予測市場

予測市場

予測市場

 予測市場とは、バーチャルな株式市場を設置し、そこでの取引情報をもとに、ある事例についての将来の予測を行う手法を指す。

 この予測市場については、設計研第5回に近藤淳也が、はてなでの導入事例(「はてなアイデア」「総選挙はてな」)を紹介した。

 アメリカではこの予測市場がいろいろなところで使われるようになっています。たとえば「HSX(Hollywood Stock Exchange)」というサービスは、アメリカの映画ファンたちがたくさん登録されていて、「アカデミー賞をどの作品が取るか」といった予測がそれぞれ銘柄になって証券化されて、取引されている*1。やはりこれも仮想のポイントを用いて、ユーザーたちが予測をしながら銘柄を自由な価格で売買しています。たとえば今年の春のアカデミー賞では、主な8賞すべてを的中させています。同時期に、“Yahoo! Movie”でも「アカデミー賞をどの作品が受賞するかと思いますか」という投票が行われていたのですが、結果は4賞、つまり半分くらいしか当てることができませんでした。その結果、投票システムを上回る予測市場システムの有効性がかなり見えてきているんじゃないかと思います。

 それから“Tech Buzz Game”というIT用語・技術動向の予想市場があります。O'ReillyとYahooが一緒にアメリカで運営しているものです。たとえばPodCastingやXMLといった技術用語がこれからどんな動向を見せるのかという予測をやっていまして、Yahooの検索回数と連動させて配当が行われる仕組みになっています。そのほかにも、『フューチャー・オブ・ワーク』(トマス・マローン著、ランダムハウス講談社、2004年 asin:4270000368)という書籍のなかでいくつかの事例が紹介されています。マローンが論じているのは、一般に市場と呼ばれるのは組織の外側の資源配分を行っているけれども、組織の内部のリソースについてもマーケットで最適配分ができるということです。

 予測市場の面白さはどこにあるのかというと、ケインズの「美人投票」のような性質を持っているところです。たとえばアカデミー賞予測の場合、「自分が好きな作品」に投票するのではなくて、「どの作品を他人は選びそうか」を予測するところにあります。Yahoo Movieの投票が当たらないのは、自分が好きな作品に自分で投票をしてしまうからですね。そうではなくて、「どれが受賞しそうであるか」という予測をしながら、さらに株式価格が変動していくところに強みがある。皆の予測行為が、価格という結果に迅速に反映されていくのがいい。一回の投票では、こうしたフィードバックが働きません。一度大勢が決まると、その傾向はなかなか変わらない。しかし予測市場では、全体の動向を意識したメカニズムが働くために、最終的な予測精度が上がるのではないかと思います。


はてなでの導入事例

「なぜはてなは予測市場を採用したか」

なぜはてなはこの予測市場をユーザーからの要望を吸い上げる仕組みとして導入したのでしょうか。それは次のような変遷があったからです。

(問い合わせフォーム、コメントやトラックバックでは、情報を集約しきれなくなった。また、投票システムの導入も検討したが、これではユーザー側と運営側の欲求がすりあわない。そこで、)最後に市場化したという経緯があります。

予測市場の利点は、「視点の共通化」という部分が大きいと思います。つまり「利用者対提供者」という関係の対立軸をつくらないということです。「自分はこれをやってほしい」ということではなくて、「はてながこれをやりそうかどうか」ということを予測して価格付けをすることで、はてな側とユーザー側の視点が共通化するわけです。「はてながこれをやるべきかどうか」ということを、運営者側もユーザー側も全員で考えたうえで、アイデアの重み付けをすることができる。いままでのなかで、もっとも有用な重み付けができる仕組みになったのではないかと思います。

 また、この予測市場を日本で精力的にブログで紹介している山口浩の解説を引用する。

予測市場とは、市場メカニズムを用いて予測を行うものである。具体的には、予測対象の結果に連動して価値が決定される仮想の証券とそれが取引される市場を用意し、参加者がそこで自由に取引を行う。利潤動機が各参加者に、正しい予測をしようとするインセンティブを与える。基本的なアイデアは、Hayek (1945)あたりまでさかのぼる。その後、1970年代以降、実験経済学の分野でコンピュータを使った人工市場のさまざまな実験成果を生かして市場デザインに関する経験が積み重ねられ、さらにアイオワ大学のIowa Electronic Marketsによって選挙予測への応用の有効性が検証された。そのほかにも、効率的な資源配分手法としての研究、企業意思決定手法としての研究など、さまざまな分野での応用が研究されている。最近では、いわゆる「Wisdom of Crowds」のような観点から注目する向きもある。

設計研第6回共同討議へのコメント

 設計研第6回での予測市場についての討議内容に対して、「予測市場そのものははてなの発明でも何でもないが、はてなにおける活用法はきわめて画期的であって、それがはてなという企業そのものに強く結びついている」として、詳細なコメントがつけられている。ここに引用しておく。

はてなが予測市場を始めて導入したわけではない。

 

近藤社長はきちんと説明していたが、予測市場はアメリカでは以前から実施されていたもので、はてなが始めたものではない。そもそも予測市場と呼べる試みが始まったのは1980年代だ。アイオワ大学のIowa Electronic Marketsの大統領選予測先物市場が、選挙結果の予測に有効であることがわかったからだ。それ以降、主に実験ベースではあるが、ヒューレット・パッカード、フォード、シーメンス・オーストリア、マイクロソフト、イーライ・リリーなど、企業での取り組みも最近増えている。企業内における予測市場は、典型的には自社製品の売上やプロジェクトの完了時期などの予測に用いられている。たとえばヒューレット・パッカードでは、社の公式の売上予測を上回る精度の予測結果を示したし、シーメンス・オーストリアの例では、プロジェクトが予定通りには完了しないだろうという、公式には表明しにくい予測が抽出されるという効果があることが示された。

H-Yamaguchi.net: 「はてなアイデア」の何が革新的なのか

http://www.h-yamaguchi.net/2005/08/post_0183.html

 

「大企業にも応用可能」という指摘は、むしろ事実は逆である。

 

大きい企業でも使えるのではないかというが、企業内予測市場はむしろこれまでは大企業で使われてきたという点で逆だ。上記の実例はいずれも大企業だ。もちろん小規模の企業が行っているものもある(Hollywood Stock ExhangeやNewsFuturesなんかはそうだ)が、これらと上記の大企業の市場とは大きなちがいがある。Hollywood Stock ExhangeやNewsFuturesNewsFuturesが行っている予測市場は、当該企業の外にある事象についての予測を行う。映画の興行収入とか北朝鮮の核実験実施の可能性とかそういったものだ。これに対して大企業の予測市場の多くは、製品の売上やプロジェクトの完了時期など、企業内の意思決定に直接関連する情報で、社員のみが参加者となる。これらが企業内で行われる理由は明らかだ。製品の詳細な情報やプロジェクトの進行状況は外部の人にはわからないし、そもそも社外秘の情報だったりするものも多い。それを社外の参加者に取引させることは、情報の抽出においてあまり役に立たないだけでなく、情報漏えいのリスクが高い。だから社内で運営するのだ。

ここだ。この点が「はてなアイデア」の革新的な点だ。「はてなアイデア」は㈱はてなという企業の意思決定に直接関わる内容を社外の参加者、より具体的には顧客に取引させている。参加者は「自分がどんな機能を欲しいか、どんな改善をしてほしいか」ではなく、「はてな」がどんな機能を実装するかを予測する。自分の視点ではなく、はてなの視点に立つのだ。この点を近藤社長は明確に意識している。講演の中で、「はてなアイデア」への発展のプロセスを語っていた。単なる要望受付や投票だけでは、顧客は自分の要望だけを伝えようとするので、「はてなアイデア」にたどりついたのだと解説していた。確かに予測市場は参加者の視点を変える効果があるが、これをこのようなかたちで利用した例は、日本だけでなく、おそらく世界初だと思う。

H-Yamaguchi.net: 「はてなアイデア」の何が革新的なのか

http://www.h-yamaguchi.net/2005/08/post_0183.html

 

予測市場は「新しいアイデアを生むわけではない」という点については株式市場と同じ

 

新しいアイデアを出すのには必ずしも有効ではないというのは、その通り。予測市場が行っているのはウェイト付けだからだ。新しいアイデアを考え出すプロセスを、市場という価格を通じてコミュニケーションする場で生み出すのは難しいだろう。そもそも、株式市場だって新たな事業アイデアを生みだしたことはない。市場は出された事業アイデアを評価する場所だからだ。それと同じことだ。

H-Yamaguchi.net: 「はてなアイデア」の何が革新的なのか

http://www.h-yamaguchi.net/2005/08/post_0183.html

 

またised設計研では、「新しいアイデア」を生むかどうか、という論点が第1回からのテーマになっている。以下の井庭崇の発言を参照のこと。→設計研第1回: 共同討議 第2部(1)

バブル

 

はてなアイデア価格のバブルがはてなの意思決定をゆがめないかという懸念は、本来の意味とはちがった部分で痛いところをついている。バブルの発生については市場メカニズム全般の問題であるが、ここでは「はてなアイデア」独特の問題として、結果がはてな自身の意思決定に依存している点を挙げたい。通常の予測市場では、予測対象事象は選挙結果、映画の興行収入など、市場運営者のコントロールが及ばない確率変数だ。しかし「はてなアイデア」の場合、結果は「はてなが実装するかどうか」であり、はてなが独断で決定できる。やろうと思えば、はてなは結果をゆがめることができるのだ。したがって重要なのは、はてながユーザーの声を聞きユーザーの立場で改善を続けていくということを、ユーザーに信用してもらえるかどうかだ。価格にあらわれた強い要望を無視することはないか、一部の参加者がつり上げた価格に引っかかってニーズの低い要望を実装するようなことがないか。こうした点について、いかにしてユーザーから信頼を得、かつそれを続けていくかがカギだ。

H-Yamaguchi.net: 「はてなアイデア」の何が革新的なのか

http://www.h-yamaguchi.net/2005/08/post_0183.html

 

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