ised議事録

12-104. 倫理研第7回:共同討議第1部(2)

表現の自由」と「表現の責任」

辻:

 二点質問があります。第一に、共通ID制度というのは「表現行為に関して責任を負える主体」が前提を担っていると思われます。では、これを未成年のような「責任を負えない主体」に適応すると考えた場合、どのような運用が考えられるのでしょうか。

辻大介
辻大介
 第二に、表現の匿名性が保障されるべきひとつの場合として、小倉さんは性的マイノリティのブログという例を出されていた。そのことを告白してしまうと、私的な制裁を受ける可能性があるかもしれないという例ですね。では仮に匿名性を保障する場というものがあったとして、そこで性的マイノリティ問題とは関係のない誹謗中傷が行われたとしたらどうなるか。もしそこが共通ID制度を使っていたとすると、ある性的マイノリティが誹謗中傷を行ったことによって、実はその人が性的マイノリティであることまで串刺しに分かってしまうかもしれないわけです。

 そもそも性的マイノリティであるといっても、性的マイノリティとして発言する場合と、性的マイノリティとしてではない発言がありうるわけです。性的マイノリティとしてではない発言をして、それが誹謗中傷に該当したとする。すると共通ID制度の下では、その人がどんな他のサービスを使っていたかも分かってしまう。つまり誹謗中傷の主体が普段書いているブログも分かってしまう。そこには性的マイノリティとしての内容も書かれているかもしれません。これが問題なのは、たしかに誹謗中傷の責任は追求しなくてはいけないとしても、それとは関係のない性的マイノリティという事実について「責任のインフレーション」が起こってしまいかねない点にあります。

東:

 具体的にはこうですね。たとえば小倉さんのブログに、また例によって誰かが来たとする(笑)。そのとき、小倉さんに必要な情報は、その人が誰であるか、という情報だけです。つまり、その人間をブロックするために必要な情報さえあればいい。しかし共通ID制度では、同時にその人間がなにをしているかということ――たとえば、自分の性的志向に関するブログを開設しているとか、そういう付随的なことまで分かってしまう。これは本来小倉さんには必要のない情報ですが、共通ID制度ではそこまで分かってしまうのではないか。こういう問題ですね。

 1番目の未成年の例も面白い問題提起だと思います。小倉さんいかがでしょうか。

小倉:

 まず未成年の件についてですが、未成年でも基本的な責任は負っています。法行為能力というのは大体12,3歳くらいが基準になってきますので、中学生から高校生くらいの未成年が誹謗中傷発言を行った場合、それは法的な責任をもともと負うわけです。

加野瀬:

 実際に、掲示板の誹謗中傷で高校生が逮捕されたというのがよくあります。

小倉:

 刑事責任は13歳からです。民事的な責任の場合は年齢できっちり規定されているわけではないのですが、裁判例でみると大体そのあたりです。

辻:

 ただ12歳以下のケースも考えられると思います。あるいは、未成年でなくとも必ずしも責任を負いきれない人々はいるでしょう。そうすると、こうした人々の表現活動の自由を奪いかねないのではないかと思うんです。

東:

東浩紀
東浩紀
 たとえば、小学4年生の女の子がブログを開設したいと思った場合、いまなら親に内緒で開設できる。しかし共通ID制度を導入したとすると、おそらく親の承諾が必要になるであろう。それは子供の表現の自由を奪うことにならないか。これが辻さんの懸念されている問題でしょうか。

辻:

 そういう問題にも繋がってきますね。

小倉:

 もともと親の承諾なしでブログを開設するのは法律の範囲外です。一定の表現をするには、ブログ事業者なりプロバイダなりとの契約を結ばなくてはいけない。この契約を結ぶためには、成年でなければならない。未成年者には行為能力がないですから、もともと親の同意が必要なんです。ただ現実問題として、無料系のサービスではそこまで厳密に考えていませんから、適当に未成年でも入ることができるわけです。

東:

 なるほど。小倉さんの考え方はきわめて保守的ですね。現状でも10代前半の子供がプロバイダと契約関係を結べるわけはないのであって、したがって、未成年者がブログを開設するのはそもそも法の範囲外である。だから共通ID制度で本来の状態に戻すのは当然のことである、と。

 しかし、逆の見方もある。インターネットが出現したことによって、子供も表現の新しい自由を手に入れた。であるならば、そこまでカバーするように法律が拡大すべきだ。こうした考え方もありえますが、どうでしょう。

小倉:

 いや、いまでも親の承諾を得るのであれば、自由に発言してもかまわないんですよ。

東:

 しかし、そこで親の承諾を得るということにしたら、インターネット以前の状態に戻ってしまう。現状では法律の範囲外かもしれないが、いまなら小学生の子供でも親に内緒でブログを開設できる。そのこと自体は悪いことだと思いますか。

小倉:

 本当に大丈夫なのかな、という思いはもちろんあります。

東:

 もし、それがいいことだと思うのならば、子供が新しく手に入れた自由を守るために共通IDシステムを拡張するべきだという話になる。かたや悪いことだと思うのならば、いまの小倉さんの答えになる。

小倉:

小倉秀夫
小倉秀夫
 表現活動というのは、不可避的に他人の権利を大いに損なう危険がある行為です。責任を持たない主体がこれを行うというのが、本当にいいことなのか。そこには疑問を持たざるをえないわけです。

東:

 なるほど。要約すれば、法的に責任の主体になれない子供が表現の自由を担うことは本来できない。だから、子供が親に内緒でブログを開設するのは不可能になってもいい、というのが小倉さんの考えですね。

小倉:

 もともと他人に対して権利侵害を行った場合、子供はお金がないわけですから、その責任は事実上親が取らざるをえないわけです。

東:

 一貫した立場だと思います。以上が、辻さんの一点目の質問に対する回答ですね。二点目の串刺し問題に関してはいかがですか。

小倉:

 たとえばですが、マイノリティに属していることで自由な発言をしていた人たち向けに、共通IDを使わないコミュニティをつくればいいのではないかと思います。共通IDシステムというのは、みんなが採用しなさいというわけではなく、安全になりたかったら採用しなさいというだけの話です。だからマイノリティグループ同士がお互いに信頼しあって、匿名でコミュニケーションする空間があってもかまわない。そういうところでは共通IDは採用されないでしょう。

東:

東浩紀
東浩紀
 それはちょっとまずい答えかもしれません。その考え方でいくと、共通IDを採用しているブログにおいては、マイノリティについてのブログは次第に開設されなくなる。

小倉:

 いや、誹謗中傷等をやらなければいいわけですから。

東:

 しかし、意図的で明白な誹謗中傷の場合はいいけれども、なにが誹謗中傷であるかの判断は、実際には主観的なコンテクストに依存します。発言した本人が誹謗中傷だと思わなくても、相手は凄く激怒するといったことは結構ある。たとえば、自分としては普通に批判したつもりが、コミュニケーション作法が違ったせいで相手は激怒し、実名を公開せよとプロバイダにディスクロージャーの手続きをしてきた。その結果、自分の名前が相手に知られ、別のサービスで開設していたマイノリティ関係の話題を扱うブログの存在がバレてしまった。そのひとは自分の性的志向を隠していたので、結果としてブログを閉鎖することになった。もしこうした事件が起きたとすると、結局、マイノリティは共通IDを採用しているプロバイダからどんどん逃げていくことになる。

 それはどう思われますか。

小倉:

 いまでもマイノリティの人たちは、マイノリティであることとはまったく関係のないことで罪を犯した場合でも、その事実がばれる危険性は常にあるわけですよね。

辻:

辻大介
辻大介
 少なくとも法的に係争される場合、その本人が性的マイノリティであるかどうかは関係のないことですし、マスメディアもそのことについては報道しないでしょう。

小倉:

 しかし、いま固定ハンドルを使っているマイノリティにも同じ危険性はあります。

高木:

 マイノリティが罪を犯した場合、その罪に対していろいろと批判はあるとしても、それとマイノリティであることをリンクさせてどうこう書き立てるのはせいぜいどこかの夕刊くらいでしょうね。

高木浩光
高木浩光
 ただ、ひとつ整理しておきたいことがあります。小倉さんの発表でも言及されていましたが、共通IDを使っているからといって、常に実名表示にするわけではない。ということは、マイノリティの立場から書いているブログを仮名でやっていた場合はどうなるか。そして別の仮名を使っているときに、誹謗中傷のつもりがなくコメントしたのに激怒されてしまったとします。じゃあこれは誰だということになったとき、法律によってどこまで明かされるのかがポイントになる。もしこれが本人の住所氏名までだとすれば、これは訴訟目的のものでしょう。その実名が使っていたすべての仮名を公表する必要はない。つまり、マイノリティに関するブログをやっていたということまで串刺しにされる必然性はないはずですね。

小倉:

 共通IDでは表に表示する必要はありませんし、プロバイダごとに表に表示する名前は変えてもいい。それがプロバイダ内部で特定の共通IDとリンク付けされていれば、共通ID認証機関に照会できるというだけのことです。

東:

 なるほど。それでは他の質問はいかがでしょう。

加野瀬:

 ネットサービスというのは、基本的にユーザーを増やしたがるものです。しかし共通IDというのは、ユーザーを増やさない方向に行くシステムのような気がします。それを導入するメリットはなにかあるんでしょうか。

小倉:

 ブログ事業者それぞれの経営判断になりますね。誹謗中傷がなされたときに、自社がその金銭的な責任を負ってもかまわないと考えるところもあるでしょう。匿名で自由に発言できるようにするかわりに、会員を確保しようとするところがあってもいいんです。

加野瀬:

 しかし、いわゆる掲示板の管理人に対する裁判によって、金銭的損害を受ける可能性はあるんでしょうか。もし今後、ブログで誹謗中傷発言がされていて、その誹謗中傷発言を止めなかったのでプロバイダに責任があるという判決が下り、いざプロバイダが賠償金を払うことになった。そこではじめてブログサービス側は「このままではまずい」と感じるわけです。その判例が起きない限り、ブログサービスが共通ID制度を積極的に導入することはないんじゃないか。

小倉:

 いまのプロバイダ責任法では、ノーティスアンドテイクダウン手続きさえ履行していれば、ブログ事業者は賠償責任を免れることができます。ですからブログサービスに裁判を起こしても仕方がないし、共通ID制度を採用するメリットもないわけです。しかし、共通IDなり個別IDなりを使っていないと免責されないということになれば、誹謗中傷が起こった場合は直接ブログ事業者等に損害賠償請求をやるようになるでしょう。

高木:

 小倉さんの共通ID制度の提案というのは、プロバイダ責任法の第三条である免責条項を改正するという前提なんですよね。

東:

 それによって、いまより裁判が起こしやすくするわけですね。

加野瀬:

 それは全員採用せよという話ではなくて、「こういうデメリットが発生しますよ」という状況を設定するわけですね。それによって共通ID制度を採用するインセンティブをつくる、と。

東:

 つまり、小倉さんの提案は、共通IDを発行する会社を設立したらいいんじゃないの、という話ではない。法改正の提案であり、その点ではあるていど強制力を前提としているわけです。

 といったところで、小倉さんの提案の概要は明らかになったかと思います。それでは今日は、ロングコメントはひとりだけなのですが、白田さんにお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

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