| 講演:加野瀬未友「個人サイトを中心としたネットにおける情報流通モデル」 | |
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| 1 | 加野瀬未友 講演(1) |
| 2 | 加野瀬未友 講演(2) |
| 3 | 加野瀬未友 講演(3) |
| 共同討議 第1部 | |
| 4 | はじめに――「2ちゃんねるの時代」を問う |
| 5 | 道徳的全体主義――北田暁大からの応答 |
| 6 | 遊戯場としてのインターネット――辻大介からの応答 |
| 7 | 炎上からコメントスクラムへ――公園(2ちゃんねる)/自宅(ブログ)のメタファーを手がかりに |
| 8 | ネット公共圏という理想が引き起こす炎上――コンテクスト闘争の前面化 |
| 共同討議 第2部 | |
| 9 | 日本社会と2ちゃんねる――「ネタ化」という文化的作法 |
| 10 | アクセス・コントロールによる私的領域の確保は処方箋となるか |
| 11 | 陰口で繋がる自由――繋がりの社会性という日本的欲望 |
| 12 | さいごに |
| 質疑応答 | |
| 13 | 質疑応答 |
第4回倫理研では、第3回の結論「CMC空間における私的領域の確保」というテーマを受け継ぎつつ、2ちゃんねる/ブログ・SNSにおけるサイバーカスケードという問題に対する処方箋が模索される。同時に、日本社会における「2ちゃんねるの時代」の社会的意味と背景が浮き彫りとされる。
加野瀬未友による講演では、かつての2ちゃんねる中心のモデルと、現在のブログ中心のモデルを作成・比較しつつ、逆説的な指摘を行う。一般には、匿名の2ちゃんねるよりも顕名のブログのほうが荒らしなどは起きないといわれるが、むしろブログのアーキテクチャこそが、たとえば善意がスパイラル的に増幅することで、私人同士の小さなサイバーカスケードや炎上が頻発するようになるのではないか、と。なぜなら、2ちゃんねるではまとめサイトによる階層構造によって擬似的な公共性が担保されていたが、ブログのアーキテクチャには存在せず、コメント欄によって「戦場」が一極集中化するからだ。そこで加野瀬の出した解決策は、mixiに代表されるアクセス・コントロールによって、ネット作法になれないユーザーたちを私的領域内に隔離することだった。
それを受けた共同討議第1部では、まず加野瀬のいう「公共性」の検討からはじまる。まず北田暁大が加野瀬の指摘する善意のサイバーカスケードを、ネットに限らない「道徳的全体主義」の顕れではないかと指摘。次に辻大介は、日本のネットユーザーを分析しつつ、ネットは公的空間ではなく単にオープンでやんちゃができる遊戯場と捉えられていることを示唆した。
続いて小倉秀夫は、サイバーカスケードや炎上を「コメントスクラム」という新しい現象として呼びなおすことを提唱し、それを防ぐ処方箋として、コメントする側の匿名性を制限と法的な「返り血」を与えることを提案する。
一方高木浩光は、古株のネットユーザーが理想的な討議作法という「電子公共圏」の理想をいまだに抱くがゆえに、作法やコンテクストといったメタ水準の議論が起きてしまうメカニズムを指摘した。
討議第2部は、白田秀彰が「サイバーカスケードを防ぐには日本のネットユーザーが成熟化すべし」という加野瀬の提案に対して口火を切る。成熟化すなわち2ちゃんねるにおける「ネタ的な作法」やリテラシーが大衆化してしまえば、かえって公的なネット利用を駆逐してしまうのではないかと危惧する。東や北田はその「ネタ的な作法」を、日本社会に強く根付いた文化的傾向であると指摘。また続いて高木から、「繋がりの社会性」を強く求める大多数のユーザーにとって、アクセス・コントロールという処方箋は原理的に無効であるという、議論の前提をクリティカルに転覆する指摘が行われた。
「誰でもいいから繋がりたい」かつ「とにかくいろんな悪口をいって注目を浴びたい」といった「陰口で繋がる自由」。この日本社会に強く根ざした欲望の行き場はどこへ向かうのか。そして、こうした空間では、いかに公共性を確保することができるのか。それは、顕名性やアクセス・コントロールといったアーキテクチャによって解決できるのか。こうした議論の種子を残して、倫理研第4回は終幕する。
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