ised議事録

01-147. 設計研第7回:共同討議第1部(3)

なぜ情報社会は地理的境界を再生産するのか――鏡のように欲望を増幅する装置としての情報技術

東:

 話は変わるのですが、いま「はてな」に外国人のユーザーはどの程度いるのでしょうか。

近藤:

 あまりいませんね。

東:

 それはなぜでしょう?

近藤:

 サイトを見ることができないからですよね。

東:

 これは今日の話ともつながってきます。ウェブは世界中をなめらかに繋いだことになっていますが、実は日本のウェブアプリの多くは日本人だけが使っている。そこには厳然と国境がある。たとえば在外日本人の人々は、日本のmixiを使いたいと思うのか、それともMySpaceを使いたいと思うのか。

近藤:

 それは第一に言語だと思いますね。

東:

 英語であればまったく関係ないのでしょうか。もしはてなが英語のサービスだったとしたら、アメリカやイギリスからも関係なくユーザーは来ると思いますか。

近藤:

近藤淳也
近藤淳也

 第一の理由は言語だと思います。第二の理由として地域的な要素もあるでしょう。ホリエモンがテレビに出ているからLivedoor Blogを使うという人はすごく多いです。

鈴木:

 Orkutのユーザーはブラジル人が多いらしいですね。

東:

 そうなんだ。どうしてでしょう?

楠:

 ちなみにMicrosoftの「Wallop(ワロップ)」には中国人が多いんです。それはMSR China(マイクロソフト・リサーチ・チャイナ)の人達が最初に数多くのインバイトをしたからなんですね。SNSは招待ベースの仕組みなので、最初はすごく規模が小さくても、ポジティブ・フィードバックが働くわけです。

鈴木:

 本当に偶然の要素が大きくて、たとえばそのタイミングで中国にはなかった、ブラジルになかったといった理由なのかもしれませんね。

楠:

 どの言語から順番に翻訳していくかによって、ポジティブ・フィードバックが相当変わってくるでしょう。

東:

 僕がこの話を出したのは、冒頭で述べた慣習の話に繋げたかったからです。先ほども述べたように、鈴木さんはとても個人主義的な考え方のひとで、慣習の力をまったく想定していません。鈴木さんが想定する状況は、非合理的な慣習は存在せず、ただ個人だけが存在し、情報のフロンティアを前にしていざ社会契約を結び始める、というものですね。しかし、現実はそうではない。実際にウェブでも、地理的な慣習に基づく境界が再生産されている。

 この点で、僕はブログやSNSに魅力を感じると同時に限界も感じています。コンピュータ上のコミュニケーションは鏡を見ているような感じがする。いまのネットでは、自分の好みのものを発見することは簡単にできる。新しいブログ・コミュニティに入ろうとするとき、「自分がもともと想定していたブログ・コミュニティを発見すること」は簡単にできる。しかしそれは、逆にいえば、リアルワールドの価値観がある程度反映されたコミュニティしか見つからないということです。英語圏や韓国語圏でブログがどうなっているのかを知ろうとすると、突然障害に阻まれてしまう。検索エンジンはいくらでもある。翻訳サイトもある。ブログを紹介しているサイトを発見することすらできる。しかし、向こう側には入ることができない。それは、僕自身内部の慣習によるものです。僕は最近、こうした問題をすごくリアルに感じています。

 いまから10年前でさえ、洋書を注文すると1ヶ月2ヶ月は平気でかかりました。そのころに比べれば、いまや遥かに自由度は高くなっている。にもかかわらず、やはり国境や慣習の境界によって、自分の想像力の届く範囲は区切られている。情報技術は、こうした限界をどのていど乗り越えさせてくれるのでしょう。

楠:

 ものすごく精度のいい翻訳エンジンができて、言葉の壁を越えたとしても、文化的な領域は残るだろうという話ですよね。

東:

 ものすごく精度がいいのであれば、違うのかもしれません。それならコンベンションすら訳せてしまうでしょうから。

楠:

楠正憲
楠正憲

 それでも壁は残ると僕は思うんです。さきほどの近藤さんのグラフがありましたが、これにはすごく違和感があるんですね(図:想像力、関心の行方(2))。このグラフには、人間が情報を欲しているというアプリオリな前提があるけれども、それすらも非常に疑わしいのではないか。たしかに情報というのはそれ自体が欲望の対象になります。「ブログを書いてトラックバックが来ました」とか「知りたいと思っていたことを知ることができてうれしい」といったものです。しかし一方で、「情報を知ることによって自分が優位な立場になれる」とか「他の目的に対して情報が有用である」といった動機から、情報に対する欲求は生じるわけです。情報獲得が容易になればなるほど、逆に情報取得能力の差はつきにくくなるわけで、後者の情報に対する欲求はむしろ減衰すると思うんですね。だとすると、たとえばいま日本では中国・韓国に対するイメージが悪くなっているけれども、仮に中国語や韓国語の非常に精度のいい翻訳エンジンができたところで、2ちゃんねるに悪口を書いている日本人は中国人・韓国人の意見を読みたいと思うでしょうか。これは結構難しいのではないか。

図:想像力、関心の行方(2)
図:想像力、関心の行方(2)

 近藤さんのモデルは、あらかじめ皆が情報を欲しているという状況下で、情報技術のエンパワーメントによってより多くの情報に接するようになる、というものですね。しかし、情報に対する欲望がどのように発生するかという側面から考えていくと、逆の結論に至るわけです。すなわち、情報が簡単に手に入ることによって、誰も情報に対する興味を持たなくなってしまうのではないでしょうか。

鈴木:

 楠さんのおっしゃっていることはある程度正しいと思います。楠さんのいう欲望というのは、外的なもの、つまり自分の役に立つとか、繋がりの社会性といったものですね。テレビの利点は、テレビを観ていれば誰とでも繋がれるという点にある。初めて会った人と同じ話題を共有できたり、クラスメイトと同じアイドルの話ができたりといったことです。そのアイドル自体に興味があるかどうかは分からなくても、とりあえずみんなで盛り上がることができる。飲み会モードのようなものですね。その繋がりを生み出すところに、テレビのメディアとしての強さがある。たしかにこうした側面は大きいでしょう。

 それに対して、内的に情報が欲しいと思うこともある。楠さんは、内的な情報に対する欲望というものは、それほど強くないといいます。しかし我々は赤ん坊から幼児くらいのころに、普通にアニメを楽しいと思って観ている。それには内的な欲望があって、自分でチャンネルをつけたりするわけです。まったく興味のない番組が流れると、つまらなくて子供でさえザッピングをします。そういうつまらない情報を大量にあびるわけです。そのうちに、つまらないと思っていた情報も、あるとき突然意味を持ち始めて、面白くなったりするという経験があると思うんです。

 いまはテレビの例でしたが、モンゴルという国にまったく興味のなかった人が突然モンゴルに関心を持つといった例でもいいんですよ。きっかけはモンゴルに旅行したからでもいいし、モンゴル人の友達ができたからでもいい。たいがいはこのような理由でしょう。もしモンゴルで飛行機が落ちたという時に、モンゴルに行ったことがあれば非常に共感度が増すわけです。

 このように、内的な欲求というのは、ほとんどが生まれたときからあるというものではなく、普段の何気ない無意味な情報がある日突然変化するものなのです。これが部屋に引きこもってインターネットにアクセスしているだけでは触発されない、情報の内的な欲求が存在するとは思います。

東:

東浩紀
東浩紀

 いや、そういうことではないと思います。楠さんがおっしゃっていたのは、もし鈴木さんの提案するなめらかなネットワークが実在したとしても、開始時点の欲望によって、そのネットワークの性質はあるていど規定されてしまうということです。なめらかになるといっても、最初の欲望のベクトルに従ってなめらかになるだけではないか。

 楠さんの出した例は、現実的に見ても興味深い。いま韓国や中国との関係が悪化しているなかで、2ちゃんねるの問題は実際に大きいわけですね。翻訳が非常に良くなれば、本当ならば、中国人のほうは日本人の書いている「中国が好きだ」というブログを読めるようになり、日本人のほうも中国人の書いている「日本人が好きだ」というブログを読めるようになるはずです。しかし、実際にはそんなことにはならない。なぜなら日本には、すでに、「日本人のことを悪く書いている中国人や韓国人のブログを探し出そう」という欲望を持った人間が大勢いるからです。彼らは大変熱心なので、どんどんそういったブログを見つけてくる(笑)。中国や韓国でも、おそらく同じことが起きているでしょう。

鈴木:

 それはネットだからそうなるのです。

東:

 いや、いまはネットの話をしていたわけだから(笑)。

鈴木:

 ネットの話は情報社会の話の本質ではないというのが僕の考えです。現地に行くということをお互いもっとしたほうがいいと僕は思う。情報社会はそれをより可能にするためのシステムとして設計できるのです。

東:

 それはそうだけど、それでは情報技術の問題と関係がなくなってしまう。

 ともあれ、楠さんの論点をまとめれば、情報技術は鏡のように欲望をどんどん増幅するだけだということですね。なめらかな社会を可能にするためには、「日本について肯定的に語っている韓国人や中国人のブログをもっと読んでみたら」と促さなければいけないのだけど、技術でそれが可能なのか。

鈴木:

鈴木健
鈴木健

 僕は、ネットだけでどんなに頑張ってもなめらかな社会を実現するのは無理だと思っています。平たくいえば、人間がもっと移動するようになる社会をつくることが重要なんですよ。今日は組織論の話ばかりでしたが、本当は物理的な距離の移動を活発化させるためのアイディアを考えていて、GalapagosやExtreme Meetingもそこに繋がっている。つまり、もっと遠隔会議ができるようになれば、逆に人間はもっと移動するようになるということです。

東:

 うーん。どうだろう。いまの話は、「皆が海外旅行をしたいと思っている」ということを前提にしているけれど、そんなことはないでしょう。

鈴木:

 どうして海外旅行をしたくないのかといえば、それは海外/国内という線引きが最初からあるからでしょう。

東:

 地方旅行に行かない人もたくさんいますよ。

鈴木:

 たしかにそうですね。でも旅行にいく人はだんだん増えているわけです。

楠:

 いまの会社に入って海外出張がすごく増えたんですが、それで分かったのは、情報技術が発達すると海外に行っても頭のモードが切り替わらなくなるということです。明治の頃は、洋行で何週間も船に乗ってアメリカに行くとなると、その間に電報は来るかもしれませんが、基本的には「糸の切れた凧」だった。それに対していまの出張は、昼から夕方まで日程が決まっていて、夕食後の夜10時から深夜2時頃まで日本から届いたメールの処理をやるようになってしまった。これだと頭は日本モードになったままで、昼間にいくら普段と違う刺激を受けたとしても、そこから触発を受けたり発奮をしたりすることが減ってしまうわけです。

 さきほど東さんは「鏡のようだ」と表現されていましたが、これはいい比喩だと思うんですね。自分の欲求する情報が手に入ることによって、人はどんどん煮詰まった世界に入り込んでいく。それに対して鈴木さんの話というのは、「移動の自由が増えれば気分は変わり、色々なことに興味を持てるようになる」といったものです。それはそうかもしれない。しかし、少なくとも自分の欲求を増幅・拡張的に実現する技術というものは、どうしても煮詰まる方向にいくのではないか。

東:

 僕もそう思います。再度「コンベンション」の問題に言及すれば、鈴木さんは、サンデルがロールズを批判して言った「負荷なき主体」ではありませんが、いかなる偏見も持たない主体を想定しているように見える。しかし、人間は文化的な偏見を抱えており、決してそこから自由にならない――というよりも、むしろそのせいで個性がある存在です。その偏差は本来はわずかなものであっても、情報技術はそれをどんどん増幅することで、タコツボ化や鏡状の欲望の連鎖を生み出してしまう。

 それに対して従来の教育システムは、情報収集の目的地を強引に設定している。「本当はそんなことは知りたくないかもしれないが、とりあえず海外の有名な首都は全部覚えておきなさい」とかいわれるわけですよ(笑)。それがいいか悪いかはともかく、あるていど機能していたことは間違いない。それこそ海外旅行に行くためには、国名ぐらい知らないとまずいですからね。こうした問題は、鈴木さんの提案する「なめらか装置」によってどうなるんでしょうか。

鈴木:

 いまだと、学校も毎日同じ学校に行かないといけませんよね。おかしいと思いませんか?

東:

 英会話学校の宣伝みたいですね(笑)。「出張先でもレッスンを受けられます」みたいな(笑)。

鈴木:

 いや、冗談はさておき、僕が言いたいのはこういうことです。同じ場所に住み、同じ小学校に6年間通い、「色々な国の地理を学びましょう」「ビデオで海外の映像を見ましょう」といった教育を受けたとしても、それには限界がある。そうではなくて、日本なら日本国内を移動しながら教育をできるようにすれば、もっと変わってくると思うんです。何県の名産は何かみたいなことを覚えるのはつまらない。しかし、その場所に直接行けば違ってきます。こういったことは、いまならリアルに実現できるはずではないか。

 人間は偏見の動物であり、というよりも動物は偏見の生命であり、また生命それ自体が偏見の塊でしかありません。この問題に対して技術はいかようにも適用可能なのです。問題は、「いかようにも適用可能だ」という点にあります。いまここにある情報技術によってこうなると分析・予測して一体何になるのでしょうか。いまは分析や予測より発明が重要な時代なのではないでしょうか。放っておいても何も起きないのです。

東:

 それはそれで素晴らしい。しかし、いまは違う話をしているんじゃないかな。

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