ised議事録

12-109. 倫理研第7回:共同討議第2部(1)

日本の情報社会の特殊性を考える

東:

 長かった倫理研も、あと一時間で終わりとなります。前半の議論を引き継ぎつつ、ここでは全体のまとめをしたいと思います。

 さて、倫理研はこれまでかなり一貫した議論を行ってきました。それはこのようなものでした。情報技術は、新しいコミュニケーションの空間を生み出した。では、その空間にはどのような特徴があるのか。それを生産的なものにするためには、どのような条件をつくりだすべきか。そもそもそれは生産的になりうるのか。そのような議論を倫理研は行ってきたと思います。僕の言葉で言えば、情報時代のコミュニケーションの「環境」について考えよう、というのが倫理研の中心だったと思うのです。自由、匿名性、責任といったテーマは、そのような大きな問題意識のうえにありました。

東浩紀
東浩紀
 そして、そのひとつの基調低音になったのが、北田さんが第3回の講演であり、そこで指摘された「繋がりの社会性」だと思います。これはいいコンセプトです。僕たちがいま問題にしているコメントスクラムの背景にも、この繋がりの社会性がある。僕たちがコメントスクラムを問題にしているのは、コメントスクラムは議論の内容に関するコメントではなく、繋がりだけを求める形式的なコミュニケーションだと直感的に分かっているからですね。

 さて、最初に触れましたが、僕はこの冬にニューヨークに行ってきました。そこで実感したのですが、この「繋がりの社会性」をアメリカ人に説明するのはなかなか難しい。たとえば、ハーバード大学のバークマンセンター*1で、「Global Voices Online」というプロジェクトの代表と一時間ほど話をしてきました。Global Voice Onlineは、その名のとおり、ブログによって世界中の人々の発言をエンパワーメントをする組織です。もし、そんな彼らに今日の共通IDをめぐる議論をぶつけたら、「抑圧されている人間が声を持ちたいと思ったときにどうするんだ。反論の機会を奪うことにはならないか」という意見が返ってくるのは目に見えています。彼らは、繋がりの社会性的なコメントスクラムを想定していないんですね。ただ、Global Voice Onlineの訪問では、繋がりの社会性動物化の問題は面白い、アメリカでもそういう動きはある、という反応もありました。これからは繋がりの社会性が世界的な問題になるのかもしれない。

 また別の話になりますが、ニューヨークを訪問したのは、嫌韓の記事がニューヨークタイムズの一面に載った*2直後でした。ですから、「嫌韓というのがヤバイらしいですね」と聞いてくるひとが何人かいました。たしかにヤバイ(笑)。ヤバイのですが、彼らと我々では、同じ「ヤバイ」でも意味が違うわけです。僕は、サイバーカスケード繋がりの社会性―― connection-oriented sociality と英訳しましたが――が、嫌韓の背景にあると説明してきました。しかし外国から見ると、それは単なるヘイトスピーチです。「日本には韓国を嫌う人間がこんなに大勢いるのか。とんでもない」という話になってしまう。このように、形式的な繋がりが内容の主張として受け止められてしまうわけです。僕たちは、今後そういう誤解を解いていく必要がある。そしてそれは、他方では、倫理研の議論が、今後は日本のこの特殊な条件を世界に開いていくようなかたちで発展しなければならないことを意味しています。

 もうひとつ、別の補助線を引いておきましょう。isedではmixiが長いこと話題になり続けてました。この倫理研開催の短い間に、mixiのユーザー数は100万人を超え200万人にまで到達しました。2ちゃんねるのページビューと比較しても、mixiは何倍にもなっています*3。米国の大手SNSであるFriendStar(フレンドスター)のユーザー数は、mixiの5倍存在するらしい*4。手元の資料によると、アメリカの大手SNSであるFriendStar(フレンドスター)のユーザー数はmixiの5倍、しかしページビューで見ると2倍の差しかありません。つ日本のmixiのユーザーは、世界のSNSと比べてもとても頻繁にページを更新している。この数字は、日本における繋がりの社会性の重要性を意味しています。

 僕たちは、そういった環境のなか、合理的な討議空間を再構築するにはどうすればいいのか、はたしてそれは可能なのか、を議論し続けてきました。日本の情報社会が今後どういう方向に発展するのか分かりませんが、ここまでの議論は必ず参照されることと思います。

 といったところで、残り一時間、いままでの議論を受けたうえで、繋がりの社会性が蔓延するコメントスクラムばかりの世界のなかで、それではネットワーク上のコミュニケーションを再構築するにはどうすればいいのか、をあらためて考えてみたいと思います。


白田:

 繋がりの社会性が蔓延してしまったネットワーク空間において、どのようにしたらメッセージの中身について議論する環境を構築できるかということですね。

 そうです。これだけ自由な言論空間を手に入れたにもかかわらず、どうもくだらない中身になってしまう傾向がきわめて強い。北田さんは、それはCMCの本質だとまで言ってしまった。こういう状態において、どんなアイディアがあるのか。小倉さんのアイディアは明確です。共通IDを導入する。みんな実名にすればよくなる。それもひとつの回答だと思います。

 北田さん、いかがでしょうか。

北田:

 私も最近ソウル大学との共同遠隔講義*5があって、ちょうど東さんと同じようなことを感じました。以前書いた2ちゃんねる論を少々いじって話をしたのですが、嫌韓厨の話がどうしても出ざるを得なかった。結果的には「日本の若い人たちの間で、これだけ韓国嫌いが広まっているのか」という内容定位型の反応しか返ってきませんでした。語学力の問題もありますが、繋がりの社会性のような文脈はなかなか伝えられないと改めて感じたんですね。ただ詳しく話してみると、韓国にも似たような傾向はあるようです。多かれ少なかれ、そういった傾向は日本だけのものではない。日本の場合はなぜそんなにナショナリスティックな方向にいくときに盛り上がるのだろうかという疑問は残りますが、それは日本に特殊な現象でもないようです。

北田暁大
北田暁大
 さて、どうしたらネットコミュニケーションの質はよくなるのか。何度かisedでも議論になりましたが、私としては、小倉さんの想定するIDを辿ることができるコミュニティもあれば、そうでない空間もあるといった多元主義でやっていくしかなかろうと思います。全体としての言論の自由市場とはこうあるべき、というかたちでシステムをつくっていくのは不可能ではないか。あるいは共通ID制度のような仕組みを入れるとしても、「なんとなくコメントスクラムがあって不愉快だ」というのでは、ネット全体に共通ID制度を導入する強い理由にはならないような気がします。まして法律でそれを明示するのは難しいでしょう。結局のところ、改めて多元主義的な様々な空間に耐えていくしかないのかなと思っております。非常に私らしい回答で申し訳ありません(笑)。

東:

 たしかに北田さんらしい結論ですね(笑)。耐えていくというのは、具体的にはリテラシーを高めるということでしょうか。

北田:

 リテラシーが高まるようなところがあってもいいし、ゴミ溜めのようなところがあってもいい。それはそういう人たちなんだと受け止めるしかないような気がします。

東:

 多様性の受容をまず第一に考えるべきだ、と。

 ところで、リテラシーを高めるという観点から見ても、嫌韓厨の現象は面白いと思うんです。嫌韓そのものはカスケーディング現象です。しかし、日本国内でも、世代によってはcontent oriented(内容志向的)なコミュニケーションしか知りませんから、これを内容として捉えてしまう。たとえば右寄りの雑誌は、形式ではなく内容として嫌韓現象を見ます。アメリカや韓国から見たら当然そう見える。つまり、繋がりの社会性として生み出された結果が、まったく別の文脈からは単に内容として見られてしまい、大きな社会問題を起こしてしまう。こういう誤解は国内でも国外でも起きています。おそらく今後もこういう現象は起きてくるでしょう。そのときには、こうした現象のティピカル(典型的)なものとして、嫌韓の問題は位置づけられると思います。

 これを阻止するためにはリテラシーの向上が役立つ。それはそうですが、と韓国やアメリカの人に対して2ちゃんねるリテラシーを高めろといっても仕方がない(笑)。この問題についてはどう思われますか。

北田:

 東さんがおっしゃったことは、現実に起きているわけですね。高齢者向けの保守系メディアと、2ちゃんねる的なノリというものが、ほとんど利害は一致していないにも関わらず、なんとなく結びついてしまっているわけです。そのとき外に向けて2ちゃんねる的なリテラシーを持って覗いてくださいというのは、どう考えても無理な話です。教育したり説明したりして伝わるものでもないと思いますし、致し方がない。ただ、これがコンテンツに定位したまま伝わってしまうのは問題です。韓国やアメリカといった外部はそうとしか受け止めてくれないのであれば、その説明責任はどんな人が負っていくのでしょうか。

東:

 誰かが説明しないとまずい。北田さんにも担っていただきたいものです(笑)。

 ただ、たとえ説明したとしても完全に伝えるのは難しいでしょうね。北田さんや僕の本が翻訳され、それ以前の日本の消費社会の特徴が知られているのであれば、まだ説明できるかもしれませんが、現状では完全に何の手がかりもない。そこで、よくも出来ない英語で30分以内に説明しろといわれても無理な話です。とはいえ、嫌韓はいまや国際的な問題だし、これからこういう現象は次々に起きるだろうという感覚もある。繋がりの社会性の現れが別の文脈に移植されてしまうといった問題は、今後も頻発するに違いない。そのとき、どうすればいいのか。国内に限れば、保守系雑誌のリテラシーを高めればいいだけなのかもしれない。しかし、ネットは世界中に繋がっている。それだけでは限界があるわけです。

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