ised議事録

06-119. 設計研第4回: 共同討議 第2部(3)

軍事技術というインベンション――人類社会はなぜコミュニケーションの欲望にシフトしたか

井庭崇(以下、井庭):

井庭崇
井庭崇
  そこでひとついっておきたいのは、今日の講演は「コミュニケーションの連鎖によってつくる」という話であって、そこで自己目的的に閉じているわけではないんです。むしろ、「つくる」というところが開かれている。今日たまたまシミュレーションの話をしましたが、絵本をつくるという話でもいいし、音楽を作詞作曲するという話でもいいんです。あるいは、ペア・ライティングの話やシナリオ・プランニングの話でもいいんです。いろいろな商品やモノが日々つくられていますが、それはけっして情報の層で閉じているわけではなく、物理的な層にも開いているわけです。今日は情報システムにフォーカスしたので、誤解を生んでしまったのかもしれませんが、いいたかったのは、むしろコミュニケーション連鎖の自己目的化を避けるために、つくるというところで開いていこうということです。

 もうひとつ、社会シミュレーションのツールというは情報や層、コミュニケーションの層に単純にくくられるものではないということです。それは物理的なものではありませんが、社会システムをみんなでつくっていくための土台をつくるためのものなんですね。つまり、ややインフラ論に近いところがあって、具体的に「こういう情報社会をつくるんだ!」というだけではエリート主義に陥ってしまうけれども、そこを閉じずに、どうやって開いていくのかという議論だったと思うんです。


東浩紀(以下、東):

 いえ、そこに誤解はありません。僕は井庭さんの講演は面白いと思う。それは、倫理研の話を面白いと思うのと同じです。今回はコメンテイターということで、いささか視点を変えているんです。

 「つくる」という言葉で問題提起をしたのがまずかったかもしれません。僕の問題意識は、むしろ情報の層と物理の層のあいだのゲートウェイの部分にあります。

 たとえば、コミュニケーションの連鎖がものを「つくる」というとき、わかりやすいのは、その連鎖そのものが作品になる場合です。最近話題のものであれば、『電車男』(新潮社、2004年 asin:4104715018)がそうです。あれは掲示板でのコミュニケーションの連鎖そのものが、コンテンツになっている。これからあのような形態の作品は増えていくでしょう。そもそも、オープンソース運動だってそういうものかもしれない。そのクリエイティビティは否定しません。ただ、それとは別の発明も話題にしたいよね、ということなんです。

井庭:

 いや、「コミュニケーションの連鎖によってつくる」というのは、そういうことではないんです。映画のメイキングやアウトプットが『電車男』になるのは、、コミュニケーションの過程そのものがコンテンツになるという場合です。しかし私がいっていたのは、その過程そのものがアウトプットになるわけではなくて、コミュニケーションをしていくと、その周辺で、ものが生み出されていくという話であって、東さんの例とはまったくの別物です。

鈴木:

 ええ、井庭さんは、自分の意図がちゃんと伝わっていなかったかもしれないという補足をしてくれたのですが、東さんは意図はわかっているということですから、これ以上そこで議論をしてもしょうがないと思います。

鈴木健(以下、鈴木):

 さて、情報デバイスの物理的な遍在としてのユビキタスの話しを先ほど途中までしましたが、最近とくに日本ではロボティクス、つまりロボット産業が勃興しつつあって、ちょうど30年位前のPCと同じような感じだといわれています。ちょうど楠さんがユビキタスに関する造詣が深く、かつ最近ロボットのリサーチをされているので、そのへんを伺いたいと思います。

楠正憲(以下、楠):

 東さんの提起された疑問というのは、イノベーション(技術革新)の話は出てくるけれども、インベンション(発明)の話は実はしていないのではないか、というものですね。つまり身体拡張系の技術進化はここ2,30年けっこう停滞しているという問題提起だったと思うんですが、そこにははっきりした理由があると思っています。なぜならインベンションというのは金と時間がかかるからです。金と時間がかかるので、誰かがそこに強烈にお金を出すのか、あるいは儲けながらスパイラル的にまわしていくしかない。

 そしてその一番のドライビングフォースはやはり軍事の世界です。たとえばPARCのイノベーション・マネジメントをやっていた人々は、その前はDOD(Department of Defense 米国防総省)にいて、どうやって発明に金をつけていくのかという勉強をしているわけです。ここ数十年の比較的重要な技術を見ると、たとえば無線ユビキタスの世界におけるウルトラワイドバンドやCDMAといった技術、あるいは、ロボティクス、サイバネティクス、そしてインターネット自体もすべて軍事発なんですね。そう考えてみると、そもそも「情報」という言葉も、「敵情報告」であり「情況報告」からきているわけです*1

 そしてなぜ20世紀の中間期において身体拡張系のものが出てこなかったのかといえば、それは冷戦が大きいのではないか。つまり第一次・第二次世界大戦というのは生産力の競争でした。それからしばらく冷戦の時代に入って、なおかつ原水爆が生まれ、破壊力で競争しても使いようがない時代に入ってしまった。そこで軍事的な競争優位をつくるためには、やはり情報という方向にいかざるをえなかったと思うんです。宇宙開発も、偵察衛星が出てくるくらいまではそれによって軍事的優位が生まれる世界もありましたが、それから先はいくら宇宙にお金をつぎこんでも、軍事的な優位にはつながらない世界になってしまったというように*2

 つまりまとめると、インベンションには金がかかる。しかもそれは、おそらく儲けながらまわすことのできない種類の金がかかる。儲けた金を突っ込むには、インベンションへの投資は予測可能性が低すぎるのです。そういったハイリスク・マネーの供給を担う主体は、長いあいだ国家と軍事でした。そしてその軍事力はなにによって決まるか、つまりどうやってそれを均衡させたり、あるいは均衡を崩していくかということの対象が、重工業から情報・通信に変わってきた、ということじゃないかなと思います。

 ちなみに、ロボティクスもやはり軍事なんですよ。みんな日本はロボットが進んでいるといいますが、本当に進んでいるのかはよくわからない。なぜかというと、基本的にアメリカでロボットに取り組む人たちは軍事技術として研究しているんですね。たとえば弾道ミサイルもある種のロボットだ、と。RMA(Revolution of Military Affairs)*3と呼ばれる動きのなかで、赤外線で人を見つけて撃つようなロボットなんかもあります。ですから、論文も出てこないんです。だいたい日本のロボットリサーチャーも、コンテストでいい成績を出すと、アメリカの将校から肩を叩かれて、「あいつ、ある日いなくなったんだよな」という話もある(笑)。

石橋啓一郎

それは本当にあるんですか?

楠:

 ええ。たとえば原子力もそうで、以前東海村の事故があったときも、クリントン大統領のはからいでアメリカからロボットを借りているんですね。結局使えなかったらしいんですが。ですから日本とアメリカを比較して、一見すると日本がロボットの分野で進んでいるように見えるのは、憲法第9条の制約があるからですね。非軍事用途でロボットを研究して、その世界は科学的研究のカルチャーのなかで行われ、論文も表に出ているからなんです。

鈴木:

 なるほど……。なんだかいやな話ですね(笑)。

東:

 僕のコメントをいいかえると、いまはマーケットとコミュニケーションが優位なものだと思われすぎている、ということなんです。マーケットとコミュニケーションは、イノベーション、つまり古いものを新しく活用する、新しいやり方を見つける、より効率的にするということには向いている。しかし、インベンションのような最初の一撃には向かないかもね、という話をしたかった。

 それに対して、楠さんから「それは軍事産業がやってたんじゃないの」というきわめて率直な話が返ってきたわけですね。なるほど、そうなのかもしれない。

鈴木:

 さきほど東さんが情報技術の話とハードウェア的な話はどうつながるかという話をされていました。そこでコンピュータのなにがすごいのかというと、いかなるコンピュータもシミュレーションできるということなんですよね。つまりそれがメタメディアということであって、そこに万能性がある。

 ところが、ハードウェアにこの種の万能性があるのか、というのがポイントだと思うんですね。つまり、ロボット自体はロボットをつくれるのかという議論があって、これはつまり自己複製の話です。ロボットは自己複製できるとなれば、これはかなり強力な話なんですが、実はそういうロボティクスの研究をしている研究者はけっこういるんですよ。リアルの世界で、ロボットをつくるロボットをつくろう、と。いままでの産業ロボットは特定のものをつくるために特化していたんだけれども、そうではなくて、ロボットをつくるロボットにいま突入しつつある。これはこれで大変なことです。

井庭:

 東さんの指摘されたインベンションとイノベーションの差異という議論は、イノベーション論でもよく言及される話ですね*4アラン・ケイはインベンションについて語りましたが、シュンペーターはイノベーションについて語ったわけです。インベンションに投資がいるのかどうかわかりませんが、イノベーションを起こすには投資がいる。しかも、ふつう企業は普段のルーティンの生産活動をこなしながら、かつイノベーションも起こさなければなりません。。そこで、銀行がお金を貸してくれるということが重要なんだという話になるわけです。

 経済システムにおいては、お金を貸してもらることで、それがレバレッジになり、イノベーションへとつながります。このことの本質を考えるならば、経済的なものだけでなく、そこにはアイディアなり動的な知識生成なりのレバレッジはありません。

鈴木:

 いや、井庭さんは誤解されていると思われていますが、そのコミュニケーションの連鎖という部分の重要性は共有できているので、大丈夫だと思いますよ。東さんは、井庭さんの議論やここまでのコミュニケーション中心の議論を引き受けつつ、そこからハードウェアの話、物理的な世界へと議論を広げようと試みられているわけで、なにも井庭さんの議論の中身を批判されているわけではない。

東:

 そうです。

鈴木:

 ということで、非常に面白い話になっていると思います。それでは近藤さんお願いします。コンテクストを崩していただいてかまいません。

近藤淳也(以下、近藤):

近藤淳也
近藤淳也
 僕は情報とコミュニケーションは物理的な影響を及ぼしているような気がしています。たとえば、もっと物理学的な話になると、宇宙の運行の仕組みが解明され、そこから素粒子へと向かうという変遷があるじゃないですか。かつては、物理的に宇宙に行く、行けなかったところに行くということが物理的なフロンティアだった。では物理的な限界はいまなにかというと、時間と空間という、これはこれで真面目に物理学的な問題だと思うんですね。

 またアラン・ケイの本にもありますが、人間の吸収する能力と発信する能力の非対称という限界もあります。またCPUの高性能化が進んで、かなり素粒子的なところまで踏み込みはじめていますし*5、さらに記憶容量の限界への挑戦として、ほとんど小さい、ゼロに近い容量に無限の情報を積み込む*6という研究も確実に進んでいる。こうした意味での物理的な限界への挑戦は、コミュニケーションや情報伝達の改善によって明らかに影響を受けていると思います。

東:

 繰り返しますが、この研究会は、情報社会の未来について考えるわけですよね。そして情報社会の未来といったときに、なにが「未来」なのかが問題になる。そしてそれは時代の欲望の鏡でしかないんです。たとえば、いま近藤さんは宇宙の話をされたけれども、人類はあまり地球から出て行かなくなっている。そして、今後を考えても、実際に出て行かないという選択肢もあるわけですよ。地球から出て行かなくとも、すごく解像度のいい望遠鏡、より正確には解析能力の上がったコンピュータによって、遠くまで行った気になることはできる。つまりヴァーチャル・リアリティでなんとかなる、という選択肢はありうる。問題は、どの選択肢を僕たちは欲望するか、ということです。

 たとえば、1960年代までは、HST(Hyper SonicTrmmsport)、いわゆる超超音速旅客機が21世紀には普及しているだろうと思われていました。当時はコンコルドが開発され、コンコルド以外にもソ連とアメリカがやはり別の超音速旅客機を開発し、競争をしていたんですね。最近、やはり30年くらい前に出版された新書を見つけてけっこう楽しく読んだのですが、そのころの未来予測では、21世紀にはニューヨークから東京まで3時間くらいでいけるはずなんですよ。しかし、現実はそうなっていない。ではそのかわりになにを開発したのかというと、Skypeです(笑)。

 問題は人間の欲望なんです。そこを抜きに技術的可能性の話をしても、それには限界があるような気がするんです。これは前回の設計研でも議論しましたが、僕はそこで、繋がりの社会性を消費者が求めるようになったのは、実はかなり人工的で人為的なことではないか、と言いましたよね。その問題と連続しているんです。実際にニューヨークに行くことを選ぶのか、それともニューヨークにいる友人と電子的に会うということを選ぶのかはまったく違う欲望です。つい30年くらい前まで、私たちの多くは、人間は3時間でニューヨークに行くこと、5時間で地球の裏側に行くことを求めるものだと思っていた。ところがいまはそうではない。これは単純に時代的限界です。

 だからこう思うわけです。あと30年ぐらいたつと、「なんであのころはGoogleとかSkypeとかの話ばかりしていたんだろう、あのころの未来イメージってちょっと勘違いだよね」と言われる可能性がある。

鈴木:

 なぜ僕らが3時間でニューヨークまで行けるようになっていないのかといえば、移動の量が少ないからだと思うんですよ。つまり、需要と供給のバランスで、もっといまより10倍も100倍もニューヨーク行くようになれば、コストも下がって早く行こうというニーズが高まると思うんです。

 しかしなぜそうなっていないのかというと、僕たちがある仕事をするためにはチームを組まなくてはいけなくて、そのチームの生産性を向上させるためにはひとつのオフィスで仕事をしなければならない、という事情があるからでしょう。実際、ひとつの場所で仕事をしたほうがいいというのは、ある程度は当たっている。しかしそこを逆に崩して、オフィスの生産性をコミュニケーション的にあげることによって、むしろ我々はニューヨークに移動できるようになるんじゃないか。

*1:註:isedキーワード情報概念」参照のこと。仲本秀四郎「情報を考える」(丸善、1993年 asin:4621050737)によれば、「情報」という言葉が日本語ではじめて現れるのは、1876年の軍事書が翻訳されたとき、フランス語の「ランセーニュマン」の訳として使われた際であるという。このときは、敵の情勢を調査し、結果を報告する、つまり「敵情報告」が略して「情報」になった。そして公刊物としてはじめて日本語で「情報」という言葉が使われたのは、森鴎外によるクラウゼヴィッツ『戦争論』の邦訳で、ドイツ語の「ナハリヒト」を翻訳したものであるという。クラウゼビッツの「ナハリヒト」は「情報とは敵と敵国に関する我が知識の全体」とされ、いわゆる諜報活動は含まれていない。つまり鴎外がこのとき「情報」と訳したのは、あえて諜報と区別していた可能性が高いとされる。

*2:註:頓挫した有名な軍事的な宇宙開発として、米国の通称「スターウォーズ計画」(SDI:戦略防衛構想)がある。 ソ連からの核ミサイルを、宇宙空間の衛星からのレーザー射撃で打ち落とすというもので、その非現実性から廃止された。

*3:註:米軍によって90年代に推進された、主にIT化・ロボット化による軍事革命のこと。詳細は、RMA(Revolution of Military Affairs) - マルチメディア/インターネット事典など。

*4:註:一般にイノベーション論では、どれだけ新規な科学的・技術的な「発明(インベンション)」であっても、それだけでは商業的に成功する・社会的に普及するとは限らないという前提に立つ。そしてインベンションが社会的普及と経済的成功をおさめるには、いわゆる発明が世に出ぬまま埋もれてしまう「デス・バレー(死の谷)」を乗り越える必要があり、そのためのマネジメントとして「イノベーションの経営学組織論・戦略論)」が必要とされる、という流れで語られることが多い。

*5:註:たとえば量子コンピュータのことを指す。→「量子コンピュータ」-ナノエレクトロニクス

*6:註:たとえばホログラフィックメモリなど。→「ホログラフィックメモリ」- ナノエレクトロニクス

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