ised議事録

10-088. 倫理研第6回:共同討議第1部(5)

ビッグイットか、ユビキタスイッツか――予測精度とプライバシーのバランス

東:

 議論を戻しましょう。ここまでの白田さんの議論は、とても積極的で魅力的だったと思います。しかし、それを実現するには統一IDシステム、いわゆる「名寄せ」のシステムが必要になる。言いかえれば、ひとつの検索キーにすべての属性情報を集中させることが必要になる。そうでなければ、行政の機械化にはあまりメリットがない。

 しかし、それは監視社会は万歳というように聞こえます。そういう風に批判するひとも出てくるでしょう。その点はいかがですか。

白田:

白田秀彰
白田秀彰
 これは私が九州大学で聞いた話なのですが、「PIDシステム」*1というものがあるそうです。どういうものかというと、個人IDは非常に長い数列で表されていて、それを部分的に切り出してサブ数列をつくり、個々のサービスにおける個人認証に用いるという方法なんですね。つまり個人はひとつのIDしか持っていないけれども、用途ごとに全部バラバラのIDで認証する、というシステムが可能だといいます。これを用いれば、リンクするとまずそうな部分を切り分けることは技術的に可能ではないか、という気がします。たとえば社会福祉と収入の部分を分離するというように、完全にひとつのシステムにリンクさせなくてもいいのではないか。

高木:

高木浩光
高木浩光
 それはつまり、辻さんの最後のスライドでいわれていた、単一のビッグイットではなく、複数に分散しているユビキタスイッツを実現する、ということですね。

白田:

 そうです。

小倉:

 密接にお金に関する部分と、他を切り分けるというのはあると思います。

白田:

 カナダ政府の個人情報データベースでは、各セクションごとに別のIDを持たせて、そのIDを統合するデータベースにはアクセスできない、という仕組みになっているそうです*2。ですから、私は完全にひとつに統合しなければならないとは考えていません。「これとこれを結合させるとまずい」というのであれば、結合させないようにする工夫は可能でしょう。

東:

 しかし、具体的にはどれを結合させるとまずいんでしょうね。収入に関する情報をあちこちに分散させたい、という人たちがけっこういるわけです。しかし、これは根拠がわからない(笑)。

白田:

 あれは基本的には脱税目的でしょう(笑)。そもそも間違った要求なんですよ。

東:

 どう考えてもそうですよね(笑)。あれは統合せざるをえない。それ以外だとなにが問題なんだろう。犯罪履歴と住所情報ですかね。

白田:

 おそらくそういうものでしょう。それもある条件によっては、住所情報と犯罪履歴を結合する場合もあると思います。それはこの場でパッと決められるような問題ではない。

東:

 さて、辻さん、ここまでの議論を受けていかがでしょうか。

辻:

 白田さんもおっしゃるように、ビッグイットを上手に運用していく方法を考えるというストーリーも描けるとは思います。しかし、そこはやはりビッグブラザー化する危険性が拭いきれないんですね。まずビッグイットに完全にまかせてしまうと暴走可能性があるわけですから、人間が介入する余地を残しておく必要があります。しかし、ビッグイットが人間の限界を超えた複雑性を処理しているとすれば、もはや人間が介入しても意味がない。人間にはまったく理解できないことを許すというのは、要するに機械の暴走を許容してしまうことになる。ですから、やはり完全にまかせてしまうわけにはいかないと思うんです。

辻大介
辻大介
 逆に、機械に完全にまかせてしまうことができないのであれば、それは人間の介入の余地を残すことになります。ですから、白田さんのおっしゃった例でいえば、独裁者がビッグイットを支配するような可能性、つまりビッグブラザーに繋がる可能性が残ってしまう。私が論じたのは、この隘路とは別の方法を取るシナリオを描けないだろうか、ということです。

東:

 リトルイットは、ビッグイットのサブシステムだと考えられませんか。ビッグイットが国家だとして、多くの行政単位が民営化し、企業によって運営されるようになれば、それはリトルイットの集合体になったといえる。

 たとえば郵便物を出すときには、郵政公社ヤマト運輸か、いろいろなオプションがあるわけですね。宅配便で信書を出してはいけないことになっていますが、実際にはかなり相補的に運用されているわけです。そのとき、もしすべて共通のIDでそれぞれのサービスを利用できるようになっていると、とても便利なわけです。たとえば、自宅近くのコンビニが郵政公社と提携していれば郵政公社で出し、ペリカン便と提携していればペリカン便で出す、しかしその利用料はすべて共通のIDで一気に引き落とされるし、転居届などのデータも共有される。それはとても便利です。

 おそらく共通IDはこのイメージだと思うんです。つまり、ひとつのIDを使って、さまざまなリトルイットのさまざまなサービスを受けられる。そのリトルイットたち、つまりリトルイッツは、それなりに競争状態にあって、どれか任意のリトルイットがインフラを独占しているような状態にあるわけではない。しかし、統一IDが実現されれば、その競争状態は顧客からは見えなくなる。インターフェイスの部分では、ほとんど同一のサービスになるわけです。

加野瀬

 たとえばナンバー・ポータビリティのようなものですね。

東:

東浩紀
東浩紀

 そうです。つまり、複数のリトルイッツと単一のビッグイットという区別は、実は本質的ではないのかもしれない。インターフェイスをかませば、ユーザーからすればそれは区別できない。インターフェイスだけがビッグイットで、本質はリトルイッツという状況は作れるのではないか。

高木:

 固有のIDを複数の場所で使っているつもりでも、技術的には異なるIDになっていて、それぞれのリトルイットたちは違うIDを処理する。その結果、それらをつきあわせて名寄せすることは不可能になっている。このようなシステムは構築可能だということです。その細分化を広げるほど、アルゴリズムによって判断できることの精度はどんどん下がってしまう。しかしその代わりに、プライバシーは上がっていくわけです。その均衡するところを探る必要があるんだと思います。

白田:

 これはまさに設計の問題ですよね。

鈴木:

 そういうことですね。

東:

 それでは、ここで休憩を挟みたいと思います。

 本当は第1部では、北田さんと鈴木健さんのおふたりからコメントをいただくはずだったのですが、議論が白熱したため北田さんからしかいただけませんでした。第2部は鈴木さんのコメントから始めたいと思います。

トラックバック - http://ised-glocom.g.hatena.ne.jp/ised/10081008