イラク人質事件

イラク人質事件

 2004年4月に起きたイラク人質事件に対する日本国民の風当たりは、一種「過熱的に冷酷な」ものとなったことは記憶に新しい。その人質たちの自己責任を問うものや、日本の家族たちへのバッシングがメディアを中心に起こったが、さらにネットでは事件自体の自作自演を疑う説などが、2ちゃんねるを中心に噴出する「祭り」状態となった。

 

 この背景には、2ちゃんねるにおいて一般に「市民運動」や「NPO / NGO」などといったものに対して「サヨ(=左翼)」「プロ市民」とレッテル貼りをし、彼らを偽善的とみなして斜に構える(そしてスキあらばその偽善性を暴かんとする「偽悪的」な)ノリが根強く存在していたことがある。これらはいわゆる「朝日・岩波的なもの」に対しても同様に機能している。ただしこれは倫理研委員の北田暁大氏が論文「嗤う日本のナショナリズム」で指摘するように、従来の右翼・左翼といった政治的態度の表出というよりも、お約束的な形式操作に基づいて、2ちゃんねる的コミュニケーションを続けるためのネタを発掘・生産する作法、――相手の「自作自演を疑う」という所作自体、2ちゃんねる的なお約束的な作法であるが――つまり「繋がりの社会性」を維持する振る舞いとしての側面をみることができる。(isedキーワード「繋がりの社会性」参照のこと。) 

 

 一方、2004年10月に起きたイラク人質事件では、事件発生当初、2ちゃんねるでは大きな「祭り」に発展することはなく、むしろその事件の存在自体を無視する向きすらあった。なぜなら、「なんとなく」イラクに向かったという動機付けに象徴されるように、彼には2ちゃんねる的なフレームにおいて「ネタ」として消費できるような「属性」を見つけることができなかったからとされている。

 

 倫理研第1回: 共同討議 第3部(1)にて、こうした2つのイラク人質事件の差異に基づいて、倫理研委員の辻大介は「反社会的/脱社会的」の差異について説明している。

参考