛否両論ともに盛り上がっており、相対的に否の多い状態、という定義を付け加えたほうが議論はしやすいと思います。基本的には、ネガティブなイメージを必ず含んでいるものです。

小倉秀夫(以下、小倉):

 たとえば今回は例に出てきませんでしたが、「さきっちょ&はあちゅう論争」*1みたいなものも炎上に含めるということですか?

加野瀬

 はい、そうですね。

小倉:

 またこういう事例もあります。「きびをむく少女の指先傷つきてラムの琥珀酒カリブの海より来たる」というブログで、娘の卒業式で学校が日の丸を掲げることについて行動したことを運営者が書いたところ、それを嫌う人たちが反論のコメントを書き出した。しかし、そのうちに運営者自身が再反論するのではなく、どこからか白馬の騎士のような人があらわれ、もっぱら反論陣営の相手をするようになりました。こうした事例も炎上に含めるのでしょうか。

加野瀬

 その事例も見ていました。白馬の騎士かどうかはおくとして(笑)、とにかく賛否両論で盛り上がったという意味では炎上と捉えて問題ないと思います。

東:

 他に質問がなければ、まず北田さんからコメントをお願いしたいと思います。

*1:註:次のブログがきっかけに起きた炎上のこと。→さきっちょ&はあちゅうの恋の悪あが記:告知~いい女塾~。騒動の概要について、ブログとは -はあちゅう騒動から考える | 近江商人 JINBLOGより以下引用する。「「はあちゅう騒動」とは、昨年、クリスマスまでに彼氏を作ろうという女子大生2人組(さきっちょとはあちゅう)がその奮闘期をブログで毎日更新し人気を集めて、年末にはライブドアブログでTOPのアクセスを獲得し、その後バレンタイン前にも同様の企画を進めたもののその内容の演出度の強さや2月15日に発表したはあちゅうと某ベンチャー企業主催の「いいおんな塾」というブログイベントについてのエントリーに批判が集まり、現在も続く600近いコメントやトラックバックを通じて個人ブログの商業利用や読者の位置づけ、ブログ運営者の倫理や著作権に至るまでの論争がなされている件のこと」。

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