ised議事録

12-108. 倫理研第7回:共同討議第1部(6)

コメントスクラム問題の本質

東:

 話を聞いていて思ったのですが、共通ID制度を提案するとき、コメントスクラムの例はやめたほうがいいのかもしれません。たしかに小倉さんにとってはコメントスクラムが強い動機になっているのかもしれませんが。

小倉:

 そうでもないと思います(笑)。

東:

 (笑)。いずれにせよ、コメントスクラムを防止するという目的は、やはり説得力として弱い。200件くらいコメントが殺到しても、それは我慢しようぜという話になってしまう。

加野瀬:

 たしかに、個人攻撃に対する救済措置として説明されたほうがいいかもしれませんね。

 小倉さんの発表では、「誰が」言ったのかが重視される次元もあるという議論がありました。「現実にこうだった」という事実の話と、解釈の話は別次元だろうというわけです。たとえばレイプされたというのは現実の話ですね。こうした事実の話に関しては、リアルワールドの属性とひもづけする仕組みはあっていいと思います。しかし、意見することは匿名でやってもいい。さきほど白田さんがおっしゃったのは、この解釈や意見については肩書きなしでやったほうがいいということですよね。

白田:

 肩書きがあっても、それは無視するのがルールだろうという話です。

加野瀬:

 しかし事実についての議論は、肩書きを無視して議論しても水掛け論になってしまうことがあります。

白田:

 ソースを出せという話になるね。

東:

 ところで、話が前後しますが、白田さんの匿名性の議論にはすこし異論があります。白田さんのお話はハッカー倫理を下敷きにしているのだと思いますが、ハッカーは工学者ですね。工学は動くか動かないかが問題であって、基本的に作者性があまり問われない世界です。しかし言論というのは、署名を含めてひとつのテクストになる、という厄介な性質がある。そこがエンジニアからは嫌われるところなのですが、人文系はそういう世界でここ数千年動いている。そこでは、作者の固有名が違えば、同じテクストでもまったく違う解釈を生み出すことがありうる*1。つまり、匿名の言論だけを戦わせることで、内容的に正しい言論だけが生き残るというのは、歴史的に見てかなり特殊なジャンルに限られるのです。いまでも、工学や数学や自然科学系では匿名的な言説市場が可能だとしても、人文社会系ではまず不可能でしょう。人文系においては、匿名的な言説市場で高品質のものが生き残ってきたという経験がないからです。実際には、比較対象がないので、これは検証しようがない経験知なのですが。

東浩紀
東浩紀
 いずれにせよ、白田さんのいうオルタナティブとしての匿名空間というのは、存在することはもちろん重要ですが、かといって匿名性を保障したほうが正しいものが生き残るとまで言うのは、言い過ぎかもしれないと思います。むしろ、歴史的に見ると、匿名のテクストは単純にテクストとして弱い。誰が書いたということまで含めて、はじめて巨大な解釈の枠組みができるわけで、そこで生き残ったものこそ次世代の新しい知を用意する。少なくとも、私たちの言論の自由は、そういう連鎖のうえで組み立てられている。

白田:

 つまり人文系の思想の自由市場では、実は「勝った者が正義」ということですね。「正義が勝つ」ではない。さまざまなパワーを用いて勝ったものが正義となり、私達の社会を形作ってきた。これが思想の自由主義のリアリティなのである、と。

加野瀬:

 白田さんのおっしゃっているパワーゲームに引き付けていえば、小倉さんは内部告発を例に議論しているけれども、おそらく人々は匿名による「外部告発」こそがしたいのではないかと思うんです。のまネコ問題やパクリ問題が分かりやすい例ですよね。こうした不正義を追求するときの方法論として、匿名性を担保したいというニーズがあると思うんです。企業にとっては外部告発としての匿名性が一番嫌がることですから、それは封じたいと思うでしょう。

東:

 なるほど。小倉さん、外部告発についてはどうですか。

小倉:

 のまネコ論争は典型的ですが、著作権侵害ということで議論が湧き上がり、それにたいして私は「著作権侵害ではない」という言論を出していました。匿名の人たちは、間違っていても意見を撤回するインセンティブがないので、同じ意見をずっと言い続けます。結局、法律問題として著作権侵害があるかどうかに関わらず、「とにかくエイベックスのまネコを使うのを撤回せよ」ということで電突を仕掛けたりする。それはどうかなと思います。

東:

 さきほどから聞いていると、小倉さんの主張は、言論の自由の問題ではなく、別の枠組みで捉えたほうがいいという感じがします。たとえば、自宅の前に街宣車が来るから、これを取り締まってもらいたいという問題があるとして、それに近いイメージでブログを見ている。街宣車が集まって、ある一人が引っ越さざるを得ない状況になってしまった。これと同じことが情報空間で起こっているんだよ、という話です。たしかに街宣車は物理空間上であれば取り締まることができます。しかし、これは言論の自由とは別の枠組みで取り締まっているわけです。小倉さんの話は言論の自由の話ではない。むしろ騒音問題に近い(笑)。そう考えれば、確かに小倉さんの問題提起は納得できますね。

小倉:

 ですから別にこの共通ID制度の仕組みにこだわっているわけではないんです。他に選択可能で実行的なものがあれば、それはそれでかまわない。

加野瀬:

 コメント欄に関しては、止めるなりなんなりできるわけですよね。

高木:

高木浩光
高木浩光
 小倉さんの提案は法改正を含むものですが、それ以外の選択肢として、質の低い言論を自律的に排除するという方向性があると思います。そこでオルタナティブな選択肢として、場の信頼性を読み手が判断するというリテラシーを持つのはどうですか。以前はあまり理解されていなかったと思うのですが、2ちゃんねるの実践によってかなり理解が広まったと思うんですね。完全匿名にすると、2ちゃんねるのようになにが起こるかわからない。しかし多くの人は、「あそこは2ちゃんねるだから」という前提のもとで読んでいる。その前提の上で、質の低い言論も高い言論もごちゃまぜに入っているわけです。

 倫理研の第1回で、2ちゃんねるで告発的なことをやるのは私自身も限界があると感じると述べました*2。あくまで2ちゃんねるはきっかけであって、信頼ある報道機関なり個人なりが検証し、もう一度書き直しをすることで、やっと多くの人が信じ始めるという構造があるべきだと思います。もしそれがそうではなく、2ちゃんねるに書いてあった内容がいきなり信じられるとしたらこれは問題でしょう。簡潔に言えば、誹謗中傷が2ちゃんねるで行われていようと、「ここは2ちゃんねるだからね」とみんなが思っていればいいのではないか。これではダメなのでしょうか。

小倉:

 それが2ちゃんねるの内側で留まっていればよかったんですが。

高木:

 そうですね。あと一点付け加えると、生まれたときから2ちゃんねるが当然だと思って育ってしまうと、これはこれでなにが起こるのか。ちょっと怖いですね。

小倉:

小倉秀夫
小倉秀夫
 いまは2ちゃんねる的なメンタリティがブログ空間に浸出しているわけです。しかし、「ここは2ちゃんねるだからね」というリテラシーを持った人たちばかりがいるわけではない。

高木:

 ただブログの世界というのは、「ブログ主とコメント欄」というよりは、それぞれのブログが独立して存在するわけです。まったく名の知られていないブログは、なにを書いていようが目立たない一輪の花のような状態であって、読者数が一日2,3人であればそれだけのことでしかない。急にどっかからパッとリンクされて、一日に一万人が殺到したとしても、その一万人の人が評価できると思えば本当に評価できるのでしょう。そうは思わないのであれば、それはそうなのでしょう。そこになにか問題はあるのでしょうか。

小倉:

 ただ、その種の誹謗中傷系といいますか、2ちゃんねる的なメンタリティのブログというのは結構アクセス数多いんですよね。

東:

 そろそろ第一部を締めたいと思います。最後に北田さんいかがでしょう。

北田:

北田暁大
北田暁大
 要するに、小倉さんの提案する法改正をした場合、言論の自由市場はより豊かなものになるのかどうか。ここにかかっていると思うんです。白田さんは質の高低は事前に決められないとおっしゃっていましたが、おそらくID制度を導入しても、言論の自由市場の質はあまり変わらないのではないか。結局、リアルワールドの属性とのリンクが法的に義務付けられるだけではないかという気がします。

小倉:

 開示するかどうかの基準を変えないとすれば、違法行為をした人だけが情報開示をされますから、究極的にはその部分が減るだけですね。

北田:

 いま粘着とされている人たちで、違法行為まで及んでいるケースは大変に少数ではないかという気がするんです。事実問題として。

小倉:

 ただ最近だと、右翼が嫌う発言をしたとき「右翼に告げ口をして歩けないようにしてやる」といったことをコメント欄に書く人もいます。おそらくこうした書き込みは、共通ID制度なりを入れれば減っていくのかなと思います。

 またコメント欄の閉鎖についていえば、「このIDだけコメントできないようにする」というふうにすれば、コメント欄をすべて閉じなくてもいいんです。それだけでもかなり違ってくるのではないかと思います。はてなも捨てアカウントの作成ができてしまうのが問題で、そうしなければいいと思うんですが。

東:

 といったところで、小倉さんの提案をひとつの鏡として、みなさんのネット観や自由観がかなり照らし出されたのではないかと思います。ではここで、第一部を終え、休憩に入りましょう。



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