ised議事録

12-103. 倫理研第7回:共同討議第1部(1)

はじめに

東:

東浩紀
東浩紀
 議論を始める前に、すこしエピソードを話したいと思います。僕は昨日まで、Japan SocietyというNPOの招聘でアメリカに行っていました。そこで実は『ハッカーズ』の著者スティーブン・レヴィに会って、倫理研の議論や日本の状況などを話してきました。しかし、議論がかみ合うかみ合わない以前に、そもそも前提が共通していないと感じることもありました。たとえば倫理研だと、Google SuggestAmazonのレコメンデーションといったサービスが、かえって私たちの自由を奪うという前提があると思います。isedの議論の中心には、情報技術は私たちを自由にもするが不自由にもするという感覚が前提としてあった。しかし、半ば予想していたことですが、レヴィにはその前提がまったくないのです。

 情報社会は人間を自由にするけれども、だからこそ逆に不自由にもする。この逆説的な感覚というのは、私たちは無意識のうちに前提にして議論をしているけれども、いざ言語化するとなると難しいものです。「たとえばGoogle Suggestですよ」と例に出せば、分かる人は分かる。しかし、これを明確な言葉にするのは難しい。その難しさをめぐって考えてきたのが倫理研だったのではないかと思います。

 さて、本日は倫理研最後の議論に相応しく、大変具体的な提案をしていただけたと思います。「倫理研の議論は抽象的である」という印象を持たれている方が多いかもしれませんが、今日は、インターネットの環境を法的に変えてしまおう、というかなり具体的な問題提起です。もしかしたら、設計研の議論のほうに近いのかもしれません。

 前回、辻さんの回では「存在の匿名性」をめぐる議論が行われ、倫理研の抽象論は一段落つきました。今回はそれに対して、「表現の匿名性」をめぐる議論となっています。匿名性は情報社会における自由の根拠といいうるものですが、その匿名性をどれくらい保障すべきなのか、そもそも匿名性と自由は関係があるのかないのか、といった問題が議論されています。今日は、第一部では、まずこの「共通ID制度」がなにを意味するかについて議論し、続く第二部で、倫理研全7回の議論を振り返って、情報社会と自由の問題を総括しようと考えています。

 また、小倉さんは最後にひとつ面白いことをおっしゃっていました。共通ID制度を導入すれば、違法コピーも封じ込めることができるので、P2Pサービスもどんどんやれるようになるという意見です。しかし、どうでしょうか。白田さんは第2回の講演で、サイバースペースは地理的空間に足場を持たない「開放系」としての特徴を持っているとおっしゃっていました。小倉さんの提案は、その指摘のうえでいえば、サイバースベースを再び地理的空間に結びつけよういうものです。ネットのうえにも、現実の物理空間と同じコミュニケーションの条件を作る。それ以外のコミュニケーションをしたい人々には、ある程度の経済的・法的な負担をしていただきましょう、というのが小倉さんの基本的な発想だと思います。この提案は是か非か。そこも議論することになるでしょう。

 それでは、まず事実確認的な質問からどうぞ。

高木:

高木浩光
高木浩光
 簡単な確認が二点あります。これは多くの人が抱く懸念だと思うのですが、実質的にほぼすべての事業者のサービスがこの共通IDの仕組みに乗ることになってしまわないか。小倉さんは「採用しない自由もあるけれども責任を負ってください」という程度の問題だろうとおっしゃている。しかし、そうはならないのではないかと思います。

 二点目は課金の仕組みについてです。小倉さんの提案はこういうものです。匿名のまま議論したい人たちがいれば、彼らに向けた匿名サービスを提供すればいい。ただし、損害賠償のリスクを確率的に見込んだ上で、その分高めの料金を取る必要があるというわけです。ただし匿名性を保障しつつ料金を取るといっても、実際にはどう実現するのでしょう。

小倉:

 それは各ISP事業者や各ブログ事業者等が、どれだけユーザーを信頼していないのかによるのではないでしょうか。いままでは事実上被害者が泣き寝入りしていたので、ユーザーを信頼することはそれほど重要ではなかった。しかしこの制度が採用された暁には、どの程度利用者が信頼できるのかを真剣に検討しなくてはいけなくなるでしょう。そのあたりは私も読めない部分ではあります。mixi型のように、紹介されたユーザーは信頼できるというふうに考えれば、それはそうした仕組みを入れることになるでしょう。あるいは「自分のところは共通IDも何も採用しないのだ」と態度表明をしつつ、「うちの態度を心意気に感じて、変なことをしないでくれるといいな」とユーザーを信頼する業者もいるでしょう。

東:

 小倉さんの個人的な予想としてはどうなると思いますか。

小倉:

 共通IDにするか個別IDにするかといえば、これは両方でしょう。というのも、たとえばココログの場合であれば、これはニフティというISPの運営しているブログサービスですね。この場合は共通IDを使う必要はないわけです。みんなが共通IDを使うとは思いません。ただ、世の中の事業者はそれほど利用者のことを信頼してはいないと思いますね。

東:

 高木さんの2番目の質問についてはどうですか。ネット上の匿名サービスに、はたして匿名でお金を払うことはできるのか。この質問はいいポイントを突いていると思います。小倉さんの提案は、無料サービスは共通IDで実名化し、匿名サービスは管理者がリスクを負うのでそのぶん有料化するというものです。しかし、そもそもネットのサービスにお金を払うというとき、実名とリンクしている仕組みが大半です。いくらサービスは匿名といっても、お金を払うとき実名なのであれば、これは結局すべての実名化を意味するのではないのか。

小倉:

小倉秀夫
小倉秀夫
 いままでも、どこの誰であるのかが把握されずにお金を払うという仕組みがなかったわけではないと思いますが。

高木:

 たとえばなにがありますか。クレジットカードにはトレーサビリティーがありますね。

小倉:

 たとえばプリペイドカードみたいなものはどうでしょう。

高木:

 しかしICカードを使ったタイプのプリペイドカードですと、実際にはシリアルナンバーでコントロールされているものが多いんです。

小倉:

 たとえばSUICAにはお金を払うわけですが、使っている人が誰かという情報は入っていないですよね。

高木:

高木浩光
高木浩光
 そこはもうすこし突っ込んだ話をしますと、結局同じシリアルナンバーをいろいろなところで使ってしまうことで、上手く操作すれば「それが誰か」はトレースできるんです。

加野瀬:

 どこかで名前と紐付けできる入り口をつくるわけですね。

高木:

 そういうことです。

小倉:

 それはそういう使い方をするから問題なのであって、本当に匿名で発言したいという人に向けたプリペイドカードを売るのは可能でしょう。

高木:

 店頭で現金を支払ってプリペイドマネーを買い、それを使ってネットで支払う。たしかにありえない話ではありませんね。

加野瀬:

 たとえばネットゲームだと、クレジットカードの持っていない18歳以下のユーザー向けに、コンビニでカードを買ってその番号を入力させるというシステムの「ウェブマネー」があります。

小倉:

 iTunesカードもそれに近いですね。

東:

 となると高木さんの質問については、プリペイドカードを使えば大丈夫という結論になったわけですね。

 ではほかに質問は。


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