ised議事録

08-215. 設計研第5回: 共同討議 第1部(2)

認知限界を縮小する「機械仕掛けの神」――八田真行からの応答

八田:

 それでは近藤さんの話を伺って考えたことを述べたいと思います。

 率直な感想を申し上げると、いま村上さんもおっしゃったように、近藤さんのお話というははてなという会社が小規模であることに依存しているのではないか。それに加えて、近藤さんという非常に特異な存在がリーダーであるということに実は依存しているのではないか。裏返すと、はてなモデルを他の企業に移転するのは難しいのではないか、という気持ちが多少いたしました。なぜそう思ったのかという話はのちほど展開します。

八田真行
八田真行
 またこういう印象も受けました。ハードウェアに比べるとソフトウェアの生産性は向上しないという話もあります。要するに、はてなのやりたかったことをやるために必要なハードウェアが300億円かかるとすれば、それはできなかったわけですよね。これはオープンソースに関してもよくいわれることなんですが、要するにハードウェアはこの10年で非常にチープになった。でもソフトウェアはそれほどチープになっていません。これは経済学でいうと1966年にW.J.ボーモルとW.G.ボーエンが『舞台芸術――芸術と経済のジレンマ』で書いているように、芸術のように提携や分業ができない、つまり生産性があまり向上しない分野では、その価格は上昇するという話があります。そういう前提のうえで、はてなは動いているのではないか。オープンソースもそうなのではないか。

 ともあれ今日のはてなのお話で一番興味深かったのは、組織設計に関するインプリケーションだと思います。組織設計に関してはいろいろなことが言われていますけれども、関係があるのではないかと思ったのは、Simonの法則(Simon 1962)とDeRemerの法則 (DeRemer and Kron 1975)のふたつです。

 Simonの法則としてハーバード・サイモンがいっているのは、「階層構造は複雑度を減らしている」ということです*1。サイモンは組織論を展開しましたが、結局のところ彼は「組織」というものをおそらく情報の収集と集約を行うマシンのようなものとしてとらえていたんだと個人的に思います。

 もうひとつはDeRemerの法則ですが、これはソフトウェア工学の話です。「小規模システムに当てはまることは大規模システムには当てはまらない」という見識を実証的な研究から得たもので、これは法則というより単にそういう傾向がありますというだけのことです。ともあれ、とにかくこういう傾向がある。だから、はてなで起きていることが大会社でも起きるかというと、必ずしもそうはいかないと思うわけです。

 ところが逆にいうと、大組織に当てはまらないのはいいとして、大組織そのものが存在価値を失いつつあるのではないかという気もするんです。そういう傾向こそが、実ははてなを一例として現れているのではないかという気がしました。どういうことかというと、情報技術をうまく活かせばいま挙げたふたつの法則を覆すのではないかということです。

 その一例として、はてなが使っているような予測市場の話をみなすことができます。つまり情報の効率的な集約や利用をコンピューターにやらせることができるという話ですね。いままで組織においてはヒエラルキカルな人事制度があって、下から重要な問題だけが動かされて上にあがっていく、あるいは必要な情報だけが必要な部署にいく、といった情報処理の仕組みが張り巡らされていました。サイモンは、人間は限定合理的なので階層組織をつくるのだと論じた。しかし、これは情報技術によって置き換えることができるんじゃないか。つまり階層組織のもつ情報処理という大きな機能は、もはや有用性がなくなりつつあるんじゃないかという気がします。実際のところ、ヒエラルキカルな人事制度がはてなには存在しないというところが、大きなインプリケーションになっている気がしたんです。

 そこでひとつ伺いたかったのですが、はてなの人事評価は予測市場とリンクしていないのですよね。

近藤:

 していないですね。

八田:

 リンクしていないというのはちょっと面白いと思います。そのお話を踏まえると、なめらかな会社というのは、実は小さな組織のことではないかという気がする。最近はてな以外でもそのような傾向が現れていると思うからです。たとえば「カーブアウト」の事例が多く見られます。カーブアウトというのは、大企業内の部門を切り離して小さな会社にスピンアウトしてもらう、あるいは社内ベンチャー的なものに分けていくということです。それはなぜかというと、結局なにか大組織でイノベーティブなことをやろうとすると、すでにやっていることと衝突するからです。ある種のイノベーションのジレンマといえるかもしれません。いや違うかもしれませんが、ともあれカーブアウトという手法がいま流行っているけれども、そういう意味で今日のお話は「はてな特有の例」というわけではなく、かなり大きな潮流としてあるような気がします。すなわち小さな組織のほうが強いのではないか、と。

 さて、ここでちょっと話が変わるんですけれども、はてなは基本的に公開を是としていますね。よくよく考えると、公開しないメリットというのは先行者利益が莫大でなければあまりないんです。先行者利益の部分がカバーできれば、たとえば外部に積極的に公開するとヘゲモニーが握れる。ヘゲモニーを握れば、普及によってネットワーク効果が出る。こうした効果が先行者利益を上回るのであれば、どんどん公開したほうがいいんです。いずれにせよ、近藤さんの哲学を考えると、むしろなぜソースコードを公開しないのかがちょっとわかりにくい。そのあたりを伺いたいと思います。

 ここからは多少はてなの話から逸れるのですが、思ったことを述べたいと思います。今後はこのような展開が見られるのではないかという話で、いまふたつの事象が並行して起こっている気がするんですね。まずひとつは、組織の分解ということ。大組織だったものがどんどん小さくなっているのではないかということですね。もうひとつは、情報処理のアウトソースのようなことが起こっているのではないか。いままで企業でも官庁でも、情報を集めてそれを処理するということにけっこうな労力をかけていた。いつでもその情報を活用できるデータとしてもっていることが仕事としてあったわけです。それがAmazonでもGoogleでもCDDBでもなんでもいいのですが、インターネット上の任意の場所にどんどん情報が吸い上げられて、それをみんなで使うという状態になってきた。要するに、組織の分解と情報の一極集中とがいま勝負を打っているのではないか。はてなはその氷山の一角ではないだろうか、という気がするんです。

 「機械仕掛けの神(Deus ex machina)」という言葉があります。この本来の意味は、あまり出来の良くない芝居で最後に機械仕掛けの神様が出てきて、「いや実は犯人はあいつだったんだ」などといって芝居を都合よく終わらせるギミックのことです。しかしここではそういうことではなく、文字通りの意味で使っています。つまり、私たちは機械仕掛けの神をつくっているのではないか。情報技術の力を借りて、必要な情報を効率よく手に入れるという仕組みを私たちはつくっている。そしてこの神への依存度がどんどん高まっているのではないかという気がするんです。

八田真行
八田真行

 そう考えると、その機械仕掛けの神の正当性について考えなくてはいけない。おそらくこれは放っておくと唯一的な存在、つまりAmazonならAmazonがひとり勝ちという状況になるでしょう。そのときAmazonの中身がなにをやっているのかわからないというのは、やはり我々にとってもよくないことだと思うんです。ですから、もしかすると新しい独占禁止法みたいなものを考えなければいけないのかもしれない。要するに神をつくるということはしょうがないので、その正当なる神の中身について我々は考える必要があるのではないか。それはむしろ設計研よりは倫理研の仕事かもしれません。なにかこのようなかたちで倫理研の議論につなげられるのではないかと思います。

 そこで特にはてなが面白いのは、Googleは統計処理に依存して神をつくっている気がするけれども、はてな予測市場の例にしてもかなりの部分を人力でやっているフシがあるということです。つまり機械だけではなくて、人間の協働を引き出すところに重点がある気がする。なぜ人々はこの機械仕掛けの神を動かすのか。おそらくゲームのような感覚でやっているのかなという気もします。そのあたりについても伺いたいところです。

 最後に、これは単にそう思ったというだけの話なのですが、客商売としてのはてなについて聞きたいと思います。ちなみに、僕ははてなユーザーでは厳密にはありません。はてなアンテナだけは使わせていただいているのですが、はてなダイアリーは書いていません。しかしそうなると、単なるユーザーではない、はてなに貢献的なユーザーとはなんだろうか。つまり、そんなに熱心なユーザーっているのか、と。これはさんざんオープンソースについてもいわれ続けてきたことなので、同じ質問をはてなにも投げるなにか自己否定のような感じがするのですが。近藤さんのお話に「貢献消費者」という言葉が出てきたけれども、いまのはてなユーザーのなかでどれくらい熱心に参加してくれるユーザーがいるのか、ちょっと伺ってみたいと思います。

 なんとなくですが、逆にお金を出したユーザーというのは口を出すことすら嫌なんじゃないか。これは僕がそう思っているというだけですが、お金を出した以上は文句をたれなくても自分がバンバン使えるようになっていてほしい。「お仕着せ」であってほしい。そう思う人はけっこういるんじゃないでしょうか。こうしたユーザーとはてなのポリシーは衝突しているんじゃないかという気がいたします。

 ちなみにサイモンの法則というのは実はふたつあるんです。「パンはバターを塗った面から落ちる」といった話で有名なマーフィの法則のなかに、もうひとつの「サイモンの法則」というのがあります。それは「つくられたものはいつかばらばらになる」というものです。これはエントロピーということかもしれませんし、ともあれ基本的には組織には分解しつつある傾向があって、はてなというのはそういうもののひとつの現れなのかなと思った次第です。

 最後に面白いことを言おうと思ったのですが、いまいちでした(笑)。

鈴木健

 いえいえ、そんなことはないです。それでは近藤さんお願いします。

近藤:

 それではひとつずつお答えしたいと思います。まず規模の話ですけれども、基本的にいま組織自体は拡大志向です。その理由は、それなりの規模がないと本当にやりたいことはできないということもありますし、まだまだスピードや質の面で満足していないという部分でもっと組織とユーザーの規模を増やしていきたいと思っているからです。

近藤淳也
近藤淳也
 「小規模に依存しているのではないか」というご指摘ですが、たしかにそういう部分はあると思っています。ただ逆に参考になると思うのはやはりGoogleですね。あそこはかなり魅力的というか、ちょっと特異な組織になりつつあると思うんです。開発者にとっての楽園的な環境があり、そのなかからどんどん新しいものが生まれてくるというような組織になりつつあるのではないか。その規模はいま3000人に達しているそうですが、そのなかでも情報共有を相当やっているということを聞いています。ですから必ずしも10人だからこそできているというだけではなくて、もっと工夫をしていけば拡大できると思います。

 特異なリーダーということに関しては、これは自分ではなんともいえません。ただ、たしかに匿名のリーダーではないという気はします。たとえば「近藤」という名前は、僕がつくった機能でない場合にもネット上でささやかれてしまう。「近藤さん、これはどう思っているんですか」というかたちでシンボル的に使われることが多い。実際そういう対象として存在することで、いろいろな人からの発言をうながしている部分はあると思います。ただこれは近藤の性格ということではなくて、「顔が見える」ということの重要性を表している可能性があると思うんです。匿名的でないリーダーということは交換可能なものではないという議論もあると思うのですが、むしろ交換可能にしなくてはいけないという問題意識とともに検討していきたい課題です。

 人事評価の話がありました。これはまだ経営陣が「今年の評価は……」とやっている感じですので、予測市場と連結するかたちではまだできていません。ただ、今後は連結していくなり、社内での相互評価のようなことが今後やれるといいなと思います。そのあたりは規模の拡大によって変わってくるだろうなと思います。

 次に小さな組織に分割していくのではないかという話ですね。これは産業の成熟段階という要素が大きいと思っています。現在の段階というのは、それこそインターネットの普及曲線やブログの普及曲線でいうところのアーリーアダプターのような方々が試行錯誤をしている段階にあたると思うんですね。そのフェイズでは、小さい組織が相当有利だろう。大きな企業が小さい会社を意図的につくって、いろいろなことを試行錯誤するというのが有用だというのはわかります。

 ただ一方、たとえばいまからGoogleを超える検索エンジンをつくるというときに、それが小さな組織でできるだろうか。これはまず無理だという気がします。まずハードウェアを購入するのも難しいですし、研究開発予算を調達するのも相当難しいと思います。ただそれは10年前もそうだったのかというと、やはりそこには小さな工夫を積み重ねて試行錯誤しなくていけないフェイズがあったと思うんです。

 つまりフェイズに分けて有効かどうかを考えるべきなんだと思います。たとえばブログにしてもまだ揺れている市場といいますか、それがどう使われるかのはまだわからない、あるいはこれからどんどん使う人が増えるというフェイズにある。10年後も小さな組織が同じように有効かというのは別の問題ではないかと思います。

 それからソースコードですけれども、たしかにいまは公開していません。ひとつは数のバランスで、実際ソースコードを公開してそれをいじってみたいと思う人と、サービスを使ってもらって意見をいってくれる人の数というのは圧倒的に違うと予想されるからです。ソースコードを書くことができる人間、つまり基本的に開発のスキルを持っている人というのは少ない。しかし、サービスを使って「ここを右にあるのを左に変えてほしい」と指摘するのは誰でもできます。ですから、そこに期待される人数はだいぶ違う。結果として、かなり後者に対して優先的に聞く耳を持ってきたんだと思います。ですが、必ずしもそこは隠蔽しないといけないという判断をしているわけではありません。どうやって公開していくのかという議論は実際始めている段階です。

鈴木健

 なるほど。あと残っているのは、機械仕掛けの神の正当性についての話。そして、はてなGoogleの違いといった話ですね。

近藤:

 そこは機械というかシステムの限界があると思います。そもそも人力検索という仕組みからはてなは始まっているんですが、別に人力検索という仕組みも完全に自然言語を理解して適切な答えを返すシステムが可能ならば不要になると思うんです。ただ現実にいまの自然言語解析の仕組みは使えるのかというと、やはり100%ではない。人間のほうが優れている部分というのは明らかにあって、そこをどう活かすかという発想をしています。人間のほうが優れていることをあっさりと認めつつ、どうやってシステムと混ぜていくのかという興味がはてなにはある。なにがなんでも人力じゃないといけない、システムじゃないとだめだ、というわけではありません。それはハードウェアのスペック、システムの理論的整合性、人の力の限界、そういったことのバランスなんだと思います。

鈴木健

 貢献消費者というのは何人ぐらいいるのでしょうか。

近藤:

 はてなアイデアで株式取引に参加しているユーザーは、いま数千人という規模ですね。はてなユーザー30万人のうち3000人という割合で考えますと、100人に1人、つまり1%以下程度です。ただオープンソースでパッチを書いて送ってくれる人の割合に比べると多いのではないかと思います。

鈴木健

 お金を払っているユーザーは口を出したがらないものでしょうか。

近藤:

 それはありますね。最近はサービスをベータ版・正式版・有料サービスという3つに分けて考えているのですが、最初のベータ版は本当に荒削りでいいという感覚です。むしろ突っ込みどころ満載のほうがいい。一方で正式版になってそこに有料のオプションを乗せていくという段階になると、その有料の機能というのは相当に枯れた仕組みで、だいたい最大公約数的なものになっているという感覚ですね。このように、「いまこのサービスはどのフェイズにあるのか」という意識と、それに応じたサービスのリリースの仕方というのは意識しています。またはてなにはどちらかというと「先頭が大好き」な人々が集まっているので、こうした人たちをフォローしながらも、商品としての質を高める舞台、あるいは方法論というものを身につけないといけないと思っています。

八田:

 なぜこの点を伺ったのかというと、実はオープンソースもそれが非常に苦手なんですね。つまり「クオリティ・アシュアランス」(品質保証)がダメなんですよ。ダメというわけではないんですが、安定版リリースのコーディネートが得意でない。はてなは企業だからうまくやっているのかなと思ったんですが、やはり同じような問題があるということですね。

近藤:

 そうですね。実際社員の性格的には前に行きたいという思いがありますから。ただひとついえるのは、先頭というか、アルファギーク的な部分を失うことだけはありえないだろうということです。切り拓かれた技術の後ろ側にビジネスモデルというのはつくられていくものですよね。だから先頭を切り拓く部分を失ってしまうと、いままでつくったものを焼畑農業的に収益化して、3年5年ほどの流行り廃りのなかで消えていくフェイズに入ってしまうと思います。だから、基本的に先頭を切り開く部隊を失うことはしません。

*1:註:isedキーワード認知限界」参照のこと。

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