ised議事録

11-126. 設計研第6回:共同討議第1部(3)

サービス化という大きな波――鈴木健からの応答

鈴木

 前回の設計研で、近藤さんからオープンデータというお話がありました。今日はそれを引き継いだかたちで議論が展開されたと思うですが、今回は「サービス化」に関してコメントさせていただきます。

鈴木健
鈴木健
 まず背景として、いよいよサービス化がソフトウェアの世界で本格的に始まってきているということがあります。ティム・オライリーWeb 2.0 "What Is Web 2.0"*1という講演も出たことで、かなりネットの世界では幅広い影響を与え始めている。そもそもソフトウェアのサービス化という概念自体は1990年代からあったのですが、いよいよメインストリームになることを予感させる出来事が一つありました。それはビル・ゲイツウェブサービスの対応について、Microsoftの上級幹部に対してメールを出したという記事です*2。1995年にもビル・ゲイツはMicrosoftの社内に対して、インターネットというのは大きな波だ。MicrosoftはMSNのなかに閉じるのではなくて、インターネットに対応しなければいけないというメールを出し、Windows 95がリリースされる前にインターネット対応へ大きな舵を切ることをやっている。これと同じようなインパクトを今回の話は持つのではないかと思います。

 なぜこのような話になっているのか。それには、おそらくGoogleの広告ビジネスが年間6000億位の売り上げ規模になっているという話があります。利益は1500から2000億くらいあって、おそらく売り上げは数年以内に1兆円を超えるだろうといわれています*3。それに対してMicrosoftの売り上げは4兆円です*4。電通の売り上げは1兆円くらいです*5。つまり少数の大企業から、マスメディア向けの広告費を集める電通に対し、ロングテール*6の中小企業から、検索エンジン向けの広告費を集めるGoogleも、広告ビジネスの世界では侮れない存在になっている。はてなも広告ビジネスはかなり大きいと思うのですが、広告というのは侮れない存在です。

 Microsoftの話に戻しますと、ビル・ゲイツはかなり本気でサービス化をやろうとしている。たとえばOffice Live*7は将来的には本格的なものをリリースしてくると思うのですが、かなりエポックメイキングなリリースだったと思います。「ビル・ゲイツが本気である」というのは結構重要なことで、彼が素晴らしいのは10年20年前から理解してやっていながら、実際にそれを投入するタイミングの感覚が優れているところですね。もちろん何度も失敗しているケースもあるんですが、彼が舵を切ったということは、おそらく業界全体が本格的にサービス化する時代が来るのではないかと思います。

 いまのはネットサービスの話ですが、サービスはもっと汎用的な概念です。もともと経済学では財とサービスという言葉があって、財を取引するのか、サービスを取引するのか、という分け方をします。サービスとはなにかというと、要するに体験を買うことですね。たとえば食べ放題の焼肉屋。これはモノを買っているのではなくて、焼肉を食べるという体験を買っているわけです。僕も二十歳くらいのころは、焼肉をガンガン食べて得したなと思っていたわけですが、食べ終わると実は気持ち悪くなってしまって、実は体験としては失敗していた(笑)。こうやって、「モノのパラダイムでサービスを体験してはいけない」ということを体で学んでいくわけですね。

 もっと例を出します。カラオケボックスや漫画喫茶も時間単位ですが、これも体験やサービスを買っているわけです。賃貸マンションにしても、これは不動産を買うわけではなく、ある空間を月単位や年単位で借りているので、住むという体験を実は買っているわけです。また僕は行ったことはないんですが、JJ CLUB 100というところがあります。広い空間にいろいろなスポーツ施設があって、ボーリングとか卓球とかなんでもできる。時間決めで15分100円を払えばなにを遊んでもいいという制度で、これもサービスになるわけです。ADSLはどうか。最初ADSLはルーターを買っていたわけですね。ところがプロバイダーから配給されるようになりました。Yahoo BBにいたってはルーター自体を証券化しています。これはどういうことかというと、あくまでルーターはサービスとして各家庭に配られるのであって、それはあなたの所有物ではない。しかもYahooの所有物でさえない。それを証券化している別の会社の所有物であって、これを置いてサービスを提供するというかたちになっている。またsalesforce.comという会社がありまして、ここれは顧客管理のソフトウェアをサービスとして提供しているのですが、世界で唯一、大々的にASPとして成功しているといわれています*8。あとはオークションや出会い系などのマッチングサービスも、これはある意味市場ビジネスというサービスを提供している。このようにサービス化はどんどん拡大しつつあるという状況です。

 翻ってモノはどうか。たとえば米を買って食べるというのは生活のためにやっているので、あまり情報が関係している気がしない。実際にそうですね。ただし、情報をモノに憑依させる例というのは結構あります。たとえば本はそうです。本というのは、本の紙が欲しいのではなくて情報が欲しい。しかし情報だけではお金が儲からないので、本というモノに憑依させたかたちに現時点ではなっています。これはCDも同じです。ただ音楽配信サービスが始まっているわけで、モノの世界から離れつつあるわけですね。

 レストランも、よくよく考えるとあれは食べ物を単に買ってくるわけではない。同じ味のものをコンビニで食べられたとしても、あれはレストランという空間を体験しているわけです。つまりサービスを買っているわけですね。また僕は行ったことはないので東さんに連れて行ってほしいのですが(笑)、メイド喫茶もそうですね。あそこはモノを売るようにしてサービスを売っているので、風営法にひっかかるのではないかという問題になりつつある。あとは化粧品もまさにそうです。化粧品の原価はご存知とおり10円20円の世界です。もちろん研究開発費をかけているわけですが、むしろマーケティング費をかけることで、とにかく夢という情報を売っているわけですね。これも情報をモノに憑依させて売っているわけです。iPodもそうで、情報や体験を売っている。iPodのコンセプトは自分の音楽的なライフスタイルを持ち歩くというものですから、実はサービスや体験を売りたがっている。ただ、実際にはモノに憑依させて売っているし、ハードウェアの売り上げがメインになっているという話がさきほどあったわけですね。ちなみに、Windows XPというのはexperienceを略したもので*9、このサービス化にMicrosoftはまだ成功していないわけです。ドンキホーテも結構面白くて、そもそものコンセプトは、店内に入っていくといろいろと物があることなんだそうです。店内でうろうろしていること自体が楽しい。安いもの探す、冒険しているような体験を売っているわけですが、実際にはモノの販売でお金を儲けているわけです。

 ここで起きていることはなにか。それはユビキタス時代においては、万物がサービス化するかもしれないということです。たとえばデジタル録画の家電市場を見ると、日本ではハードディスク・レコーダーというモノに憑依させて売っているのですが、アメリカで流行っているTiVoはサービス化しています。これもモノとしても売っているんですが、月額いくらといった値段でサービス化している。iPodもいつこうなるか分かりません。いままでのモノの売り方の時代と、これからのサービスの売り方の時代があって、日本のハードディスク・レコーダーのビジネスモデルも世界展開できるのか、という議論もあるわけです。

 ただ、やはりモノを買わないと生きていけないものはあります。たとえば衣服や雑貨や食べ物といったモノは買う気がするわけですが、たとえばレンタル服ショップのようなものは考えられる。朝起きると、「今日あなたが着るのはこれだよ」という服がポストに届けられて、それを着て会社や学校に行く。帰ってきて放り込んでおけば、洗濯もしてくれる。雑貨もサービス化できるかもしれない。とにかく僕の部屋とかもモノが増えていって、そうすると売るしかないのですが、雑貨なんて借りちゃったほうが楽なんじゃないかと思うことがあるわけです。半年に一回家のレイアウトをしたいといっても、そのたびに雑貨を売り買いするのは面倒くさい。であれば、ものすごく膨大な雑貨の倉庫みたいなものがあって、そこで半年レンタルすればいいわけです。時々壊れたとしても、それは価格の中に入っていればいいというようなサービスは結構いけるのではないか。

 万物がサービス化するためのものとして、最近面白いものがありました。“Amazon Mechanical Turk*10というのですが、これには“artificial artificial intelligence(人工人工知能)”という副題がついています。これはどういうものかというと、たとえば小さいタスクというものがありますね。このサイトのここに出す写真を、10枚の中から選ばなければいけないといったものです。これは機械にはできない仕事であって、人間がやったほうが簡単です。そこでソフトウェアの開発者は、「誰か人間が選ぶ」という行為自体をプログラムのなかに関数として入れておく。そのタスクを7セントや10セントといった安い対価でプログラミング上に書いてしまうわけです。すると市場のマッチングが起きて、ネットワーク上の誰かが家にいながらAmazon Mechanical Turkのサイトにアクセスして、その作業をすると7セントが落ちてくる。こうしたフローをプログラムとして書いてしまうところがポイントで、人間の労働力をプログラムから読み出せるようにするわけです。いいかえれば人間の労働自体をサービスとして考えることが起きている。実はSource Exchangeというビジネスモデルがすでにオープンソースの世界にあったのですが、これを焼き直してさらに市場主義とマッチングさせたという試みとして、非常に面白いと思います。

 こういった動きも出てくると、すべてサービス化するのではないかという感じがいよいよするわけです。サービス化する世の中とはどのようなものでしょうか。これを貨幣的、経済学的なところで考えると、僕は「消費時間価値形態論」ということを昔から言っています。

 どういうことか。そもそも商品がその価格を持っているのは、昔の人は労働の蓄積であると考えたわけです。これを労働価値説といいますが、有名なのはマルクスですね。古典派にはこう考える人たちが多かった。これは現実を説明できる部分があって、なぜならみんな生きるのに必死だったからです。生きるのに必死な世の中というのは、たとえば米のような生活必需品を労働して生産すればモノが売れる時代だったわけです。ところが現代ではモノが余って、生産性が何百倍何千倍にもなった。そうなると、価格はサプライサイドではなくてディマンドサイドが決めるようになる。「セイの法則」*11が実際には崩れたのがケインズ有効需要の議論です。物の価値を決める考え方にはもうひとつあって、ある財が生産されたときの付加価値の蓄積から決まってくる、という考え方があります。たとえばADSLの料金が月2000円以下に下がらないのは、もうそれ以上コストが下がらないからです。労働時間というのは労働基準法によって定められているので、もうそれ以上落ちない。それ以上落ちるのであればもっと安くなるわけですが、絶対落ちないところが出てくる。

 そして、いまは消費時間というものが有限になっている。どの時間になにを遊ぶかを選択するのがまさしく認知限界に来ているなかで、消費時間の奪い合いが起きているわけです。こうなると、モノを買ってくれるかどうかよりも、とにかく自分のお店で何時間過ごしてくれるかを考えるようになります。過ごしてくれさえすれば、そこからお金を落とす手段なんていくらでもあるわけです。こうして消費時間を獲得する競争は情報化の世界ではますます苛烈になっています*12。なぜなら情報のコピーコストはゼロなので、情報に関してはものすごく安いコストで生産ができるわけです*13

 ここまでの流れをまとめると、おそらくモノからサービスへの転換というのは、おそらくプログラミングのパラダイムオブジェクト指向からサービス志向へ移っているという話とも関係するし、価格の決定がサプライサイドからディマンドサイドに移っていくという話とも関係する。

 そこで問題提起に入るのですが、まず既存の労働政策技術は有効に働かなくなるのではないか。これはすでに具体的に起きていて、服飾業界の製造ラインは競争が激しいので、内職はボタンを何個つけたらいくらという設定になっている。そうすると時給単価に直すと300円になったりするらしい。歩合制というのはそういう世界で、実は時給単価でさえ保障されない。情報財で生きていくのは結構苛烈な世界で、そういう人たちがどうやって生きていけばいいのかは大変な問題です。最低賃金はどうといった、いままでの労働政策が通用しなくなる可能性がある。

 二点目の問題は、サービスは自由じゃないということです。つまり、所有権は渡ってない。たとえばローンを払い続けて抵当権付きの家というのは、自分で処理できないわけですよね。

 三点目は、結局サービスというのは囲い込みになるという事実です。たとえば、「○○ブログ」で最初に書き始めたら、そのサービスからよそに移るのが結構大変だ、ということが発生するわけです。それでいいのか、という議論ですね。

 四点目は、サービス化は本当にうまくいくかというとき、人間は所有欲を持っているという点が重要になってくる。「自分がこれを持っている」ということ自体を好む、ある種の生物学的な性質が人間にはある。これがどこまで強いのかによってはサービス化が止まるかもしれません。

 そして五点目が、サービスの話が行き着いて無料化が進むと、広告で行きましょうという話になります。初期のネットバブルの前にも、広告ビジネスが盛り上がりました。しかし結局なにをやったのかというと、ベンチャーキャピタル(VC)から降りてきたお金をみんな広告費に費やすということが起きてしまった。まさに東さんがおっしゃったとおり、ネット業界の中でぐるぐるお金が回って、最終的にはなにも新しいものを生み出さなかった。VCから流れたお金が広告費に流れただけで、しかもぐるぐる回っているだけなのでネットバブルが起こった。結局広告というのは、なにか他のサービスなりモノなりに対して外在化していかないと経済が回らないわけですね。というのも、売り上げの何%しか広告に回せないのであって、広告自体が大きくなることには絶対に限界がある。

 こうしたサービス化するという流れもアリだと思うんですが、僕としてはやはり情報財情報財として売りたいという思いがあります。いま世界は完全に広告の流れへ向かっているので、これに対してそれをどうやればいいのかを考えたい。ということで、僕のコメントは終わります。



*1:註:[特集] Web 2.0ってなんだ? - CNET Japanにて邦訳されている。

*2:註:「サービス化の波に備えよ」--ビル・ゲイツによる話題のメモを全文公開 - CNET Japan

*3:註:Google Investor Relations

*4:註:MSFT Annual Report 2005

*5:註:dentsu online 投資家情報

*6:註:以下の記事を参照のこと。→梅田望夫ネット世界で利益を稼ぐ「ロングテール現象」とは何か」(『フォーサイトwebsite』新潮社)

*7:註:以下の記事を参照のこと。→「Windows Live」と「Office Live」でGoogleとYahoo!を追撃:IT Pro

*8:註:以下の記事を参照のこと。→@IT:「他社は勝負にならない」、業績好調のSalesforce.com

*9:註:以下の記事を参照のこと。→【レポート】WinHEC 2004 - WHC新コンセプトモデル公開、x64は積極サポート (1) "基本"を押さえたソリューション、スケジュールの見えないLonghorn (MYCOM PC WEB)

*10:註:Ringo's Weblog: 人工人工知能(Artificial Artificial Intelligence)

*11:註:「市場の価格メカニズムによって、需要と供給は必ず均衡する。よって、供給者(サプライサイド)は財を作れば必ず売れる」というもの。(セイの法則 - Wikipedia)このセイの法則は、市場にすべてをゆだねるべき(自由放任主義)という、古典的な経済学のドグマとなっていた。ケインズはこの法則を批判し、有効需要の原理を立て、政府による市場への介入(公共投資政策)を基礎付けた。(有効需要 - Wikipedia

*12:註:同様消費者の側の視点からは、「可処分所得から可処分時間へ」といったキーワードで理解されている。

*13:註:isedキーワード情報財」参照のこと。

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