ised議事録

08-213. 設計研第5回: 近藤淳也 講演(3)

題目:「なめらかな会社」

設計研第5回:なめらかな会社

まとめ:なめらかであるべき理由=強さを獲得する方法論

 さて、ここまでいろいろな事例を見てきました。こうしたケースを踏まえつつ、まとめに入っていきたいと思います。

 まず、なめらかであるべき理由は、つまるところなにか。なぜなめらかにする必要があるのか。それはひとことでいえば、情報をなめらかにすることで強さを獲得する方法論が生まれつつあるからだと思います。第一にシェア獲得、標準化のための戦略として。第二に変化可能な商品、あるいはサービス提供の方法として。第三に、変化に対応可能な会社の構築方法として。この三点において、なめらかという手法が使えると思います。

図:なめらかであるべき理由
図:なめらかであるべき理由

 なんでも強ければいいのか、シェアを獲得してしまえばいいのかということではありません。この図でいうと(図:なめらかであるべき理由)、左側が会社の競争に勝つ方法はいろいろあるということ。そして右側がユーザーと消費者のニーズがいろいろあるということを意味しています。そしてそのふたつが重なっている部分という領域がある。つまりユーザーや消費者はより企業からの情報を得たいと思うし、自分の意見をできることなら企業に聞かせたいと思っている場合がある。そういうニーズがある。同時に、会社が競争に勝つ方法として、そうした共有の方法論によって強さが増すという部分が明らかに存在する。この両者が重なる部分があるとき、なめらかにする方法論が活きる可能性があるのではないかと思います。

1. シェア獲得、標準化のための戦略


図:シェア獲得、標準化の戦略として
図:シェア獲得、標準化の戦略として

 それでは「なめらかという方法論」の第一として挙げた「シェア獲得・標準化戦略」について復習したいと思います(図:シェア獲得、標準化の戦略として)。現状では、オープンソースではなくて、オープンデータということの重要性が増しています。さきほどのAmazonの場合、ステークホルダーの関係はどうなっているかということを右上の図に書いています。つまり企業としてのAmazonが存在して、その下でいろいろな商品を紹介するアフィリエイターが存在する。これは従来的な意味での労使関係ではありません。アフィリエイターは、自発的に自分達の好きな意思でどんどん商品を紹介してくれる。それによって、どんどん顧客が商品を買うという構造が生まれつつあります。オープンデータによってこうした関係図をいち早く築いたところが、シェアを獲得することができる。

 ただ、この方向でシェアが次々と決まっていくと、どうなるでしょうか。下のほうの棒グラフの変化で描いたのですが(図:シェア獲得、標準化の戦略として)、これは世界がひとつの方向に向かってしまうかもしれないということです。つまりいろいろな言語・いろいろな国・地域でバラバラなプレイヤーがいたはずなのに、ある世界標準的な仕様によって標準化されてしまう結果、一位だけの世界になってしまうという危険性があります。一企業の戦略としてはなめらかではあるけれども、世界全体としてはあらたなステップを生み出す、あるいはすべてがフラットになる可能性を持っていると思います。

2. 変化可能な商品の提供方法

 次に、「変化可能な商品の提供方法」としてのなめらかについてです。これはどういうことかというと、やはり変化の予測可能な範囲には、どうしても限界があるということです。つまり商品開発者やサービス開発者の想像力には限界がある、と。実際はてなのサービスをいままで展開してきた経験則からいって、「まず50%程度の完成度でベータ版サービスをリリースして、その後にユーザーとの対話の中でブラッシュアップをしていく」ということを最近では心がけています。逆にいままでサービスをやってきたなかで「これは失敗だったな」という商品を考えると、最初の開発者や設計者側の傲慢とでもいうべきものがあったと思うんです。「こういう機能が必要なはずだ」といってどんどんつくりこみすぎた結果、わかりにくくなってしまったという失敗が多くある。こういう失敗は情報を共有していくことで回避できるのではないかと思います。

 あるいはユーザーの嗜好や利用方法も変遷するものです。たとえばブログという言葉が一般的でないときに、ブログといっても意味がわからない。技術的にトラックバックといっても理解されなかったような段階がある。それでもだんだんとブログが市民権を得ていくわけです。こうした新技術の普及速度の変化に対して、企業の側も臨機応変な対応をする必要が出てきます。ここでもユーザーと情報を共有することによって、いろいろな要望や変遷に対応できるのではないかと思います。

3. 変化に対応可能な会社の構築

 第三に、「変化に対応可能な会社の構築」としてのなめらかです。これは会社組織というもの自体も変わっていくのではないかという観点です。

図:株主-会社-消費者とは違う会社組織?
図:株主-会社-消費者とは違う会社組織?

 いままでの会社というのは、基本的に三層構造になっていました。「株主」から資本を集めた「会社」が、その資本を使ってモノを生産して「消費者」に売る。そして消費者から売り上げを得て、それを株主に配当する。このような三者間の構造だったと思います(図:株主-会社-消費者とは違う会社組織?)。しかしこれからの会社はどうか。ユーザーが積極的に参加し、さらに社内の情報もいろいろな人に開かれている構造というものを考えるとき、それは図の右側で描いたように、まず会社に対して発言権を持った貢献的な消費者がいて、そのなかに会社があって、両者が一緒にやっているという感じではないでしょうか。このような構造変化があるという気がします。

図:人、知識、情報
図:人、知識、情報

 さらにこの変化を、会社におけるサイクルという別の観点から捉えてみます(図:人、知識、情報)。まず、原始的な株式会社とされる東インド会社はどうか。まず株主からとにかく資本をあつめて、その資本を使ってインドへ行く。そして商品を仕入れて販売して、それを株主にもう一回配当しておしまい、株式は消滅するというのが原始的な株式会社でした。これが現代ではどうか。株主からやはり同じように資本を集めて、それによって設備投資や人材確保や研究をする。そして商品を開発して販売する。その利益を株主に配当しつつ、さらにその資金を研究段階に回す。ここで株式というのは消滅しません。証券化されることもあれば、あるいは利益をもう一度再投資に向けてグルグル回す、というサイクルが現状の企業なのではないかと思います。

 こうした株式会社の形態において若干の変化があると思うのは、この製品やサービスの開発のフェイズで資本が不要になりつつあるという点です。特にインターネットのサービスを提供するということになると、基本的にどんどんコストは下がっていて、10年前ではとても買えなかったようなハードウェアがほとんど数万円で買えてしまう。そういう「チープレボリューション」(チープ革命)*1が起きることで、誰でもコストゼロで商品をつくることができる。となると、さきほどの「商品を作る原料とはなにか」という考えがそもそも変わってくると思うんです。それはさらに、「商品をつくって得た利益を誰に配当するべきか」という概念が変わり始めることを意味するのではないでしょうか。

 コストがゼロで商品が開発できるとき、その原料とはなにか。おそらくそこに入るのは、アイデアや人、情報や技術、ノウハウ、人間性、運や偶然といったものでしょう。これはいったい誰の持ち物なのかといえば、それは資金を持っている株主ではない。むしろ社員やユーザー、消費者にもともと属していたものにほかならない。そうであれば、こうした人々に対してきちんと配当をしていかねばならないはずです。あるいは、そういう社員・ユーザーによって投資される会社形態というものがだんだん興ってくるのではないか。このようなことを感じています。

まとめ:応用範囲

 ここまでの議論の応用範囲について考えてみたいと思います。なめらかというキーワードを考えると、新しい変化のようなものがだんだん見え始めていることがわかりました。それではこの変化は、インターネットのサービス事業者だけではなく、他の領域でも応用可能なのでしょうか?

 私は基本的に、いろいろな企業で多かれ少なかれ活用されていくと思います。最初は情報サービス産業のようなところから応用が始まるでしょう。パソコンメーカーでもいいですし、製造業・メーカーでこうしたなめらかという方法論は使われていくと思います。あるいは行政的な応用もありえると思います。より直接的な民主制に応用可能かもしれませんし、さきほどのはてなアイデアという仕組みは、たとえば東京都への要望を集約するのに応用できるかもしれない。仮にはてなが「東京都への要望」というような市場をすぐ隣につくって、勝手に意見を集めて提言をしていくことも可能かもしれないわけです。またさきほどの会社のステークホルダーの関係図を描きましたが、これは実は行政・自治体の場合にこそむしろあてはまるものです。つまり市民と公務員の関係に適用できるのではないかという気もするんですね(図:応用範囲)。

図:応用範囲
図:応用範囲

 このような応用によって、「意味のない情報の隠蔽」は情報技術によって崩壊するのではないかと思います。あるいは、そうしていきたいというのが私の根底にある考え方です。つまり逆にいえば、意味のない情報の隠蔽があるところであれば、どこにでも応用できるのではないかと思います。

まとめ:懸念事項

 最後に、なんでもなめらかにすればいいのかどうか、懸念事項を挙げておきたいと思います。

 第一に、消費可能な情報量には限界があるということです。まず個々人が消費できる情報量の限界がありますし、興味の範囲の限界、あるいは知識の限界というものもある。誰もが議論に参加できたとしても、そもそも議論の前提を理解できていない人に来てもらったところで意味があるのか、という問題もあります。あるいは情報は読む側が取捨選択するべきだという方向になった場合、読む側がいかに自分の興味ある情報を集めるのか、その高度な検索技術を身につけなければいけないという問題が起こるでしょう。

 第二に、「世界にひとつ」が理想的な状態だろうか、という問題です。さきほどのAmazonのように、データをロックインしてしまう寡占的な状況が生まれることへの危機感はあります。

 第三に、情報隠蔽に依存した業態はおそらく衰退してしまうだろう、ということ。

 また他には、優秀な人、生産的な人だけが職を得られるようになるということが懸念されます。つまり、意識の高い人材に依存した会社形態になってしまうということです。完全に情報を共有して各自が自発的に仕事をするといっても、そもそも生産的じゃない人もいる。実際問題、全員がGoogleに入社できるのかといえば、現在のところかなり厳しく人材を選別しているようです。所得格差のようなことも起きるでしょう。

 また、そもそも応用が難しい業態もあります。たとえば設備投資比率が高い業態については、情報をなめらかにするという方法論はなかなか適用されないと思います。

 以上で、私の発表は終わりになります。どうもありがとうございました。

*1:註:梅田望夫による「ウェブ社会[本当の大変化]はこれから始まる - web kikaku」(『Foresight』新潮社)を参照のこと。以下引用する。『「チープ革命」という概念には、「ムーアの法則」によって下落し続けるハードウェア価格、リナックスに代表されるオープンソース・ソフトウェア登場によるソフトウェア無料化、ブロードバンド普及による回線コストの大幅下落、グーグルの検索エンジンのような無償サービスの充実といったことがすべて含まれる。そして、この方向がさらに極められていく「次の十年」は、ITに関する「必要十分」な機能のすべてが、誰でもほとんどコストを意識することなく手に入る時代になる』

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