ised議事録

01-142.設計研第7回:鈴木健 講演(2)

題目:「なめらかな社会の距離設計」

設計研第7回:なめらかな社会の距離設計

3. なめらかなメッセージング

 それではまず「なめらかなメッセージング」についてです。オフェンシブなものとして「SNSRSSリーダー」を、そしてディフェンシブなものとして「議事録の公開」というシステムをそれぞれ紹介しようと思います。オフェンシブというのは、誰が情報を受け取るかに関わらず、自分から情報を発信するということです。それに対してディフェンシブというのは、「この情報は読まれたくない」といったように、情報のアクセス範囲を設定することを指します。まず最初に、前者のSNSRSSリーダーである「STN(Social Trust Network)」から紹介していきたいと思います。

STN:SNSRSSリーダー

 そもそもインターネットが期待されていた背景には、「マスメディアによるメディアの独占を崩壊させ、多様な個人が世界中の人々とコミュニケーションする」というストーリーがありました。インターネット上で個人が容易に世界中に情報発信し、世界中の情報にアクセスする。このようにインターネットは想像されていたけれども、残念ながらこの理想にはまだ程遠いといえます。というのも、倫理研でも議論されていたように、人間には認知限界があるからです。情報過多に関する人間の情報処理能力は限られており、結局情報をフィルタリングをする必要が出てくるわけです。

 この認知限界によって3つの問題が具体的には発生しています。1)マスメディア化、2)たこつぼ化、3)SPAM化です。

 1)マスメディア化というのは、要するにインターネットのグローバルランキングがあったとき、その1位や2位がマスメディア化していくという現象を指します。たとえばGoogleやYahooのことですね。これはどのメディアでも結局起きてしまうことなのかもしれません。水越伸さんのラジオ史の研究によれば、ラジオは当初無線愛好家たちの――インターネットの言葉を使えばPeer to Peer的な――相互通信ツールだったのに、次第に発信機が取り除かれ、一方通行的なマスメディアになってしまったといいます。おそらく同様に、インターネットも100年後にはマスメディアになってしまうのではないかと危惧されるわけです。

 2)たこつぼ化というのは、自分が興味を持ちうる閉じられた範囲――偏ったテーマ、ある限定されたコミュニティ、自分の周囲の情報源――でのコミュニケーションしかしなくなってしまうという現象です。このメーリングリストやこのコミュニティの情報だけは沢山聞くけれども、その外の情報は一切聞かなくなってしまうことで、その人の情報の多様性は衰退していってしまうわけです。

 3)この「たこつぼ状態」に置かれた人に、境界の外側から情報を投げ込むとどうなるか。だいたいその人にとっては面白みのない、有益でない情報として受け止められるでしょう。これがSPAM化ですね。

 これら3つの問題が起きてしまうのはなぜか。その根本的な原因は、コミュニケーションの範囲が「内か外か」でデジタルに切り分けられてしまうところにあります。そこでこの問題を解決するために考えたのが、「なめらかなメッセージング」というものです。その基本的な発想は、デジタル的な距離ではなく、アナログ的な(=なめからな)距離を導入するというものになります。


図:STNが実現するなめらかなメッセージング
図:STNが実現するなめらかなメッセージング

 もうすこし具体的に説明します。皆さんもそうだと思うのですが、「センスが合う」と思っている知人友人にはセンスの判断を多少なりとも委ねているものですね。そしてその「センスの合う友人」には、「さらにその友人がセンスの合うと思う人」がいる。STNでは、こうした自分とセンスが会う知人友人のネットワークを通じて、自分にとってセンスの合う情報だけが自分に届いてくるというモデルを採用しています(図:STNを実現するマグネットモデル)。

図:STNを実現するマグネットモデル
図:STNを実現するマグネットモデル

 このようなモデルに沿って、STNというSNSRSSリーダーを開発しています。下のキャプチャを見てください(図:STN)。まずSTNでは、SNSのように「この人の情報選択センスは信頼がおける」という友人を登録します。そしてこの信頼を置いた友人を経由して、RSSリーダーに情報が入ってくるという仕組みになっています。たとえばキャプチャの一番上の記事には、「by太郎→花子→あなた」と表示されていますが、これは太郎さんと花子さんを経由してこの記事が伝播されていることを意味しています。自分が信頼を置いている花子さんという友人がいて、その花子さんの信頼を置いている友人が太郎さんというわけです。この例は2ホップですが、この信頼関係の連鎖が続くかぎり、何ホップ先からでも情報が飛んでくるようにSTNは設計されています。

 STNは、先に挙げた3つの問題に関して、次のような改善をもたらします。第一に、マスメディア化の問題については、SNSというアーキテクチャが採用されている時点で解決されているといえます。というのも、SNSでは誰もが自分を中心にした視点から情報を得るからです。

 いまSTNはアルファ版のテスト中なのですが、STNは実際にどの程度の効果を挙げているのでしょうか。STNのある任意の記事について、ユーザーごとの新着リストランキングにおける順位を調べてみると、かなりの程度分散していることがわかります(図:マスメディア化の解決)。

図:マスメディア化の解決
図:マスメディア化の解決

 第二に、たこつぼ化の問題について。たこつぼ化とは、いいかえれば「1ホップ先の友達のブログしか読まない」あるいは「自分の所属しているコミュニティの新着情報しか受け取らない」ということです。これに対して、STNは2ホップ以上先からも情報を引っ張ってくることで、たこつぼ状態を防ぐことができます。

 STNでは数ホップ先から情報が伝播してくるわけですが、その記事が実際に読まれているのであれば、たこつぼ化していないといえます。アルファテストによると、3ホップ先まで読まれていることがわかります(図:たこつぼ化の解決)。今後もっとチューニングを重ねることで、4ホップ5ホップ先まで読まれるようにしていきたいと思っています。


図:たこつぼ化の解決
図:たこつぼ化の解決

 第三に、SPAM化の問題について。SNSに次々と知り合い程度の友人を追加してしまうと、これはたいていSPAM化します。というのも、友人の友人、友人の友人の友人……と、2ホップ3ホップ先の友人のブログが新着リストに入ってきても、あまり面白くないことが多いからです。結局、2ホップ以上先はノイズと化してしまうわけです。

アルファテストによれば、STNのユーザーは、3ホップ先までは、ある程度満足していることがわかります。(図:SPAM化の解決)。ただし、4ホップを超えたあたりから、急激に満足度が低下していることもわかります。

図:SPAM化の解決
図:SPAM化の解決

eXtremeMeeting/Galapagos:会議支援ツール

 こうした実験と検証から、オフェンシブな情報発信についてはかなり状況を改善できる――つまり、「なめらか」にできる――という手ごたえを感じています。しかし難しいのは、ディフェンシブな方です。ディフェンシブとは、ブログのように「不特定多数に向かって情報を自分から発信する」というオフェンシブなものとは異なり、「この情報は読まれたくない」といった範囲を設定するようなものを指します。そこでいま僕が作っているのは、設計研の第5回でも触れた会議支援ツールです。次にこのツールの紹介と、その開発途上で行き詰った問題について議論したいと思います。

 世の会議というものは、おおかた次のような問題を抱えています。まず、会議に出席する誰もがその会議の目的をわかっていない。目的が不明瞭なので、議論は当然迷走する。すると会議は長時間に及び、非常に疲れてしまう。疲れるので早く終わらせようとする結果、「じゃ、そういうことで」なんていいながら曖昧に終わらせてしまう(笑)。「そういうこと」ってなんだよ、という話になりがちですね。次の会議のときには、各自「そういうこと」の中身を共有できていないので、また始めからやり直しになってしまうわけです。あるいは「これこれこういうことをやろう」と決定するんだけれども、誰がいつまでにやるのかが曖昧になったまま、ずるずると半年後に「あれどうなったけ」なんて声が聞こえてくる。こうした会議にありがちな諸問題を解決するために、Extreme Meeting(XM)というプラクティスと、Galapagosという支援ツールを開発しています*1

 これはどういうものかというと、会議中にプロジェクタで議事録を投影し、会議をしながらその議事録を作成してしまうというものです。会議が終わったときには、議事録も完成しているわけです。また議事録の作成ツールの機能として、発言内容を色分けすることで「それは意見なのか、結論なのか」が一目瞭然で分かるようになったり、ToDoとして議事録に書き込んだ情報は自動でリマインドしたりするように設計されています。

 XMとGalapagosがうまくまわるようになると、会議のたび自動的に議事録が生産されるので、大量の議事録が溜まっていくことになります。でも、ただ社内に蓄積されるだけではもったいない。そこでこの大量の議事録を、社外に公開できれば面白いんじゃないかと思ったんですね。たとえば次のようなメリットが考えられます。議事録を社外に公開すれば、内部プロセスが公開されることになるので、安心感を向上させることが期待できます。これははてなで近藤さんが実践されていることですね。また社内でなにか問題や疑問点が発生したときに、世界中の人々が知恵を貸してくれるかもしれない。それこそはてな人力検索のようなイメージです。さらに、議事録のチェックやアドバイスをもらうことで、誤った判断を修正できるかもしれない。こうしたことはインターネットの世界では普通に行われていることなのですが、当然ながら企業で実践するのは難しいものです。というのも、そもそも会社の仕事というのは外部に公開できないからです。「そんなの当たり前じゃないか」と言われてしまいそうですが(笑)。

 会社の議事録であっても、本当は「これくらいだったら公開してもいいな」という範囲があったりもします。しかし、議事録というのは、ほんのすこしでも非公開情報が含まれていると、社内のごく限られた範囲でしか共有できなくなってしまうんですね。もし「うちの会社の議事録はすべて公開します」と宣言する会社があったとしたら、その会社は同じような「議事録すべて公開」の会社としか取引できないでしょう。しかし、そんな企業はありえません。もし議事録をすべて公開するような企業と取引すれば、自分の会社の情報を漏らされてしまうことを意味する。そんな企業と取引する酔狂な企業は存在しないでしょう。とかく企業というのは非公開情報の多い組織で、ミーティングではまずNDA(Non-Disclosure Agreement)を結ぶところから始めるのが通例ですから、NPOならばまだしも、企業間で議事録の公開・共有するというのは難しいわけですね。

 ここで整理してみます(図:会議の公開範囲の伝播性と取引ネットワーク生態系の形成)。通常、企業は議事録を全部非公開にしています。これは会社の内側と外側を明確に区別しているということ、つまり、先の言葉を使えば「ステップ」の状態です。では会社が議事録をすべて公開することができるかというと、これはありえないわけです。これは一切内と外を分ける垣根をつくらない、いわば「フラット」な状態です。そこで僕が考えたいのは、全部非公開にするのでもなく、全部公開するのでもない、ちょうど中間にあたる「なめらか」な議事録公開のあり方を模索できないかということです。これを僕はソフトウェア・ライセンスをもじって「Apache的」と名づけているのですが*2、ともかくこの部分は難しくて、行き詰ってしまったんですね。つまり、ディフェンシブなメッセージングをなめらかにするのは難しいという結論です。ちなみに僕は、これを本当に実現するためには、契約という概念そのものをなめらかにする必要があると考えています。この点については、後述する社会契約の議論に繋がると思います。


図:会議の公開範囲の伝播性と取引ネットワーク生態系の形成
図:会議の公開範囲の伝播性と取引ネットワーク生態系の形成


*1:註:XM/Galapagos

*2:註:ここでApacheライセンスと対比されているのは、ストールマンの作成したGNUライセンスである。GNUライセンスは、鈴木健の言葉を使えば「フラット(=全部公開)」に相当するもので、ソフトウェアの自由な利用(改変や再配布)を認めると同時に、そのソフトウェアに改変を施した派生物を公開する際には、再びまたGNUライセンスを採用することを義務付けている。この「コピーレフト」と呼ばれる特徴によって、ストールマンは、ソフトウェアが独占的(プロプライエタリ)な状態に移行することを回避し、自由な状態で共有され続けることを促すことに繋がると考えた。これに対し、Apacheライセンスはより緩やかな条件となっており、改変したソースコード(派生物)の公開を義務付けてはおらず、その意味では「フラット」な状態ではない。とはいえApacheソースコード自体は自由な状態で公開されており、完全に「ステップ(=全部非公開)」(プロプライエタリ)ではない。

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