ised議事録

10-0811. 倫理研第6回:共同討議第2部(3)

個人情報を資産運用する未来

高木:

 ただ、鈴木さんの4つのWebの話はそうした議論だけではないと思います。ここでWeb 4.0とされているものは、いろいろなところで言われているアイデアでもあります。たとえばユビキタス社会はどういう設計かというとき、マイクロソフトのプロモーションビデオでもこのような話が出てきますし、Tronも同じようなことを言っているのではないかなと思うんです。しかし、それはあくまで技術的な視点の話であって、どういう方法で実現するかにすぎない。つまり各サービスを提供している民間会社ごとに個人情報を渡すけれども、どこまで渡すかは登録時に決めるのか。それともすべてのデータを自分のところに集中させて持っているのか。それはあくまで技術上の議論で、個人から見れば同じことなんです。要するに、自分で決定しないといけないという意味では同じです。若干決めやすさなどの違いはあるかもしれませんが、「そもそもそれは決められるのか?」というのが今回の議論のスタートだと思うんですよ。今日辻さんが出発した時点では、それはもはや自分で決められないという話になっていたはずなのです。

東:

 認知限界の問題ですね。

小倉:

 自分で決められるのか、ということもありますが、自分で決めていいのか、という側面もありますね。

鈴木健

鈴木健
鈴木健
 それは自分で決められる程度にしかならないと思います。

東:

 鈴木さんはそういう前提から始めているわけです。しかし、それも疑う必要があると思う。鈴木さんは、認知限界と複雑性はバランスをとっていると考えている。つまり、いまの社会は、いまの技術や制度をもって我々が自己決定できるていどにしか複雑ではないと考えている。しかし、そのバランスが壊れていると思っているからこそ、情報社会論は必要とされているのではないか。

鈴木健

 バランスが壊れているとは?

東:

 ユーザーが手元にある技術を駆使して、世界を把握しようと思ったとしても、それでは追いつかないほどに社会が複雑になっている。このアンバランスは20世紀にすでに明確だったけれど、現在はますます加速している。

鈴木健

 それは技術を駆使している人と駆使していない人がいて、技術の加速度が大きいために、ついていけない人が見たときにそう見えるだけではないか。

東:

 格差問題ということですか。

鈴木健

 そうです。だから加速度の問題で、100年とか200年経てば、加速度は変わらなくなるわけです。みんな同じような教育を受けるようになればそうなります。いまでも同じ義務教育を受けて成績は違ってくるわけですが、いずれは安定してしまう。つまり東さんのいう認知限界の問題は、実は近代の初期においても同じだよね、ということで終わってしまう議論ではないか。それは短期的な議論だと思うんです。

白田:

白田秀彰
白田秀彰
 そうだよ。その通り。

東:

 白田さんと鈴木さんは、いつのまにそんなに意気投合したの(笑)。

鈴木健

 基本的に白田さんとの考えは一緒なんです(笑)。

小倉:

小倉秀夫
小倉秀夫
 ブログで自分の情報を書くことすら嫌がっている人たちは、このライフログにどれだけの情報を書き込むのでしょうか。

高木:

 そこは自動化するのではないでしょうか。

東:

 誕生した瞬間にIDが発行され、カードが発行され、サーバー領域が与えられ、あとは自分の契約で他のサーバーと契約してもいい、というイメージでしょうね。子供が生まれたら、ライフログ・サーバーを親が与えるわけです。出生届と同じく社会的な常識になっている。

鈴木健

 僕らだって、生まれた瞬間に個人情報は登録されてしまう。それは何年前の話ですか。2000年前にはなかったでしょう。

小倉:

 しかし、それは個人が選択しているのはなくて、国が強制しているわけです。

高木:

高木浩光
高木浩光
 というよりも、利便性があれば皆さんそれを選ぶでしょう。それは国が用意するのではなく、民間のASPと契約するようになる。いま自動車で、事故が起こる何分前まで記録するようなものもあります。それが発展したようなもので、見たもの、喋ったもの、位置情報などを全部記録する。記録の時点では秘密を保って記録されていくけれども、自分の設定次第で外に出すことができる。

東:

 高木さんは、そのアクセス設定を決定できるわけがない、といっている。鈴木さんと白田さんは、いやいや決定できる、というわけです。少なくとも、決定できる奴はいるだろう、と。

鈴木健

 基本セットが10通りぐらい用意されるわけです。IE(Internet Explorer)のセキュリティ設定だってそうでしょう。

白田:

 なめらかという言葉は使いたくないんですが、いろいろなレベルがあるでしょうね。現状もそうです。一般的にはこの辺だろう、というレベルが社会通念的に定まって、それがデフォルトにはなるでしょう。ただそこからより開くか閉じるかというのは、ユーザーの選択権次第ということになるでしょう。そこから先は教育の問題です。どの社会でもそうです。いま私たちができる、できないと議論しているのは、わけのわからない教育を受けて情報システムを使うから困っているにすぎない。最初から情報システムに親和的な教育制度を与えていれば、自分でマネージメントできるようになると僕は思いますけどね。だって考えてごらんなさいな。200年ほど前の人間に、あなたの生涯賃金はいくらで、保険のリスクはいくらで、月々の掛け金が二千いくらで、などといえば頭がパンクしますよ。けれども、たいていの人はやっている。

小倉:

 いや、いまでも冷静に考えてやっている人はあまりいないでしょう。

白田:

 いない。しかし、それでも別に社会は破綻していない。それで成功する人もいれば失敗する人もいる。ライフログ化は、その位相がすこし変わるだけなんじゃないかという気がします。個人情報ライフログの運用がうまい人と下手な人がいて、うまい人が成功し、下手な人は失敗する。失敗する人がいたらどうするんだ、と言われても、現代社会の国民国家においても仕方がないという話でしかない。

鈴木健

 それ以上は、ナショナル・ミニマム(最小限度の国民生活水準)もちゃんとやりましょう、という話でしかない。

白田:

 それぐらいの話です。むしろナショナル・ミニマムが現代社会の重要な問題になっているとすれば、個人情報を運用する社会がやってくるとき、どこをナショナル・ミニマムならぬシステム・ミニマムとして強制するのか。これが議論すべきところではないでしょうか。

東:

 なるほど、資産運用ではなく個人情報の運用という発想ですね。個人情報が資産で、その資産運用をしなければいけないような時代に入る。それはたしかにありそうだ。

高木:

 しかし、さすがにこれは2015年にはとても実現しない(笑)。

東:

 個人情報の資産化そのものは、比較的速く進行するかもしれない。

白田:

白田秀彰
白田秀彰
 いまでも保険と金融的な信用は、まさに個人情報の換算であって、そういったビジネスを回すためにより精緻な個人情報の開示が必要になっているわけです。ですから、すでに現実化しているといえるでしょう。

東:

 なるほど。そのアイデアはいい。

 でもひとつ突っ込ませてください。金融や投機のシステムが複雑になればなるほど、常識的に考えて、資産運用で勝つ人間と負ける人間のあいだの格差が大きく、しかも不透明になっていくことになる。それは、才能がある人がお金を儲ける、親が金持ちだと子供も金持ちだ、といった従来の格差とは話が違う。そこにはもっと投機的で、偶然的で、不条理な要素が入ってくる。高利貸しとか株の売却益とかいうのは資本主義の本質ではあるんだけど、いまその部分が急速に肥大化していることは疑いないでしょう。つまり、金融資本主義の全面化は富の格差の性質を変えつつある。であるならば、富の配分に関して、いままでとは違った回答が必要になると思うんですよ。

 しかしいまの社会は、まだその部分に回答を出していない。だから、才能があまり変わらなくても、一方は起業してITブームに乗って売り抜けて500億入った、他方はブログで愚痴を書くばかり、とった極端な非対称性が出てきているわけです。これは歴史的に見てもかなり不安定な社会だと思うわけです。グローバルにも、富の格差はどんどん広がっている。このisedでは扱っていないけれども、それをなんとかすべしという話は、別の問題としてあると思うんです。

 しかしいまの白田さんや鈴木さんの話だと、その投機的な資産運用に個人情報も加わってくることになる。自分の人生全体を資産として管理し、さらに投機的に運用するような能力が求められるというわけです。それはおそらく、富の配分が非常に不安定な社会を生み出すのではないか。

白田:

 おっしゃるとおりです。いい突っ込みかもしれない。

東:

 たとえば、僕の発言や行動を全部デジタル化してライフログに貯めるとして、どれを公開すれば金になるのか精査したら、もしかしたらすごく儲かるかもしれない。しかし、現状ではそういうことはできないわけです。だから、ひとと会うとなんとなくあれこれ喋ってしまって、「いつのまにかどこかの雑誌で企画になっている! ひでえ!」ということがよく起きるわけです(笑)。個人情報の資産運用とは、これを細かく金にしていくということですね。

 しかし、それは本当に大丈夫なんだろうか。

鈴木健

鈴木健
鈴木健
 設定に対する効果というのは、いろいろとチューニングできるわけです。たとえば相続税を100%にする、というサブシステムで調整すればいいというように。もともと資本主義、市場主義というのは荒っぽいシステムですよね。しかし近代社会は多様なサブシステムをその周りにつくることで、全体として不安定化させない方向の力をつくってきた。つまりデフォルトのシステムは不安定化でも、サブシステムとして安定化作用をつけるというやり方があるわけです。そのサブシステムの組み合わせは無限にある。

東:

 それなら、サブシステムについても考えてみたほうがいい。

白田:

 それは大変だ。

鈴木健

 それはisedが終わったあとに、3年プロジェクトとしてやりましょう(笑)。


トラックバック - http://ised-glocom.g.hatena.ne.jp/ised/10111008