ised議事録

08-219. 設計研第5回: 共同討議 第2部(2)

組織のオープンプロセス化――鈴木健からの応答

村上:

 そこで鈴木さんの論点でいうところの二点目に繋げたいと思うんです。会議のPodCastingは面白いという話ですね。現に、はてなアイデアでどれをどうするという会議を1000人のユーザーが聞いている。この構図が公正性を担保しているように見える。ただその1000人は、おそらくその会議自体が目的というよりも、「はてなの近藤」というブランドありきで集まってきたのでしょう。そこで近藤さんが次に試みているのは、その仕組みをどうやってブレイクスルーさせるのかではないでしょうか。このあたりはどう意識されていますか。

近藤:

 はてなをやっていて、非常に価値のあるものを預かっているという意識があったんです。これは意思決定の妥当性が保障されないと長続きしない。はてなの判断プロセスをきちんと伝えていかないといけない。説明責任は相当高いんだ、という意識がありました。

近藤淳也
近藤淳也
 実際のきっかけは、誤解を受けたことにあったんです。「それはうちではやりません、ポリシーに反します」ということを書くわけですが、「本当に自分がやりたいことが伝わったのだろうか」と思うような問い合わせがきてしまう。実際は、5分も10分も社内で議論をきちんとしているんですが、まったくそれが伝わらなかった。その悔しさがあったので、全部とにかく出してしまおうというのがPodCastingのきっかけでした。

鈴木健

 ちょうど議論がPodCastingに移ったので、ここで僕のほうから「会議」の話へと持っていきたいと思います。ちょっとロングコメントのようにお話したいと思います。

 今日はスライドを用意してきました。「eXtreme Meetingと取引ネットワーク生態系」というテーマで話したいと思います。実は僕も会議について昔から考えていて、会社で2年半ぐらい働いていたことがあるのですが、まったくもって会議というのは難しいと思うわけです。特に忙しかったときは会議の効率や質がどんどん落ちてくる。その質を落とさないようにするにはどうすればいいか、というのをずっといろいろトライしてきたのですが、いまそれをひとつのコンセプトとアプリケーションに総合するということをやっているんです。それがeXtreme Meeting(エクストリーム・ミーティング。以下XMと略)なのですが、その話から拡げていきたいと思います。これは“eXtreme Programming”というプログラム開発手法があって、それをもじったものです。

 そもそも世の中の会議には非常に多くの問題があります(図:世の会議の問題)。たとえば目的が不明瞭。たとえば「この会議はそもそも何のために集まっているんだ」ということをisedの委員は誰もわかっていないという場合ですね(笑)。また議論が迷走してしまっているのに司会が制御できないという場合もあります。さらに長時間の会議の末にあいまいな結論しか出ないこともある(笑)。あるいは会議ばかりで進まないプロジェクト。高すぎる会議運営コスト。こうした諸々の問題があるわけです。

図:世の会議の問題
図:世の会議の問題



 こうした問題はツール的に解決できるのではないか。それがXMの発想なんです。たとえば会議を設定したりアジェンダを設定したりするとき、リマインダのメール送信は自動的にやってほしい。それは自動化できる。こうしたツールの支援とプラクティスの支援をまわしていくのがXMなんです。ここでXMという言葉が示しているのは、単に支援ツールというだけではありません。ツールに支援された効率的な会議のプラクティスを習得し、それを抽出してさらにツール化する。このツールは「Galapagos(ガラパゴス)」という名前をつけているのですが、これを使うことで自然にプラクティスが体得できるような、ツールとプラクティスのループができないかなと思っているんです(図:われわれのアプローチ)。


図:われわれのアプローチ
図:われわれのアプローチ


 つまりXMというのは、会議とプロジェクトを生産的にするための、実践的なプラクティスです。会議だけ生産的になっても、プロジェクトが失敗したら意味がない。両方を生産的にしないといけない。そのためのマスタープラクティスがふたつあります。

 第一に「議事録ドリヴン」ということです。議事録を作成することを目的に据えて、会議とプロジェクトを回していこうという発想ですね。「会議とはそもそも議事録を共同で作成する作業である」と再定義してしまう。たいてい会議というのはお互いの顔を見合って喧々諤々の議論をすることだと思われているけれども、XMはそうではありません。プロジェクターに議事録を投影して、みんなでこの議事録をどうするかをその場で議論する。つまりみんなで議事録をつくることを会議のゴールにしてしまうわけです。

東:

 isedは違うの?

鈴木健

 isedも議事録の公開が目的ですが、その作成過程を同時に見ているわけではないですよね。討議をしながら議事録をみんなで見て、「そこは違うよ」といいあったりはしていない。

東:

 なるほどね。

鈴木健

 第二に、その議事録に則ってプロジェクトの運営をしてしまう。議事録ありきでプロジェクトの最適化を行うというものです。このふたつの議事録ドリヴンをやるのがXMなんですね。

 このXMを具体的にあてはめてみると、どうなるか。たとえば目的が不明瞭な会議に対しては、ゴールを共有せねばいけないという話になります。その会議の目的はなにか。なにができたら会議は成功なのか。そこをきちんと共有する。議論が迷走するのはそもそもなにを話しているかがわからないことが多いからであって、皆で議事録を見ながら会議をすれば、なにを話しているかはすぐわかる。上に書いてある文章は、全部その5分前に流れたものですから、議論の流れも全部追うことができる。つまりジョイント・アテンション*1の共同抽出ができる。……すべてを紹介することはできませんが、このようなプラクティスをツールで解決しようとするのがXMなんですね。

東:

 これはどうやら、いま鈴木さんがつくっているプログラムの宣伝ですね。それと今回の議論はどう関係するのかしら?(笑)

鈴木健

 いや、いまこれは僕が開発しているソフトウェアの話なんですが、これをやっているうちに、ひとつのことがわかってきたんです。つまり、議事録を公開するのは面白いということなんですよ。ここでようやく、はてなの会議がPodCastingで公開されているという議題と繋がってくるわけです(笑)。

 どういうことか。たとえば、ある会社が議事録をガラパゴスで書く。するとすべての会議が自動的に公開することが簡単になります。そもそもプロジェクトの生産性を上げるためにやっているものですから、別にそれを公開するコストはゼロです。そうすると内部プロセスが公開されるので、安心感も向上する。疑問点が発生したときも、世界中の知恵を利用できる。たとえば議事録内のなかに質問を書いておけば、その質問を読んでくれた人がはてな人力検索などを使って答えてくれたりするかもしれない。さらに間違った判断がないか、誰でもチェック&バランスをすることができる。

 たしかにこれで会社の生産性は向上するはずなんです。ところが、ひとつ問題がある。それは他社の情報は一般に公開できないという問題です。その会議のなかにどこか他の会社の情報が入ってしまった瞬間に、その議事録は公開できない。いうなれば議事録のプロプライエタリ的な状況が生まれてしまうんですね(図:会議の公開範囲の伝播性と取引ネットワーク生態系の形成)。となると、逆にGPL的な企業というのは可能ではないか。「自社の会議を公開するため、会議が公開された会社としか取引できない」という会社ですね(笑)。このように、いわゆるGPLの伝播性のように、会議の伝播性を考えることはできないか……。

図:会議の公開範囲の伝播性と取引ネットワーク生態系の形成
図:会議の公開範囲の伝播性と取引ネットワーク生態系の形成

東:

 すごい企業ですね。かっこいいなあ(笑)。

鈴木健

 ともあれ、GPLの伝播性の強さと同じものとして、NPO的な強さができる可能性があるんじゃないかということです。もうひとつはApache的というか、「会議が公開された会社のみ関わる会議を公開する」というように、プロプライエタリとGPLの中立くらいの会議の伝播性は可能ではないか。要するにライセンスの伝播性に類するものとして、会議ライセンスの伝播性みたいなものは可能ではないか、と。

 オープンソースというのは、ソースコードのオープンですね。会議の議事録もソースなんですよ。会社の生産物ですから、それは実はソースコードなんです。だから同じことがいえるはずじゃないか。オープンソースの議論がそのまま会議にもいえたら面白い。Linuxのような会議体ができたら面白いなという話ですね。

鈴木健
鈴木健
 もうひとつは、オープンプロセスという言葉を提案したい。これは第2回の八田さんの会で、僕が「プロセスとしてのオープン」と提唱したものにあたります。

 そもそもなめらかであるということと、オープンであることは違うのかという議論がありますね。オープンソースは前から議論されていて、今日は近藤さんがオープンデータということを紹介されました。Web2.0Google APIといった話ですね。こうしたオープンデータやオープンソースと、はてなによる会議の公開は違うのではないか。それを「オープンプロセス」と呼びたいんです*2。オープンデータというのは、データのインターフェイスを定義して、そのインターフェイスを経由してデータを取得するということですね。オープンプロセスはそうではなくて、データ自体が生成されるようなコミュニケーションプロセスです。生産プロセスが可視化されて、外部に公開されて、共有化されている。そういう状態をオープンプロセスと呼んで、オープンソースやオープンデータと概念的には区別するのが今後の議論にとって有益なんじゃないかと思います。以上です。

井庭:

 オープンソースというとき、それはソースコードが公開されているだけではありませんね。重要なのは、ソースをいじって開発が次に連鎖していくことだと思うんです。

鈴木健

 オープンソースはオープンプロセスを含んでいるんです。

井庭:

 ともあれ開発プロセスが連鎖していくことが重要である、と。けれどもミーティングをオープンにするというのは、それが公開されるだけであって、その会議をいじれるわけではない。つまり公開性はあるんだけれども、それをいじれないのであれば、これはオープンソースとは違う話だと思うんです。

鈴木健

 たしかにオープンソースとは違いますね。いうなればオープンソース・プロジェクトのメーリングリストがあって、そのメーリングリストが公開されているというのに近い。

井庭:

 そこでひとつはてなが面白いのは、アイデアの募集をやっているから会議を公開する意味があるわけです。ここにコミュニケーションの連鎖を吸収するところがある。ですからオープンプロセスというとき、こうした連鎖プロセスが入っていればいいんだと思います。

井庭崇
井庭崇
 たとえば僕の大学の授業はインターネットで映像とパワーポイントを全部公開しているんです*3。全授業が無料で見ることができます。実際履修者は60人なんですが、30人は学外から見ている。さきほども会場に三重県のかたがいらして「授業を見ています」とあいさつしてくださいました。僕も知らない人が見ているということで驚いたのですが。ただ僕の場合は、授業は公開しているけれども、それが僕になにかフィードバックされて、そこからなにかを吸収してアウトプットに繋がるという連鎖は特にないんです。個人的にメールをくれる人はいますが、これは1対1の関係にすぎない。そこで近藤さんは「消費者がクレームを出す」という1対1の関係ではなくて、それを三者関係以上のネットワークにした。そこが面白いと思うんですよ。

鈴木健

 それがオープンプロセスということですね。プロセスというのは、AさんからBさんになにかをやったということを、Cさんが見るという三者関係である、と。

井庭:

 それが担保されているからこそ、意味があるわけです。

鈴木健

 いいたかったのはこういうことです。取引ネットワーク生態系というものが生まれてくると、近藤さんの行っている会議のオープン化は、単に会議を公開して生産性がアップするという以上の面白いインパクトがある可能性があるのではないか、と。

*1:註:共同の注意、共同志向。認知発達心理学の用語で、幼児期に指を指して親と同じものを同時に見ようとすることを指し、コミュニケーションの重要な要素と考えられている。

*2:註:設計研第2回: 共同討議 第1部(4):可視化という生産プロセスの革命――鈴木健からの応答

*3:註:Keio University SFC Global Campus

トラックバック - http://ised-glocom.g.hatena.ne.jp/ised/10090821