ised議事録

12-102.倫理研第7回:小倉秀夫 講演(2)

題目:「プラグマティックに匿名/顕名問題を考える」

倫理研第7回:プラグマティックに匿名/顕名問題を考える

表現の匿名性を完全に保障することの問題点

 ここまで、表現の匿名性が守られるべきとされる状況として、政府が言論弾圧を行う場合、社会的制裁を受ける場合、内部告発をする場合という三事例を検討してきました。それでは表現の匿名性が完全に保障された場合、どのような問題があるのでしょうか。以下で検討していきたいと思います。

全能感の醸成

 まずひとつに、どんな表現活動を行っても法的な責任を負わないだけでなく、「こんな発言をすれば社会的に恥ずかしい」「評判が下がる」といった社会生活上の不利益をこうむる心配がなくなります。つまり、表現活動にともなう責任を負う必要がなくなるわけです。こうなってしまうと、「なにをやっても大丈夫だ」という神になったかごときの全能感が生まれ、他人を見下すようになります。そして、他人が自分に従うのは当然だという気分が醸成される。私が推測するに、この全能感こそが祭り炎上コメントスクラムの発生要因になっているのではないか。

 次に、言論の自由市場の担保を匿名性に置くことの問題は、匿名性が外されたときに自由な言論がやりにくくなるところにあります。そうなると、気に入らない言論を抑圧する手段として、その発言者の実名を晒すという行為が取られるようになってしまう。つまり、実名は出なければなにを発言してもよいが、実名が明るみに出てしまうと、なにをされても仕方がないというわけです。このようなコンセンサスでインターネットやブログといった部分社会ができているとすれば、論敵をその部分社会から抹殺するには実名を晒せば足りてしまう。ではどのような注意をすればいいかといえば、何人にも実名を突き止められないようにするしかない。これは現実社会での活動とリンクした発言ができなくなることを意味するわけです。実体験したことを詳細に述べれば述べるほど特定しやすくなるわけですから、これも避けねばならなくなる。

 このような社会が言論の自由市場を活性化していくに望ましいかといえば、非常に疑問です。むしろいいたいことを発言し易くするためには、匿名の陰に隠れられるようにするのではなく、いいたいことを発言しても嫌がらせを受けずに済む社会の構築を目指すほうがいいのではないでしょうか。

コメントスクラム

 さて、ブログの世界を見渡しますと、気に入らない言論があったときにコメントスクラムというかたちでその言論を抑えにくる人々がいます。彼らの特徴をどう捉えるのか。最近ekkenさんが「粘着君のガイドライン」というものをつくられていますが、それに近い話ですね。まず、彼らは相手が完全に屈服しなければ気が済まない。これはコメントスクラムにのみ関する事例ではありませんが、2005年には「のまネコ騒動*1というものがありました。この事件で見られたのは、思うとおりの行動をするまでエイベックスを許さないという態度だったといえます。エイベックス側もちょこちょこと譲歩しながら事態を収めようとしていましたが、中間時点の譲歩では気に入らず、コメントスクラムを仕掛ける側はとことん行けるとこまで行こうとした。

 次に、彼らは相手方からの反論を受けて意見を撤回することは滅多にありません。のまネコ騒動にしても、「エイベックスが脅迫された件について被害届を出していないのは自作自演の証拠だ」という見解が流れていて、私のブログのコメント欄にもそのようなことが書かれていました。しかし企業法務からすれば、被害を受けてすぐ被害届を出すというわけではありません。本気でやるならば、加害者不詳のまま刑事告発なり刑事告訴をするために弁護士に任せますから、タイムラグがどうしても生じる。だからそれは自作自演の証拠とはとてもいえない。しかしこのようなことをいっても、彼らは耳を貸さないわけです。挙句の果てに、2ちゃんねるに脅迫を書き込んだとされる輩が捕まったというのに、それでも自作自演説を撤回していない人々までいる。あるいは逮捕されたからといって、「自作自演説を唱えていましたが、間違えました」と謝罪するコメンテイターを私は見たことがありません。

 またコメントスクラムに加担する人々は、頑張って背伸びをしたり、相手を貶めたりして、相手を「見下す」ことに固執するという傾向にあります。たとえば、相手に対するネガティブなレッテル貼りをする。相手の名前をしっかり呼ばない。明らかに素人にもかかわらず、捨てハンで専門家を騙って、たとえば法律の問題ならロースクールの学生や弁護士であることを匂わせて発言する。しかし、これは内容を見れば一目で素人とわかるわけです。匿名というのは、肩書きや資格にかかわらず、その発言の内容で評価されるから善である。そう主張するにもかかわらず、自分がいざコメントを投稿するときには偽の肩書きを使おうとするわけですね。

 そしてコメントスクラムを受けたブログの行く末はどうなるか。まず、反論によって論破することは滅多に成功しません。というのも、「間違った発言をすると恥ずかしい」という概念から解放された者にとって、論破されたとして従来の主張を撤回するインセンティブは存在しないからです。また反論に時間を取られると、新しいエントリーを立ち上げる時間が取れなくなり、ブログは面白くなくなってしまう。さらにおかしなコメンテイターがコメント欄に住み着くと、まともなコメンテイターが去ってしまいます。結局、コメント欄を閉鎖するか、ブログ自体を閉鎖することになりがちなのです。

コメントスクラムを受けないためには

 それでは、コメントスクラムを受けることなくブログを維持するためには、どうすればいいのか。松田勇治さんの「ブログで自滅する人々」という一連の連載コラムでは、「勢い余ってヤンチャ話や非常識/非道徳的なことを書き込んで」*2しまわなければ、コメントスクラムなどを受けることはないといいます。しかし、はたしてそうでしょうか。2ちゃんねるや「ハブブログ」によって、その発言内容を許容できない数人に発見されれば、それをきっかけに大量の人が集まってコメントスクラムは発生します。匿名性の保証の程度が高いシステムのもとでは、コメントスクラムを仕掛ける側のリスクは小さいため、些細なことでもコメントスクラムは発生しうるのです。つまりコメントスクラムに合わないように済ますというのは、世間に後ろ指を指されないよう言動に注意するより、はるかに難しいことになる。なぜか。世間に後ろ指を指されるのを避けるためには、その人が属している世間の多数から反発を受けるような言動を回避すればいいだけです。しかしコメントスクラムに合わないようにするためには、ごくわずかの、匿名幻想ゆえの全能感を抱き、かつ特定の他人に粘着するだけの暇を持ち合わせた人々からも、反発を受けないようにしなければならないのです。これは大変なことでしょう。

 もちろん過去の実績から、コメントスクラムに襲われやすい話題と襲われにくい話題があることは一般に知られています。たとえば国籍、民族、性別といった特定の属性を有していることについて持っている「優越感」や、それを傷つける内容です。よく話題になるのは、ジェンダーフリー/反ジェンダーフリーについての攻撃や、在日に関する話題、韓国・中国・北朝鮮に関する話題ですね。これらは大量のコメントスクラムを呼びがちです。しかし、「コメントスクラムに襲われないように、襲われやすい話題を避ける」というのでは、そもそも匿名性を保障する大義名分、すなわち「世間の目を気にすることなく言いたいことが言えるようになる」という目的に反する帰結を生み出してしまいます。しかしコメントスクラムの対策をしなければ、特別に強い人以外は発言ができなくなってしまう。匿名幻想ゆえの全能感を抱き、かつ特定の他人に粘着するだけの暇を持ち合わせた、ネット右翼的な人々がわさわさ集まってしまうような発言はできなくなってしまうのです。

コメントスクラムから表現の多様性を守る:教育による解決

 こうしたコメントスクラムによって、表現の多様性は損なわれてしまうことになります。私はこのコメントスクラムを防ぐためには、私は匿名性の保障の程度を低くするしかないと考えています。ただ、それ以外に有効な方法はあるのでしょうか。2005年に話題になったものとして、総務省の「情報フロンティア研究会報告書*3というものがあります。この報告書では次のような記述が見受けられます。

「日本の社会では情報ネットワークが匿名であるという認識に基づいて色々な活動が行われているがゆえに、社会生活全般においてICTが利活用されていく活力が高まらず、社会心理的なデジタルデバイドと言うべき、サイバースペースへの忌避感が拡がっている。そのため、ある程度高度なICTを活用している層においても、その活動量、活力は、他の社会に比べて低いことも指摘されている。」(45頁)

P2P技術を使った違法なファイル交換や内部犯行による個人情報漏洩などの事件が発生していることにも表れているように、様々なセキュリティ技術が開発されたとしても、ネットワークの信頼性を高められるか否かは最終的には利用者のモラルに関わるところが大きい。

 この観点からみた場合、日本社会では、ネットワークを利用する者としての自覚が社会的に十分に形成されているとは言い難い。とくに、サイバースペースが匿名性の高い空間として認識され、極端な場合、ばれなければ何をしてもいいという安易な発想すら助長する傾向を持っている。情報化社会の若者は、膨大な情報メディア環境の中で、自分にとって必要な情報のみを取り入れるフィルターを構築し、その内向きな情報環境の中に閉じこもり、自分の領域に対する他者の侵入をできる限り排除しようとするだけでなく、相手の心に踏み込んで感情や行動に影響を与えないように距離を置く強い傾向も一部観察されている。これではICTによるネットワークが産性を活かした社会的ネットワークの拡大、更にはそれによるイノベーションの創出を促すことはできない。」(46-47頁)

「現状の問題はむしろ現実世界でいうところの躾といったものがサイバースペースに関しては何ら体系立って行われてこなかったことも大きな原因である。このような現実世界と同様のサイバースペースにおけるモラルを、利用者に定着させる取組みを行うとともに、個人がネット社会全体に貢献するために自主的・献身的にコンテンツを発信したりする部分、をうまく醸成できるような環境づくりを行う必要がある。」

「ICTにより実現されるバーチャルな環境を、現実社会と同じ感覚で活用すること、すなわち、サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と安全に交流することを自然の術として身につけるための教育が必要である。具体的には、ブログやSNSの仕組みを学校に導入することを提案する。学校の中でセキュアなネットワークを整備した上で、児童・生徒が自らのアカウントを持ち、実名でブログやSNSを用いて他の児童・生徒と交流することでネットワークへの親近感を養うとともに、ネット上での誹謗中傷やプライバシー侵害等に対する実地的な安全の守り方も同時並行的に学ぶことが重要である。」(47頁)

 この報告書が出た当初から、ネット上では総務省がなにをいわんとしているのか議論になっていました*4。これはつまり具体論としては、教育機関で「サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と安全に交流することを自然の術として身につけるための教育」を行おうというわけです。学校でブログやSNSを用いて、特定の仮名や実名を用いた議論に慣れるよう教育するというわけですね。

 しかし、そうした教育を受けた世代へとインターネットの利用主体が入れ替わるのを待っているのは迂遠ではないか。いったい何年かかるのかわからないし、いまの状況は放置するしかないのでしょうか。また教育機関でそのような教育を受けたからといって、「匿名の陰に隠れることで、自分の気に入らない言動を抹殺することが容易にできる」という現実が目の前にあったときに、どれだけの人がその誘惑に抵抗できるのか。はなはだ疑問といわざるをえません。総務省の報告書が出す処方箋は当たっていないというのが私の考えです*5

コメントスクラムから表現の多様性を守る:制度による解決

匿名表現の自由の制約

 それでは、「匿名表現の自由」を制約することはいまの日本ではできないのでしょうか。そんなことはなく、理由があればできます。その一例が公職選挙法です。選挙期間中には、次のようなものは出してはいけないと定められています。

 第一項のパンフレットおよび書籍には、その表紙に、当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の名称、頒布責任者および印刷者の氏名(法人にあつては名称)および住所並びに同項のパンフレット又は書籍である旨を表示する記号を記載しなければならない。(142条の2第4項)

 ひとつめは責任者の名前を記載せねばならないというもので、アメリカではまさにマッキンタイア事件で違憲無効とされた記述と同じものです。日本では、これが違憲という主張は一部学者が唱えているだけで、ほとんどの人は違憲無効とまでは主張していません。

 前二項の規定の適用について新聞紙又は雑誌とは、選挙運動の期間中および選挙の当日に限り、次に掲げるものをいう。(但し書き省略)

 一  次の条件を具備する新聞紙又は雑誌

 ロ 第三種郵便物の承認のあるものであること。

(148条)

 そしてもうひとつは、候補者に関する論評をしてよいのは新聞や雑誌に限るというものです。新聞や雑誌はどこが発行しているかはわかりますし、第三種郵便物は事前に登録してあります。

表現の匿名性の制約

 次に、「表現の匿名性」の保障を制約している例として、「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等および携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律」というものがあります。名前は長いのですが、要するに「携帯電話本人確認法」*6といわれるように、キャリアが携帯電話を使わせるにあたって、その利用者の本人確認をせねばならないとするものですね。

携帯音声通信事業者は、本人確認を行ったときは、速やかに、総務省令で定める方法により、本人特定事項その他の本人確認に関する事項として総務省令で定める事項に関する記録(以下「本人確認記録」という。)を作成しなければならない。(4条)

警察署長は、携帯音声通信役務の不正な利用の防止を図るため、次の各号のいずれかに該当する場合において必要があると認めるときは、当該各号に定める罪に当たる行為に係る通話可能端末設備につき役務提供契約を締結した携帯音声通信事業者に対し、国家公安委員会規則で定める方法により、当該役務提供契約に係る契約者について次条第一項に規定する事項の確認をすることを求めることができる。(8条)

プロバイダ責任法

 もうひとつ、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限および発信者情報の開示に関する法律」、いわゆるプロバイダ責任制限法というものがあります*7。しかし、いまのプロバイダ責任法には問題があります。まず開示関係役務提供者(プロバイダ、掲示板の管理人など)は、その時点で把握している範囲内で発信者の個人情報を開示すれば足り、積極的に発信者の個人情報を把握していなくとも、プロバイダ責任制限法第3条の損害賠償責任の免責は受けることができます。つまり、発信者の個人情報を取得・管理するインセンティブが発生しないんですね。有料ならまだしも、無料サービスではほとんど個人情報を管理していない状況です。

 また権利侵害情報を自動公衆送信しているサーバの管理者は、当該情報の発信者のアクセス日時とアクセス時のIPアドレスしか把握していないことが多い。すると掲示板やブログに名誉毀損の発言があった場合、開示請求者がサーバ管理者に対する発信者情報開示請求訴訟に勝訴しても、IPアドレスくらいしかわかりません。すると今度は、発信者のアクセスプロバイダに対しても発信者情報開示請求を行わなければなりません。つまり二段階の請求が必要となるので、迂遠な仕組みになっています。

 さらにIPアドレスとアクセス日時しか個人情報がつかめないとなると、権利侵害情報が公開プロキシーサー*8を介して掲示板等に投稿された場合、当該プロキシーサーバの管理者に対しても、当該情報の発信者が日本国内から当該プロキシーサーバにアクセスした日時およびそのときのIPアドレスの開示を求める必要があります。これはさらに迂遠です。また公開プロキシーサーバはアクセスログを保管していない、海外にあるといった状況から、発信者追求の道が事実上途絶える場合があります。

 またこういう問題もあります。たとえばブログ主など特定の個人を脅迫するコメントが投稿された。あるいはコピペ荒らしによってコメント欄や掲示板が機能不全に陥った。こうした場合に、発信者情報開示請求の条件である「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害された」といえるのかどうかは、実は不明確です。

 最後に判例の関係ですが、多数説では、開示請求者の側で違法性阻却事由がないことが明らかだと立証しなければならない、と解しています。そうなりますと、名誉毀損の場合、理論的には開示請求者の側はその書き込みが虚偽であることの立証まで求められることになります。これが問題なのは、「誰々にレイプされた」と書かれた場合、実際にレイプされていないことまで立証しないといけないということです。これは事実上不可能でしょう。

個別ID制度

 そもそもプロバイダ責任法の第4条は発信者情報開示に関する規定ですが、第3条はプロバイダを免責するための規定です。その趣旨というのは、過失責任がプロバイダに発生しない場合を可能な限りつくるために規定したものであると、立法担当者の報告書に出ています。この法律が制定されるまでは、過去の判例でも、違法な書き込みが発見されたときに然るべき対処をしていればプロバイダは免責されていました。あえて発見しようとする必要はないという判例が出ていたので、それを立法化したのが第3条にあたるわけです。

 ただファイルローグ事件の中間報告では、利用者の戸籍上の名称や住民票の住所など、本人確認のための情報を入力させていない場合は、仮にノーティス・アンド・テイクダウン手続*9を採用していたとしても過失責任があるとされました*10。ということは、これを取り込んで免責第3条を改正するのは、法の趣旨には合致しているといえます。つまり、プロバイダに対して、利用者の戸籍上の名称や住民票の住所等を正しく入力させている場合のみ、免責とする規定にしてもかまわないわけです。これを個別ID制度と呼んでおきます。

 しかしそうはいっても、利用者の戸籍上の名称や住民票の住所をオンラインでのみ正しく入力させるのは、現時的では難しいわけです。Yahoo BBの街角での登録のように、目の前で登録行為をさせるのであれば、本人確認書類との照合も可能でしょう。しかしそうしたオフラインでのインフラを持たない多くのプロバイダは、利用者に対して戸籍上の名称や住民票の住所などを正しく入力させることはできない。さらにこうした情報は個人情報保護法上の個人情報にあたりますから、これを取得・保有するためにはコストはかなりかかってしまう。ISPならまだしも、これを個々の掲示板管理者に求めるのは無理があるでしょう。つまり個別ID制度は現実的ではない。

共通ID制度

 そこで私が最近提唱しているのが「共通ID制度」です*11。要するに、個人情報を登録して保管するといった業務は、専門の民間業者にまかせましょうというものです。まず民間のID認証機関が、利用者の正しい氏名や住所といった本人確認情報を登録させて保有する代わりに、当該利用者に対して特定のID番号を発行し、パスワード設定を行います。そして特定電気通信役務提供者、たとえばブログサービスのプロバイダは、当該ID番号およびパスワードでアクセスしてきた利用者に限り、当該特定電気通信設備を用いた特定電気通信役務(ブログサービス)を提供します。そしてプロバイダは、当該ID認証機関との間でID情報に関する契約を締結しておきます。たとえば開示請求者からの発信者情報開示請求が法的な要件を具備していると認めたときは、当該ID認証機関に対して、「当該ID保有者の個人情報を開示請求者に開示せよ」と指示することができるようにすればよいわけです。あるいは、発信者情報開示請求の要件具備の有無の判断も、ID認証機関に委託すればいい。

 これによって提唱したいのは、自分のところで個人情報を管理していなくても、免責を認めようということなんですね。一部誤解があるようですが、この個別ID制度や共通ID制度を採用しなかったからといって、特定電気通信役務提供者に罰金を科すわけではないということです。ですので、韓国でのインターネット実名制*12とは異なります。もちろんいままでどおり、利用者を信頼し、共通ID制度を採用することなく、掲示板サービスやブログサービスを提供することも可能です。ただユーザーへの信頼を裏切られた場合には、当該事業者が連帯責任を負うだけのことです。あるいは個人情報は保管しないけれども、削除スタッフを大量に雇って問題発言をどんどん削除することも可能でしょう。違法発言は完全に放置して、確率論的に年間どの程度の損害賠償を負わされるかを見込んだうえで、使用料金を高めに設置しておくことも可能です。

 また次のような誤解もあるのですが、この個別ID制や共通ID制度を採用したからといって、必ずしも実名の表示を義務づけるわけではありません。問題のない発言をするときまで実名を表示する必要はないからです。

 この仕組みの別の使い方として、個別ID制度にせよ共通ID制度にせよ、実名および住所などの本人確認情報と結びついていますから、特定の者が短期間にいくつものIDを取得することを制限したり、複数のIDの取得を認めても、本人情報を媒介としてリンクさせたりすることが可能になります。つまり、アクセス禁止になるたびに、どんどん捨てIDを取るような「粘着君」が現れたときに、その者の投稿だけをブロックすることも技術的には可能になります。

 ただ課題として、開示請求者の権利を侵害しているとまでは言えない場合にも、個人情報の開示を認めるべきかどうかについては、私としても迷っている部分がないわけではありません。たしかに他人を批判する以上、「批判が的外れだった場合には恥を書く」という程度の責任は負って然るべきとは思います。しかしだからといって、他人を批判したとき、必ずその相手から氏名住所の開示請求を受けたら、開示するような制度にすべきだろうか。そこは考える余地があると思います。あるいはブログ主のほうで、「私は匿名者からいいかげんな批判は受けたくないので、うちのブログでコメントをしたら、氏名住所の開示請求を求める場合がありますよ」とあらかじめ宣言しておけばよい、という考え方もあるでしょう。

 ともあれこの共通ID制度が実現すれば、ファイルローグのようなP2P型のサービスもできるようになる可能性があります。これまでは利用者の住所氏名といった個人情報を集められなかったので、違法な行為に使われるのを止めることができませんでした。しかしこの共通ID制度が実現すれば、違法な利用者に簡単にアクセスすることができるようになります。そうすれば、ファイルローグのサービス運営そのものを差し止めするような正当性は薄れるでしょう。このように、いろいろな面で活用するメリットがあると考えられます。以上で終わります。


*1:註:エイベックスのまネコ問題まとめサイト-Home

*2:註:ブログで自滅する人々(第3回)~彼らはなぜ「祭られた」のか? / デジタルARENAより引用。

*3:註:総務省の研究会のページは以下→情報フロンティア研究会

*4:註:2005年に提出された総務省の情報フロンティア研究会の報告書が、「ネットの実名化(匿名性の排除)」を促進しているとして、ブログで話題になった。→ITmediaニュース:「ネットに匿名性は不可欠」――総務省「子どもはみなブログを持て! 」「子供にブログぅ?!…ブロガーたちが大ブーイング」 : 連載 ブログ利用者 急増中! : 企画・連載 : ネット&デジタル : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

*5:註:小倉秀夫氏のブログ→Annex de BENLI: 情報フロンティア研究会報告書

*6:註:以下の解説を参照のこと。→携帯電話本人確認法とは 【携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律】 ─ 意味・解説 : IT用語辞典 e-Words

*7:註:プロバイダ責任制限法関連情報Webサイト

*8:註:プロキシーサーバの解説については以下。プロキシーにはさまざまな利用目的があるが、ここでは特に匿名性目的のもの、つまりWWWサーバーのアクセスログにIPアドレスを直接残さないためのプロキシーが該当する。→CyberSyndrome : プロキシサーバ入門。また公開プロキシー(Open Proxy)については以下を参照のこと。→Open Proxy - Wikipedia

*9:註:直訳すれば、「通知と削除(取り下げ)」。以下のページを参考のこと。→>Notice & Take Down *注1著作権審議会第1小委員会専門部会(救済・罰則等関係)中間報告書 7. ノーティス・アンド・テイクダウン手続について

*10:註:「ファイルローグは合法的なサービスをやっているつもりです~日本MMO松田社長に聞く」 - INTERNET WATCH小倉秀夫の「IT法のTop Front」:ノーティス・アンド・テイクダウン手続と責任回避

*11:註:小倉氏のブログ→Annex de BENLI: プロバイダ責任制限法の改正に向けてのメモ(1)プロバイダ責任制限法の改正について(2)共通ID構想等に向けてのプロバイダ責任制限法改正案久しぶりに共通ID構想について

*12:註:韓国では、革新派のネット上の政治活動を規制するという目的などから、2000年に「通信秩序確立法」や「インターネット等級制」などが検討されてきた。玄武岩『韓国のデジタル・デモクラシー』(集英社新書、2005年)によれば、インターネット実名制が本格的に導入されたきっかけとなったのは、「民主党殺生簿」事件という、あるネットユーザーがつくった文書が怪文書として流通し、政界で思わぬ波紋を与えてしまった件にあったという(「功臣」と「逆賊」を審判するインターネット - 朝鮮日報)。これを受けて、2004年3月に「公職選挙および選挙不正防止法」が通過。選挙に関する言論を掲載するサイト(掲示板・チャットなどのサービス)は、記入する姓名と住民番号が一致しなければ意見を投稿できない仕組みを導入せねばならないと定めている。さらに2005年には、「犬糞女」事件(「インターネット実名制」導入の可否で揺れる韓国、サイバー暴力への対応案 (MYCOM PC WEB))という祭り的な現象が問題になった。こうした事件を受けて、政治活動に限らない全面的な実名制の導入に向かっているともいう。→参考:~インターネット実名制導入論議~ 掲示板書き込みも実名が必要?! - [韓国インターネット事情]All About

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