2ちゃんねる中心モデル

2ちゃんねる中心モデル

(isedキーワード「2ちゃんねるモデル」と同内容)

 倫理研第4回における加野瀬未友の講演では、2ちゃんねる中心の情報流通、ブログ中心の情報流通をそれぞれモデル化する試みを行っている。

 そこで加野瀬が指摘するのは、逆説的な指摘をする。一般には、匿名の2ちゃんねるよりも顕名のブログのほうが荒らしなどは起きないと思われているが、むしろ逆であって、ブログのアーキテクチャこそが、たとえば善意がスパイラル的に増幅することで、私人同士の小さなサイバーカスケード炎上が頻発するようになるのではないか、という。

 その原因は、2ちゃんねるではまとめサイトなどの存在が階層構造をつくることで(isedキーワード「ネット世論の階層モデル」参照)、いわば擬似的な公共性が担保されていた。ここで公共性というのはすなわち、「いまどの情報が話題なのか」といった、マスメディアが持つアジェンダ・セッティングあるいは文脈形成的な機能がひとつ。もうひとつに、2ちゃんねる独特のアイロニカルな作法(isedキーワード「ネタ的コミュニケーション」参照)によって、直接的な攻撃・炎上サイバーカスケードへと発展することをむしろ抑制し、文脈を共有する機能である。

個人サイトを中心としたネットにおける情報流通モデル

図:2ちゃんねる中心モデル
図:2ちゃんねる中心モデル

図:ブログ中心モデル
図:ブログ中心モデル

 それでは、両モデルの比較を行いたいと思います。2ちゃんねるモデルにおいては、このまとめサイトの存在によって「レイヤーが可視化」されていました。つまり、2ちゃんねるの内側で盛り上がっている場合と、その外の個人サイトの世界にも拡大する場合という大きく二段の流れが存在し、まとめサイトがそのあいだをブリッジしていたというわけです。しかしブログモデルの場合、個人個人が勝手に一次情報の対象に向かことができてしまう。比喩的にいえば、2ちゃんねるモデルでは階層的かつツリー的に情報が流通していましたが、ブログモデルではリンクがしやすくなったことで、よりリゾーム的*1になっているといえます。(図:レイヤー・リゾーム)

図:レイヤー・リゾーム
図:レイヤー・リゾーム

 ほかにも2ちゃんねるの特徴としては、次のようなことが指摘できます。2ちゃんねるでは、ある程度興味を持つ人間が複数いなければ、自動的にスレッドはなくなってしまっていました。その物理的条件が、一種の情報流通のフィルターの役目を果たしていたわけです。

 外部に対して、2ちゃんねるのジャーゴンやアスキーアートなどを使って荒らしてはいけないという規範意識も存在していました。もちろん逆に、2ちゃんねる経由の荒らしも存在していましたが、外部を荒らすべきでないという規範か、それとも外部を荒らしまわる困った脱規範的存在、どちらが多かったのかは検証できないため明言しません。しかし、少なくとも2ちゃんねる内部には独特な規範意識が強く存在していたことは事実です。

 また、いわゆる「祭り」の現場は2ちゃんねるのスレッドが中心でしたが、このことには、祭りの対象になっているサイトの掲示板を直接荒らすことを防ぐ効果もありました。つまり、2ちゃんねるの内部でガス抜きができたわけですね。

 一方ブログでは、たしかにアクセスの多いサイトが話題を広めるという点は2ちゃんねるモデルと同じなんだけれども、permlinkがもたらすリンクのしやすさによって、その該当記事に直接アクセスできるようになりました。そして一次情報のブログにはコメント欄があるため、閲覧者が足跡的な書き込みを残しやすくなった。観光地に行って、記念に「○○参上!」と書き込むアレですね(笑)。また、「おれたち2ちゃんねらー」というような規範意識は、特にブログの世界には存在しません。より雑多な人たちが集まっているために、かえって祭りが加速しやすいと思われます。またブログモデルにおいても2ちゃんねるは存在するのですが、もはや2ちゃんねる上で報告スレッドが盛り上がるわけでもなく、単なる外野的な一観察者の立場となります。単にメタな存在となってしまい、その祭りの場面で、情報を流す・整理するといったような、なにかの役目を果たすということは少なくなっているということです。

図:2ちゃんねるモデルブログモデル
図:2ちゃんねるモデル、ブログモデル

 ここでこの両者の比較を整理してみましょう。(図:2ちゃんねるモデルブログモデル

 まずリンクについてですが、2ちゃんねる中心の時代の個人サイトは、permalinkの仕組みもまだなく、リンクしにくい状態でした。これをアクセスビリティが低いと表現しています(2ちゃんねるモデルというとややこしいですが、これは2ちゃんねるのリンクの話ではありません)。それがブログになると、permalinkの仕組みがツールの普及によって整備され、情報に直接アクセスできるようになります。

 閲覧者の反応について比較すると、サイト外の掲示板で書かれるのと、ブログのコメント欄に直接書かれるのとでは、確認のしやすさが大きく異なります。

 また、2ちゃんねるモデルでは、まとめサイトがない話題は広がりにくいのですが、ブログモデルでは、ブログ自身がまとめサイト化するため、特に存在せずとも話題が流通しやすくなりました。ブログでは、まとめサイトのような人力に頼るのではなく、ブックマークサービスなどの仕組みに取って代わられているのが現状だと思います。

 そして最後の規範意識についてですが、2ちゃんねるはよかれあしかれ独特の作法を共有していました。2ちゃんねるに集い、まとめサイトをみんなでウォッチし、個人ニュースサイトをチェックすることで、共通の意識を持ちやすかったというわけです。マスメディア的機能というか、一種の公共的な場としての役割を果たしていたとでもいえるでしょう。しかしブログには、そうしたものは見受けられません。

 

*1:註:フランス語で「地下茎」のこと。竹や蓮の根のように、特定の中心、始まりと終わりを持たず、高度に交錯したネットワーク構造をあらわす。ドゥルーズ・ガタリが『千のプラトー』(河出書房新社、1994年 asin:4309241514)において近代的思考=ツリー(樹形・ハイアラーキー)にリゾームを対置させ、ポストモダン思想の文脈では著名なメタファーとして知られる。