大きな物語

大きな物語

大きな物語」(の崩壊・機能不全)

 もとはフランス現代思想の論客であるジャン=フランソワ・リオタールが、『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム』(水声社、1989年 asin:4891761598)で用いた概念。ここでは学問や知をめぐる状況の変化について説明するための概念だったが、消費社会論や社会批評と接合され、その後ポストモダン社会を特徴づける際のキータームとして用いられるようになった。たとえば次のように用いられる。

 近代過渡期においては、「大きな物語」(ex. イデオロギー、国家的理念、輝かしい未来と目標)によって多様な知識やサブシステムが統合されていたが、ポストモダンと呼ばれる1970年代以降、この「大きな物語」が機能不全に陥る。60年代以降、政治的革命の季節は終焉を告げ、消費社会(アメリカニズム)の成熟化と自由の拡大が高まるに連れて、近代国家を纏め上げてきた象徴的な統合性の力*1が凋落する。「大きな物語」の崩壊とは、いいかえれば人々の価値観が多様化・断片化・タコツボ化する事態を指す。

 東浩紀は『動物化するポストモダン』のなかで、この大きな物語の崩壊をサブカルチャー論に接続し、宮台真司の「島宇宙化」や大澤真幸の「虚構の時代」といった時代診断と重ねながら、オタク文化の変遷について論じている。

 一方「情報自由論」では、この議論を情報社会の権力論に接続し、大きな物語の崩壊を「規律訓練型権力(内面に働きかける権力)」の失効として読み替えている。その代わりに浮上していくる権力として、レッシグの「アーキテクチャ」を、「環境管理型権力」として捉える。

 その後isedでは、この大きな物語の崩壊後の社会秩序モデルとして、「情報社会の二層構造」が提案されている。物語の弱体化、規律訓練型権力の失効は、コミュニケーションの層における「コミュニティの多様性」として捉えられる。そしてアーキテクチャの層(情報技術・情報環境)によるセキュリティ、この多様なコミュニティや価値観を持った人々が共棲する環境として論じられている。


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*1:註:『動物化するポストモダン』より以前では、ジャック・ラカンの「象徴界」の概念と引き付けて理解されていた。

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