ised議事録

08-216. 設計研第5回: 共同討議 第1部(3)

組織と情報――小規模組織は本当に強いのか

鈴木健

 なかなか近藤さんらしいリアリストとしての答えを聞けたと思います。

鈴木健
鈴木健
 それでは討議に移っていきたいのですが、まず小規模組織についての話をしたいと思います。小さい会社のほうが強いということが情報社会では起こりうるのではないか、と八田さんは問題提起されました。それに対して近藤さんはそんなことはないと論じている。成熟市場においては大規模組織が強く、勃興市場においては小規模のほうが強いということだろう、と。したがって、情報産業が成熟市場になった暁にはやはり大規模のほうが強いのではないかというわけです。この点についてどうですか。

楠:

 近藤さんの最後のプレゼンに、「これから資本の重要性は非常に低くなって、結局重要になるのは人だろう」という話があったと思います。それと非常につながりのある話なのですが、仮に企業の競争力が資本よりも人に左右されるようになった場合、その企業の提供するサービスはその企業が集められる人に依存するといえます。たとえばはてなアルファギークを抱えていて、ベータ版のサービスをどんどんエッジなものを出していく。そして経営的にはどのようにして有料サービスのクオリティ・アシュアランスをやっていくのかが経営課題になってくる。

楠正憲
楠正憲
 このような観点でいうと、大企業の強みというのは安定して封筒を持って人々はその会社に入っていくということですね。そこでは、「クオリティを維持する」という関心も強くすることもできる。それはその企業の立ち位置や、どういう人を集められるかということにすごく左右される問題ですが、ともかく成熟した市場では成熟したサービスが求められている。そこではいかにクオリティをあげていくか、現状を維持するかといったことが課題になるわけです。そうであれば、そういった興味を持った人を集められるような組織が強くなるんだと思います。つまり、近藤さんのいうことは正しいという話なんです。

鈴木健

 大企業でも可能であると。

楠:

 むしろクオリティ・アシュアランスは逆に大企業のほうが有利だと思うんです。「クオリティを上げていく」という作業ははっきりいってつまらないはずなんですよ。なにに興味を持っているかというのは人によって違っていますよね。だから、それならそういう興味を持っている人を集められるような存在でなければいけない。

鈴木健

 大企業の場合はそういう人々を集めることができる、と。そして成熟してくると、クオリティ・アシュアランスとかブランドのほうが力を持ってきてしまう。

楠:

 多くの場合そうだと思います。

鈴木健

 なるほど。実際のところ、僕も情報社会になったら小規模のほうが強くなるというのは一概にはいえないと思うんです。もちろん小さい会社が群れて大きなビジネスを展開することができたほうが面白いと思っているのですが、それを実現するためにはなにが必要なのかを考えると、なまじなにかの技術をうんぬんという話ではなくて、僕の場合は貨幣システムまで考えないといけないと思って、PICSYをやっているんですね。だから近藤さんの考えは正しいという気がします。

村上:

 このなかで大組織経験が最も豊かであると思われるので(笑)、すこし長めにコメントさせていただきます。

 たとえば情報家電について、この研究会でも議論のネタとして何回か紹介してきました。その悩みは、ものづくりの世界とソフトパワー的な世界とがリンクしないということなんです。典型的な話ですが、家電メーカーでハードウェアをつくっている人というのは、「この技術がいい」「この技術シーズがいけそうだ」ということについては熱心に議論するんだけれども、それを使って「どう面白いことができるか」「どういうサービスになるか」「どう売るか」というソフト的な部分には関心を持たない。延々とこの技術がいい、あの技術がいいといって、そこから先は営業の仕事にまかせてしまう。マスマーケティングはマス営業の仕事、はい、おしまいとなる。逆に今からGREEmixiといったSNSにとりついている人たちは、「なんで家電メーカーはこういうものをつくらないんだろう」と思っている。ところが、こういう人達の思いは、ものをつくっている現場の人たちに全く届いていない。私も怒鳴られてしまったことがあるのですが、某社の幹部の言葉によると、「うちはものづくりカンパニーでやっている。お前は俺にサービスをやれというのか」という反応になってしまうわけです。ともあれハードづくりとソフト・サービスとがどうやったらひっつくのかは、大組織の中でも大きな課題であります。

 実は名だたる大手のIT企業どこでも同じ課題を抱えています。「同じ社員で同じ社員証をもって同じところから給料もらっているのに、我が社はどこを叩けばどこに響くのかわからない」とこぼしている。そういう意味では、大企業の中でがんばってハードとソフトを繋ぐパスを作るのが早道なのか、大企業を小さな企業に一度ばらしてしまい、それを組み立て直す方が早道なのか、よくわからないところがあります。

 そうすると、次の疑問は、それでは組織とはなにか、といことになります。まず、組織が管理しているリソースとして、3つを分けて整理したほうがいいと僕は思います。一に人、二に金、三に情報。やはりモノをつくる、モノを運ぶ・動かすといった物理的な作業を伴う部分は、ものづくりでもサービスでも一緒なんです。たとえばスターバックスはサービスだというけれども、スターバックスもブースの中で実際に人が動いてコーヒーをつくる作業や動かす作業がある。そういう部分では必ず物量が必要になるし、それは10人といった小組織の少人数だけではまかないきれない。このとき、人と金の面での組織的な大きさの優位性は、少なくとも利潤を追求する限り絶対に外せません。

 では、情報はどうか。お客さんが何を考えていて、何をいいと思っているのか。これがITによってダイナミックに動くようになってきたというのが僕の印象なんです。裏を返せば、「こういう商品が欲しい」「こういう価格で欲しい」という情報は、いままでのものづくりの現場だと価格なり製品の型式というかたちで一回フィックスされてしまうんですね。フィックスされると、しばらくそのまま、そのセオリーに基づく製品やサービスをマスで売るというパスとルールしか大企業には残されてない。そういう運営をしている大企業が大半なんです。一度そういう商品設計をしたら、あとはマスにいっておしまいである。この議論は、単にマスプロダクション論の否定をやっているだけかもしれません。ともあれ、ダイナミックに動く情報に基づいてダイナミックにありかたを変えていくという仕組みを両立した企業というのは、実はまだあまり存在しない。こういうことなんだと思います。

 では最後に、自分自身が経済産業省を見ていてどう思うのかということについてです。ちょっと傲った見方かもしれないのですが、この組織はもともと社会や産業構造の仕組みを変えること自体を生業としている部分があるんです。昔でいえば傾斜生産方式よろしく縦割りの産業を定義した上で、どこに国家リソースを集中的に持っていくのかというテーマについて、最初は外資を使い、外貨の購入割り当て枠を使い、財政投融資を使い、予算を使い、といった具合でコントロールしてきた。それがぼちぼち縦割りの時代じゃないよねという話になると、今度は規制緩和を叫びながら、どこに仕組みを持っていきますかと議論する。経済産業省は、むしろ組織の中にITが持ち込まれなかった時代の方がこの情報共有と判断をうまくやっていたような印象があるんですね。

 行政組織のなかには「局」という縦に大きい組織、会社でいえば事業本部のようなものがあって、そのなかに「総務課」、更にその中に「総括班」というラインがあるんです。会社で総務課というとなんとなくドラマのショムニみたいな印象があるんですけれども(笑)、行政の場合、総務課というのは偉い。総務課の総括ラインにはかならず1年生が入るんですが、その次に係長でもシニアの5年目くらいの奴を入れて、さらに15年目くらいの局の筆頭課長補佐を入れて、その上に総務課長や局長が座っている。伸ばそうと思う優秀な人間は、必ずそこに一度は配属させるんですね。そこでなにをやらせるのかというと、その役割の一つが徹底した情報コントロールのノウハウなんです。GREEmixiをやっていてもそうかもしれませんが、結局、組織の機能に対して情報を振っているだけではだめなんですね。そこに誰がいるのか。ここにこの情報を渡して大丈夫か。これはどういうふうに渡すのか。まわってきた情報の経路を見ながら、その情報の配布されてきた先を見るだけで、その情報の質を判断できる能力を持っていないといけない。かつての経済産業省はこれを大変にうまくやっていたんですよ。

 ところがいま、ふたつ問題が起きています。ひとつは組織をフラット化しようという動きになってきた。総務課というややこしいものが各局の中に入っているのは意思決定上はよくない。組織はフラット化するもんだ、という流行に乗って、総務課という仕組みをやめてしまったんです。総務課総括主義はもうやめよう、現場とトップが直接ひっつけばいいじゃないか、と。第二に、それに追い討ちをかけたのが電子メールです。きちんとしたルールをつくらないで電子メールを入れてしまったがために、情報がルールを持たないまま乱れ打ちにされるようになってしまい情報の流れに秩序がなくなった。そのとき、うまくトップがもう一度「情報技術をこう使うんだ」とルール化してまわせればいいと思うんです。しかしそこは民間企業の方がはるかに先をいっていて、うちは無秩序のまま仕組みを変える統制能力を失って悩んでいる。

 たしかに仕組み・組織のアーキテクチャを変える基礎となる情報の共有という点において、経産省という組織はITのない70年代80年代に比較優位を持っていたように思います。それがITを使いこなせないまま組織をフラット化したら、いったい何のためにどっちに走っているのかがわからなくなってしまって、みんな個人プレイに走っている。これはこれで、いま動けなくなっているものづくり組織とはまた別の意味での難しい状況にある。これがうちのいまの状態ですね。

鈴木健

 なるほど。ではこうした状況にある経済産業省について、近藤さんのほうからアドバイスをいただきましょう。組織をフラット化したことでメールが乱れ飛んでしまい、かえってルールが持てなくなってしまった。つまりITを導入したことによって組織が動かなくなってしまった。近藤コンサルタント(笑)、どうでしょうか。

近藤:

 メールは使いようなんだと思います。メールは意図した人にしか届かないので、情報は共有されているといえばされている。しかし、読む側からのアクセスというのが非常に悪いと思うんです。結局、はてなでは実はほとんどメールを使っていません。対外的になにか連絡するときBCCで社内に投げるといったことはしますが、個人発の情報はブログに書くようにしています。なぜかというと、ひとつはメーリングリストというのは公共の場所になってしまうので、自発的に発言する人が減ってしまうからです。逆にブログは基本的に誰でも読める状況で、読む側が情報を取捨選択する。興味のない人・ある人の境界を設ける必要がないわけです。

 メールがだめならメッセンジャーはどうだという話がありますが、これは非常に生産性を下げてしまうと思います。チロリンと話しかけられたときにプログラムを書いていると、10分ぐらい中断されてしまって、結局なにをやっていたのか忘れてしまうといったことが起こる。メッセンジャーは同期的すぎるわけです。そこで、準非同期ぐらいでいいなと思うのはブログなんですね。

 たとえばはてなではこういう使い方をします。「うちの業務の仕方というのはこういうことを考えているので処理をお願いします」といったことをブログに書き、それを担当者のブログにトラックバックを投げます。その人は自分のブログを見たあと、自分の意思とタイミングでその業務に入るので基本的に割り込みはありません。さらにそのエントリーというのは、他人が見ようと思えば見ることができる。この、「周りもなんとなく知っている」という状況がいいんです。このおかげで、会議でもいろいろな前提を取り外していきなり本質的な議論ができていると思います。ということで、経産省のなかでブログを使う、特にはてなグループは使ってみてはいかかでしょうか(笑)。

楠:

 いま村上さんの問題意識と近藤さんの問題意識がまったく逆になっているのが面白いなと思ったんです。村上さんの話というのは、「メールは簡単にフォワードできるので、方々に情報が飛んでしまって統制がとれず、結局ものごとが動かなくなってスタンドプレイが増えた」という話をされている。近藤さんは反対に、「電子メールだとToとCcに書いた宛先にしか情報が届かない。これだと周囲で情報が共有されなくて困る。だからみんなブログを使って、読む側が情報を取りにいくプル型がいい」という話をされている。なぜこのような違いが生じたのか、と思うわけです。

楠正憲
楠正憲
 これはやはり組織のスケールの問題なんだと思います。大きい組織では、情報をむしろ共有せずにセーブすることが重要になるという話ですね。私も縦割りの会社で何万人という従業員がいるなかで仕事をしているのですが、まず組織は大きくなれば分権化しないと立ち行かないという大前提がある。すると、ひとつの大きいことをやるためのステイクホルダーはすごく増えてきます。担当する部署が増えるわけです。そしてステイクホルダーが増えると、そのステイクホルダーの誰もが「ブレーキ」をいつでもかけられるようになります。これが問題で、結局なぜ大きな組織だと情報を制限しなければならないのかというと、結局この「ブレーキ」を踏まれないための工夫なんですね。ある時点である情報をあるところに流せば、ブレーキをかけることができる。誰かの邪魔をしたければ、耳元に囁いてあげればいい。こうなってくると、情報を隠す明確なインセンティブがある。なにかの決定を大組織のなかで通したいのであれば、ブレーキをかけられてしまうタイミングでその情報がその人の耳に入らないように努力をするわけです。

鈴木健

 それはマイクロソフトの事情であって経済産業省の事情とは違うかもしれませんね(笑)。村上さん、いかがでしょうか。

村上:

 僕はむしろ近藤さんの問題意識と近いと感じる部分があります。メールの弊害は貯めることができない、見せることができない点にあるという話はそのとおりなんです。これはいいかえると、組織のなかで情報を発信するとき、新たなグループや社会属性といった個人以外を指定する形で読み手を定義することができないという問題です。個人的に知っている人にメールなりを出すことはできるけれども、そうではない場合が問題なのです。

村上敬亮
村上敬亮
 なぜ読み手の定義が問題なのか。おそらくものづくりをしている大メーカーでも同じことが起きていると思うのですが、社内のなかで情報をオペレーションするためのコードが、ものづくりの企画なり営業のルールなり、ある決められたフォーマットに落ちるものにしか落ちなくなっているからです。たとえばこうです。「あなたのいっていることは、いま売っているものの値段に関係があるのか」「それともなにか新しいオプションをつけろという話をしているのか」「それとも次世代の商品の企画の話をしているのか」と自動的に解釈され、振り分けられてしまっている。このようにソート(振り分け)できない情報はさよなら、と。ものづくりサイドでも、そのような情報をシーズとして欲しいと思っている人は潜在的にたくさんいるのに、それは伝えられないルールになってしまっている。社内のルールとしてそれを受け取るということが制度化されていないからです。

 もっと簡単にいいかえてみます。メーリングリストをたとえばイントラネットで過去ログで貯めたとする。そこを覗く権限を制限しなければいけないわけですが、「いったい誰にその権限を与えるか」というとき、いまの大組織では思考が停止してしまうんです。逆に「趣味で誰でも読めるようなグループもあってもいいよね」となった瞬間に、それはサークル活動になってしまう。すると結局、いま売ろうとしている製品にその議論を反映するというビジネスプロセスに戻ることができない。

 このように、社内でバリューのある情報をやりとりしているグループがいるのに、情報を発信している人が読み手を見つけられないという問題があります。これを解決するには、読み手をきちんと見つける文法をつくる必要がある。それを大量の人や金を動かす必要のあるものづくりやサービスにリンクさせるプロセスをデザインしないと、大企業は動けない。いま問題なのは、そこをつなぐ文法がないことなんです。

鈴木健

 総務課総括ラインという存在はそこをうまくやっていたわけですね。

村上:

 紙の時代はそうです。それをもう一回リビルドして、いまさら紙でそれを作り直すのか。それこそアナクロであって、時代のスピードに勝てなくなってしまう。ではどうするのか。中堅企業クラスのものづくり企業であれば、社長の独断で情報をソートして、ものづくりのように大量の人・金を動かす現場と、ソフト的なものをやりとりする現場とをうまく繋げているところも散見されるような気もしますが。大組織の場合、なかなかそう簡単に話は進まない。制度かでいない情報の流れをいかに制度化するか、といったようなパラドックスに陥ってしまう。

鈴木健

 なるほど。そのソートという機能を代替するものとして、予測市場は面白いのではないかと思いますね。

八田:

八田真行
八田真行
 まさに情報技術こそがその総務課総括ラインのような仕事を――さきほど「機械仕掛けの神」という言葉で表現したように――担うことはできるんじゃないか。そして組織は小さくなっていくと表現したのですが、それは不適切な表現だったかもしれません。おそらく組織の機能が分化していく結果、情報処理を担っていた部門が消えていくのではないか、と思います。つまり、必ずしも小規模にはならなくて、規模は大きくてもいいのだけれどもより単機能になるといいますか。

鈴木健

 なるほど。単機能性ということをいいかえると、こういうことですね。そもそも企業が大きくなってくると、いわゆる大企業病というのが起こる。それを解決する方法として、たとえば松下幸之助は事業部制を導入した。事業部というのは、会社のなかに小さな会社をつくるということです。最近は事業部制だけではなくて、子会社をつくるというのが非常にやりやすくなっている。ともあれ、事業部制であれ資本関係であれ、大きな会社のなかに小さな会社をたくさん抱え込む。その一個一個の会社を単機能なものにすることができる、と。

八田:

 事業部にせよ子会社にせよ、それは僕の想定する単機能とは違うんです。たとえばそれがソフトウェア企業だったとして、結局は営業・情報処理・総務・人事……という分担は含まれていますよね。そうではなくて、もっと「ハッカーが3000人いるだけの組織」というかたちに中長期的には向かうのかなと。近藤さんがGoogleの例を出して、マネージャーが使い走りをやっているという話をされていましたが、それはそういう傾向が多少あると思うんです。もちろんこれはあと5年でそうなるという話ではないんですけれども。

鈴木健

 なるほど。つまり、ものづくりの下のレベルにおいて、個々の製品は非常に小さなチームでつくることができるようになるだろう、と。

八田:

 そして村上さんや楠さんがおっしゃっていたような情報の扱う方法というのは、もちろん総務課に配属させて優秀な人を教育しないと身につかないものだったし、今後もそうなのかもしれません。しかしある部分は情報技術で置き換えられるような気がするんですよ。それが予測市場なりの方法ではないか。

トラックバック - http://ised-glocom.g.hatena.ne.jp/ised/10060821