カリフォルニアン・イデオロギー

カリフォルニアン・イデオロギー

 東浩紀「情報自由論 第5回『サイバーリバタリアニズムの限界』」(『中央公論』2002年11月号)に沿って見ていこう。

 

 まずスティーブン・レビー「ハッカーズ」(工学舎、1987年、第3版 1990年. 原著は1994年に改訂 asin:487593100X)を参照しつつ、70年代から80年代までのハッカー文化の持つ二面性を指摘される。たとえばプログラミングという専門知識を重知る「エリート主義」かつ、その技術を大衆に開くべきであるという「大衆主義」でもある。あるいはコンピュータの不朽によって旧来権力を破壊するという反体制・理想主義を抱きつつも、かつビル・ゲイツのような億万長者になることも可能にするという資本主義・現実主義的志向を持つ。

 

 つまりハッカーは一見反社会・反体制的で左翼的に見える(もちろん左翼のハッカーもいる)が、むしろ個人主義と競争主義の組み合わさったリバタアリアニズム――情報技術に精通したハッカーこそが新しい社会の改革者という自負に裏打ちされた――に思想的には近い。またハッカーがサイバースペースの自由を主張するとき(たとえばジョン・ペリー・バーロウ「サイバースペース独立宣言」(1996年))、それはアメリカ建国のフロンティア精神をサイバースペース上に投影した、愛国的なものであるともいえる。

 

 もちろん90年代にインターネットが現実の法秩序と衝突するようになってから、次々とネットにかけられた規制に対する反対運動や啓蒙活動を地道に推進したハッカーたちの仕事は極めて重要なものだが、こうしたハッカーの両義的であいまいな政治的立場と技術重視の志向性を、英国の研究者のバーブルックとキャメロンは「カリフォルニアン・イデオロギー」と名付け批判する。すなわちそれは「『新しい情報技術の開放能力に対する深い信仰』のために生じた『ヒッピーたちの企業的野心』の混合物、好況を背景とした流行思想にほかならない」、と。たしかに高度な専門的知識に裏打ちされてはじめて説得力を持つハッカーたちの主張はしかし、技術的検討なき場合には裏返せば技術発展がすべてを解決するという楽観主義と大差がなくなってしまう弱点を持つ。

 

 この点はレッシグが『CODE』で一貫して主張するように、サイバーリバタリアンが「アーキテクチャを自明の前提(自然状態)とみなしている」ことを批判したことにつながる。