優しい独裁

優しい独裁

 “Benevolent Dictator”直訳すれば「慈悲深い独裁者」の意。『伽藍とバザール』を著したエリック・レイモンドが、オープンソース型のソフトウェア開発プロジェクトの運用モデルとして、『ノウアスフィアの開墾』のなかで論じたもの。

 レイモンドは、まずハッカーたちの慣習(倫理 Ethic)として、プロジェクトを無闇と分派したり、プロジェクトの変更方針をリーダーが独裁的に変更することや、開発者クレジットを無断で除くといったことを例として挙げる。そしてプロジェクトのこうした「所有」形態が、ロックの土地所有権と同型であることに注目し、その構造はハッカーたちの「評判ゲーム」インセンティブを最大化する手段となっているからと論じる。 

 なぜならハッカーの世界というのは、「ディスク領域、ネットワーク帯域、計算能力など――が深刻に不足するようなことはない」という意味で、稀少資源の分配が問題にならない贈与経済に近く(ノウアスフィアというのは「アイデア(知的財産)の土地」という含意)、そこでは「仲間内の評判」を軸にした競争が行われる。

 

 こうした評判の一種の経済的なメカニズムが働くことで、ハッカーたちのプロジェクトはしばしば「優しい独占」を選択することが多い。設計研第2回での八田真行の講演では、次のように説明されている。

 

 あるオープンソース型のソフトウェア開発のプロジェクトのリーダーがいたとして、そのプログラムコードの著作権はそのプロジェクトを立ち上げた原著作者が所有している。(ソースがオープンといっても著作権を放棄したわけではない。)この点において、リーダーは「独裁的に」、たとえば変更したバージョンを公式に再配布する権利を独占することができるし、それ自体はコミュニティからも認められている。

 しかし、オープンソース・コミュニティには時としてフォーク(分派)の自由があるため、プロジェクトの正否や自己のハッカーとしての評判を考えると、プロジェクトの運営はプロジェクトに協力する者たちの意見を汲んだ「優しい」ものにする必要がでてくる。こうした構造をして、「優しい独占」と表現するのである。


(isedキーワード「伽藍とバザール」もあわせて参照のこと。)